EPISODE1-13【最初の客など】
場面はストレンジプレデターの指令室。重厚な扉が開き、ゼクス、ズィーベン、アハトの三人が無言のまま戻ってくる。機械的な足音が静かな室内に響き、彼らは正面に立つリュウゼツランと幹部たちの前で足を止めた。ゼクスが一歩進み、淡々と報告を上げる。
「契約の歯車――ミトラスは、クロノギアのレイトキと契約を結び、彼らの側へ渡りました。干渉する隙はなく、境界域での力の衝突も避けました」リュウゼツランは髪をなびかせ、鋭い瞳で三人を見据える。少しの間沈黙した後、はっきりとした口調で吐き捨てるように言う。
「フン、その程度の結果は予想済みだ」だが次の瞬間、声には不満と疑問が混ざり、さらに強い調子で続ける。
「しかしな――お前たちがわざわざ魔獄界まで向かっておきながら、ただ見ていただけで何もせずに帰ってくるとは、腑に落ちん」ユーカリが指先で顎を支え、冷ややかな笑みを浮かべながら補足する。
「監視任務とはいえ、歯車の力が移る瞬間は最も不安定で奪うチャンスでもあった。それを逃したということは、向こうの力が既に予想以上に高まっていた証拠かしら?」ゼクスは感情のない表情のまま、解析結果を映し出す端末を掲げて答える。
「契約の儀式中は空間そのものがミトラスの力で固定され、侵入や干渉を試せば逆に反発エネルギーで部隊が損耗する可能性が92%に達しました。任務の優先事項は『情報収集と無事帰還』であり、無謀な行動は避けるよう事前指示が出ていたはずです」ズィーベンも静かに頷き、淡い声で続ける。
「レイトキの体内のクロノコードとミトラスの波動が完全に同調した瞬間、周囲の次元歪みが一掃され、こちらの存在まで感知される危険性が生じました。それ以上留まることは得策ではなかったと判断します」リュウゼツランは眉間にわずかにしわを寄せ、腕を組んで考え込むように黙り込む。やがてため息をつくように言う。
「……分かっている。計算通りにいかないのが歯車の性分だ。だがこれで、レイトキが単なる『適合者』ではなく、時の流れを操る軸そのものになったことは明らかになった」クラックスが指輪を光らせながら口を挟む。
「そうなると話は面白くなってきたね。時間を操る力があれば、次元ゲートの実験にも影響が出るかもしれない。これからの動きはより慎重にならないと、俺の資金計画まで狂っちまうぜ?」リュウゼツランは再び鋭い視線を三人に戻し、短く指示を出す。
「今後はレイトキの行動と力の変化を最優先で追跡しろ。契約の代償、力の限界、そして彼が何を目的にこの力を使うのか――それを見極めることこそ、今の我々にとって最も重要な手がかりになる」三人は一礼し、静かに指令室を後にする。残された幹部たちの間には、新たな力を得たクロノギアと、これから始まる本格的な駆け引きへの緊張感が、静かに漂い始めていた。一方、クロノギアの店内。
一行が魔獄界から戻り、ようやく落ち着いた空気の中、久美子が鏡を手に困惑した様子でレイトキに声をかける。
「ねえ、レイくん。ワタシ、魔獄界から帰ってきてからなんだか体調も感覚も変なの? 今朝鏡を見たら……髪の毛の色まで変わってたのよ」彼女の髪は、元の柔らかなピンク色から、深みと艶の増したマゼンタピンクへと鮮やかに変化している。
光の当たり具合によっては、わずかに次元の歪みを整えるような淡い輝きが筋状に走るのも見て取れる。レイトキは近づいてじっくりと確認し、胸元のクロノコードが久美子の方向に微かに共鳴するのを感じ取る。
「確かに……色が濃く、力強い色調に変わっている。肌の周りにも、魔獄界のエネルギーが定着したような波動が残っているな」リジェも端末を向けてスキャンし、数値を読み上げる。
「解析結果によると、魔獄界4階層・5階層の境界域に満ちる次元安定エネルギーが、長時間の滞在と歯車の共鳴によって、自然に体に浸透したようです。因子の力と融合した結果、外見にも変化が現れたのでしょう」久美子は自分の髪を指で梳きながら、少し不安そうに問いかける。
「これって……悪い影響なの? 何か力が暴走したり、元に戻らなくなったりするの?」レイトキはゆっくりと首を横に振り、安心させるように言う。
「心配する必要はない。ミトラスも言っていたが、歯車の力は均衡を整える性質を持つ。この変化はお前自身の因子の力が、次元の流れに合わせてより安定し、強化された証拠だ」
斗愛も隣から覗き込み、にっこりと笑う。
「見た目も前より凛々しくなったじゃないか。ボクからすると、そのマゼンタピンクの方が力の強さが見えて、頼もしく感じるよ」カグラが空気の流れを読み取り、柔らかく補足する。
「これからは多腕を展開したときの安定性も上がり、歪みの激しい場所でも力を維持しやすくなるはずです。変化は進化と受け取っても大丈夫ですよ」久美子は少し考え込んだ後、もう一度鏡を覗き込み、自分の新しい髪色を見つめる。やがて、不安そうだった表情が少しずつ緩み、軽く肩をすくめて笑みを浮かべる。
「そう……進化なら悪くないわね。この色にもだんだん慣れていくようにするわ。それに、力が安定するなら、これからの戦いでも役立つってことでしょ?」レイトキは頷き、新たな変化がもたらす可能性を感じながら告げる。
「ああ。魔獄界への足跡は、俺たち全員に何らかの形で刻まれたようだ。これからは自分たちの変化にも注意を払いつつ、力を正しく使っていくことが大事だな」店内には新たな変化への戸惑いと共に、未知の力がもたらす可能性への期待が、静かに広がっていった。店内のテーブルには、各界域の地図と歯車の名前・特性を記した資料が広げられている。レイトキたちは戻ってから集めた情報を整理し、今後の方針を確認し合っていた。レイトキは資料を指でなぞりながら、はっきりと状況を告げる。
「しかし、ストレンジプレデターによって8つのオリジンクロノコードは既に手に入っている。だからこそ、残る歯車をどうにかして見つけないとな」彼は一覧を見渡し、続けて整理する。
「こちら側に確かに存在し、力を発揮できる状態にある歯車は、包括、心臓、再生、方舟、聖書、契約の6つだけだ。残る夢幻、創世、革命、終焉、混沌、審判、時空の7つは、今のところ所在どころか、検討すらついていない」少し間を置き、推測を加える。
「だが夢幻の歯車に関してだけは、一つだけ見当がつく。それはアスモディン様と関係が極めて深い――つまり、その血を引く子孫に眠っている可能性が高い」久美子は頷き、はっきりとした口調で続ける。
「でも、その子孫となるとレイヴィアさんが筆頭に挙がるわ。それに加えてビヨンダードの鍵も関わりが深い。あと一人……確かもう一人の存在がいたはずだけど、記録では名前が伏せられているのよね」レイトキは資料の該当箇所に印をつけ、確信を込めて答える。
「ビヨンダードの鍵そのものは、既にストレンジの手に渡った。だが、力はまだ完全に目覚めていない状態だ。力が眠ったままなら、彼らもそれを自由に操ることはできない」わ…リジェが端末のデータを重ね合わせながら補足する。
「夢幻の歯車が目覚めるには、本人の意志と血縁、そして何らかの強い契機が必要です。レイヴィアさん自身も、自分の中に眠る力の正体を完全には把握していない様子です」斗愛は刀の柄に手を置き、状況を見極めるように言う。
「つまり、ストレンジが力を引き出す前に、俺たちが先に接触し、守るか、あるいは正しい使い方を教える必要があるってことだな」レイトキは深く頷き、仲間たちを見渡して決意を込める。
「ああ。夢幻の歯車が次の鍵になる。レイヴィアさんの動向を追跡し、同時にストレンジが目覚めの手がかりを掴む前に先手を打つ。これからの行動は、この一点を中心に進めていく」クロノギアの次なる標的と道筋が定まり、新たな探索と守りの戦いが、静かに幕を開けようとしていた。店内で情報を整理している最中、入口のドアが勢いよく開き、慌てた足音が響く。受付カウンターの前には、肩で息をし、不安げに店内を見回す女性の姿があった。レイヴィアだ。髪を少し乱し、手で胸元を押さえるようにしながら、彼女はかすれた声で呼びかける。
「誰かいますか?」レイトキたちは顔を見合わせ、ついさっき話題に上ったばかりの人物が、まるで呼び出されたかのように現れたことに一瞬驚く。レイトキはすぐに立ち上がり、ゆっくりと近づいて声を柔らかくする。
「レイヴィアさん、落ち着いてください。ここはクロノギアです。何があったのですか?」久美子も隣に立ち、緊張を解くように言葉を添える。
「ゆっくりでいいから、話してみてください。息を整えてからで大丈夫ですよ」レイヴィアは二人の顔を見て、少しだけ肩の力を抜くものの、瞳には明らかな焦りと不安が浮かんでいる。震える手で自分の腕を握り締め、低い声で話し始めようとしていた――まさに、彼らが探していた「夢幻の歯車」の手がかりが、今この瞬間、目の前に訪れたのだった。レイヴィアは唇を噛み、震える声で切り出す。
「娘が、旧校舎に行ってから行方不明になってるらしいんです」言葉を吐き出すと同時に、肩から力が抜けるように崩れかかり、カウンターに手をついて支える。額には薄い汗が滲み、瞳には不安と焦りが濃く浮かんでいる。
「学校の連絡があって、放課後に友達と古い校舎の方へ行ったきり、誰も姿を見ていないって……携帯も繋がらないし、探し回っても手がかりすら掴めなくて」レイトキは真剣な表情で頷き、静かに問いかける。
「旧校舎――その場所に、何か普段と違う気配や、不思議な噂などはありませんか?」レイヴィアは少し考え込み、思い出すように続ける。
「昔から『夜になると人影が見える』『時間がゆっくりに感じる』といった噂はありました。でも、ただの古い建物で、今は立ち入り禁止になっているはずなんです……」その瞬間、レイトキの胸元のクロノコードがわずかに鼓動を速め、久美子も眉を上げてレイトキと視線を交わす。次元の歪みや時間の乱れ――それは、まさに彼らが警戒する現象の一つだった。久美子は柔らかく声をかける。
「安心してください。ここクロノギアは、普通の探し事だけでなく、そういった不思議な事態にも対応できます。詳しい場所や、娘さんの特徴、最後に見た時間など、分かる範囲で教えていただけますか?」レイヴィアは希望を見出したように瞳に光を戻し、慌てて頷く。
「はい、もちろんです! どうか、娘を探し出してください……」まさに最初の正式な依頼が、こうしてクロノギアの扉を叩いてきた。そしてその裏には、夢幻の歯車との関連も密かに絡み始めているように感じられるのだった。レイヴィアは少し息を整え、真剣なまなざしではっきりと告げる。
「娘の名前はホワンです。彼女は私の母――つまりアスモディン様の血筋から、夢幻の力を濃く受け継いでいます。種族としては半夢魔なんです」その言葉を聞いた瞬間、レイトキたちは互いに目を見開き、先ほど話し合っていた内容がまるで現実に繋がっていくのを感じ取る。レイトキは胸元のクロノコードが静かに、だが確かに共鳴を強めるのを感じ、慎重に問いかける。
「夢幻の力……それは、夢や幻、次元の狭間を行き来するような性質のものですね? ホワンさんは普段から、そうした不思議な現象を引き起こすことがありましたか?」
「ええ、小さい頃からそうでした」レイヴィアは頷き、少し苦しそうに続ける。
「眠っている間に別の場所の光景を見たり、時には自分の意思で『見たいもの』を映し出したり……でも最近は力が不安定になってきて、『自分がどこにいるのか分からなくなる』と不安がっていたんです。それがまさか、旧校舎で――」リジェがすぐに端末を操作し、解析を進めながら声を上げる。
「半夢魔の血統に濃く宿る夢幻の力……それはまさに、夢幻の歯車と最も深く結びつく資質です。旧校舎という閉ざされた空間が、彼女自身の不安定な力と共鳴し、次元の歪みや幻の領域への入り口に変わってしまった可能性が極めて高い」久美子も表情を引き締め、レイヴィアに安心感を与えるように言う。
「つまり、ホワンちゃんは自分の力に引き寄せられるように、見えない境界の向こう側へ入り込んでしまったのかもしれない。だけどそれは、力が暴走しているわけではなく、目覚め始めている証拠でもあるの」レイトキは席を立ち、まっすぐレイヴィアを見据えて、力強くはっきりと答える。
「分かりました。この依頼、クロノギアがお受けします。ホワンさんを必ず探し出し、夢幻の力が何なのか、彼女自身が制御できるように導いてみせます」斗愛も拳を握り、にやりと気合いを込める。
「ボクたちがついていれば大丈夫! 歪んだ空間も幻も、力を合わせれば道は開けるさ」レイヴィアは安堵のあまり瞳に涙を浮かべ、何度も頭を下げる。
「ありがとうございます……どうか、娘を助けてください」こうしてクロノギアの最初の正式な依頼は、「行方不明の少女の捜索」であると同時に、夢幻の歯車の秘密と、その持ち主との出会いへと続く、運命的な一歩となったのだった。翌日、レイトキは単身でその学校へと向かった。昼間の校舎は明るく活気に満ちていたが、放課後になり生徒たちが帰り始めると、西側に離れて建つ旧校舎の辺りだけが、一気に重く澱んだ空気に包まれていく。レイトキは人目を避けるように塀の陰から建物を見上げ、胸元のクロノコードに意識を集中させる。微かに肌に触れる冷たい風の中に、時の流れが緩み、次元の境目が薄くなったような独特の波動が混じっているのを確かに感じ取る。彼は周囲に漂う気配を読み取り、低くはっきりとした声で呟く。
「あの噂……やはりビヨンダードの住民絡みだ」手のひらをかざして空間をスキャンすると、壁や窓の枠の内側に、通常の世界とは異なる周波数の痕跡が細い糸のように張り巡らされているのが見える。夢や幻の領域とこの世界を緩やかに繋ぎ、出入りできる隙間を作り出しているのだ。後から追いついてきたリジェが端末の解析結果を見せながら頷く。
「波動パターンが一致します。ホワンさんの半夢魔としての力が引き金になっただけで、この歪みの根本には、ビヨンダード側の存在が長い間この場所を『接点』として利用してきた痕跡が残っています」レイトキは旧校舎の入り口を見据え、唇を引き締める。
「つまり、彼女が力を目覚めさせ始めた今、あちら側の者たちもこの気配に気づき、接触しようと動いている可能性が高い。ホワンさんが単に迷い込んだだけならまだいいが、向こうに狙われているのだとしたら……一刻も早く中に入らなければ」背後から久美子と斗愛も警戒を固めながら近づき、旧校舎の扉へと向かう道が、次なる境界への入り口であることを全員が感じ取っていた。旧校舎の重ねられた扉に手をかけようとした瞬間、背後から冷たく機械的な気配が迫る。金属の軋みに似た足音が響き、一行の前にゼクスが静かに立ちはだかった。無表情な瞳がレイトキたちを捉え、低く鋭い声が放たれる。
「歯車の確保、優先任務!」予期せぬ妨害に、レイトキは眉をひそめ、はっきりとした口調で吐き出すように応じる。
「こんな時に…」久美子はすぐに背後に多腕を展開し、警戒の構えを取る。斗愛も刀の柄に手を滑らせ、ゼクスの動きを見据えながら低く呟く。
「ストレンジプレデターの手先か……ボクたちの行動を追ってきたようだな」ゼクスは一歩も退かず、体の周囲に薄い電磁波の膜を立ち上げながら続ける。
「夢幻の歯車の持ち主、ホワン。その力と存在は我々の回収対象に指定されている。道を開けてもらおう」レイトキは胸元のクロノコードを輝かせ、時の力が内側から脈打つのを感じながら、一歩前に出て応戦の意思を示す。
「そうはいかない。彼女はお前たちの道具ではない。自分の意志で力を選ぶ権利がある」ゼクスはわずかに視線を動かし、レイトキの契約済みの波動を感知すると、淡々と宣言する。
「干渉と判断。排除も視野に入れます」旧校舎の歪みが強まる中、ホワンを守るための戦いは、まず目の前の敵との衝突から始まった。ゼクスの背後から、軽やかだが冷めた響きの声が重なる。姿を現したズィーベンが、片手を腰に当てながらにやりと口角を上げ、はっきりと言い放つ。
「ついでに言うなら、包括、心臓、再生、方舟、聖書、契約の歯車も、全部回収対象なんだよね。こうして顔を揃えてくれるなんて、都合よく目の前に勢ぞろいじゃないの」その言葉に、レイトキたちの緊張は一気に頂点に達する。ズィーベンの後方からはアハトも無言で現れ、通路を塞ぐように立ち、周囲の空間に干渉波を薄く張り巡らせていく。斗愛は刀を半分まで抜き、刃先を地面に向けながら低く唸る。
「欲張りな話だな。そう簡単に奪えると思っているのか?」ズィーベンは肩をすくめ、挑発するように続ける。
「奪うかどうかは力次第だよ。我々は指示通り、対象を確保するだけ。それに、歯車が多ければ多いほど、ビヨンダードへの道も早く開けられる――ストレンジにとって、これ以上の好機はない」レイトキは胸元のクロノコードを強く意識し、ミトラスの力が脈打つのを感じながら、鋭く反論する。
「歯車はお前たちの実験や征服のための道具じゃない。世界の均衡を守るために存在するものだ。俺たちは絶対に渡さない」久美子も背中の多腕を光らせ、空間の歪みを抑え込むように力を放出する。
「ホワンちゃんを助ける前に邪魔をするなら、こちらも容赦はしないわ」両者の間に張り詰めた空気が流れ、旧校舎の周囲 に漂う次元の歪みと、歯車同士の反発する波動が重なり合って、次の瞬間に衝突が始まろうとしていた。ゼクスが鋭く指示を飛ばす。
「ズィーベン、用意してる道具を使え!コイツラに生半可なことは通じない!」ズィーベンは頷くと、手に持った銀色の機械状のカプセルを地面に力強く叩きつける。
ガチャリッ!
衝撃と共にカプセルが弾けるように開き、中から青白い光の粒子が噴き出して周囲に拡散する。彼女は少しだけ眉を上げて問いかける。
「これでいい?」ゼクスが無表情のままはっきりと答える。
「ああ、これは試作品だが、性能を試すにはちょうどいい」言葉が落ちるや否や、辺りの空気がざわめき始める。レイトキたちの足元から壁、天井へと、時空の歪みが一気に強まっていく。景色が波打つようにゆがみ、遠くの音が遅れて届いたり、同じ場所に複数の光景が重なって見えたりと、時間と空間の境界が明らかに崩れかかっているのだ。レイトキは胸元のクロノコードを輝かせ、力を込めて周囲を抑えようとするが、今回の歪みは単なる自然現象ではなく、機械的な干渉波が重なっているため、制御が難しい。
「次元干渉装置……ビヨンダードの技術を応用した代物か!」リジェが端末を操作しながら警告する。
「このままだと、旧校舎の持つ歪みと共鳴して、入り口そのものが不定形になり、中への道も外への道も分からなくなります!斗愛は体の平衡を保つように足を踏ん張り、刀を構える。
「まるで自分たちで迷宮を作り出してるようなものだな……だが、これで向こうも動きにくくなるはずだ」久美子は多腕を広げ、自分たちの周囲だけでも安定した空間を作り出そうと力を集中させる。
「この歪みの中心に装置があるはず。破壊するか、無力化しない限り、状況は悪くなる一方よ!」時空が波打つ中、クロノギアとストレンジプレデターの戦いは、さらに不安定で危険な次元の渦の中へと突入していった。
歪みが渦巻く空間の中、ゼクスは無表情のまま両手の掌を前に向ける。すると、そこから濃い黒い靄がにじみ出るように膨らみ、瞬く間に二体の獣の姿へと形を成した。体躯は大きく、闇そのものを凝縮したような毛並みに、赤く鈍い眼光が浮かんでいる。獣たちは低い唸り声を上げ、地面を蹴って一気にレイトキへと襲いかかる。レイトキは素早く体をひねり、鋭い爪が宙を引っ掻く軌跡をかすめるように回避する。その様子を見て、ズィーベンが口の端を上げ、解説するように言い放つ。
「おっと、これはバーゲストとケルベロスの因子を融合させて作り出した力――ブラックケルベロスだ。ゼクスくんの体内に埋め込まれた実験因子の、使える能力の一つなのよ」二体の獣は襲撃の勢いを緩めず、黒い靄の一部を放って周囲の空間をさらに濁らせ、視界と時間の流れを乱そうとする。レイトキは体勢を立て直し、胸元のクロノコードを輝かせながら冷静に状況を見極める。
「闇と空間の歪みを操る性質か……単なる魔獣の力ではなく、この場の不安定さを利用して攻撃してくるわけだな」斗愛がすかさず横から刀を抜き放ち、雷の稲妻を刃に纏わせる。
「ボクが陽の力で闇を切り裂く! レイトキ、時間の流れを調整して動きを封じてくれ!」久美子も背中の多腕を展開し、光の膜を張って靄の侵入を防ぎながら声を上げる。
「数ではなく質の高い因子融合体だけど、まだ試作段階のはず! 力の継ぎ目に隙間があるはずよ!」ゼクスはただ淡々と獣たちの動きを制御し、次の攻撃へと備える。闇の獣と時空の歪みが入り混じる中、クロノギアは相手の未知なる力の性質を見極めつつ、反撃の機会を探っていく。戦いの最中、ズィーベンが素早く手を振ると、周囲の歪んだエネルギーが瞬く間に形を変える。まず斗愛の周囲に、激しく燃え上がる炎の鎖が何本も浮かび上がり、体に巻きつくように絡みついて動きを封じる。熱さは感じるものの焼けることはなく、まるで力そのものを拘束するような性質だ。
「くっ、これは……力の流れまで止められるのか!」斗愛は身をよじるが、鎖は緩むどころか力を込めるほどきつく締まっていく。続いてズィーベンはもう片方の手を向け、久美子の足元から水の粒子が集まり始める。一瞬にして大きな透明な水の玉が膨らみ、彼女を丸ごと閉じ込めてしまう。玉の内側からは多腕を動かそうとしても、水が弾力のある膜のように抵抗し、外部への力を伝えにくくしている。ズィーベンは余裕のある笑みを浮かべ、冷ややかに言い放つ。
「安々と進めるとでも思っていた?残ねーん」レイトキは二人の窮地を見て、すぐに身構える。だがブラックケルベロスが再び唸り声を上げて迫り、ゼクスも無言で次の攻撃の準備に入っている。
「属性を自在に操る上に、拘束に特化した使い方まで……単なる攻撃だけじゃないのか」レイトキは胸元のクロノコードを強く輝かせ、時の流れを読み取りながら反撃の糸口を探る。リジェが後方から解析結果を伝える。
「炎の鎖はエネルギーの循環を遮断し、水の玉は空間ごと閉じ込めて力の拡散を防いでいます! 両方とも完全な固定ではなく、エネルギーのバランスが崩れれば解除できるはずです!」ズィーベンはそれを聞いても動じず、さらに手をかざして拘束を強めながら告げる。
「だがその間に、夢幻の歯車もお前たちの歯車も、全部いただくだけの話だ」緊迫した攻防が続く中、レイトキは一人で状況を打開するため、契約の力を最大限に引き出す決意を固めるのだった。戦いの流れが一気に不利に傾く中、今度はアハトが無表情のまま前に進み出る。彼は片手を地面にしっかりとつけると、低く響くような呪文か起動音のようなものが漏れる。次の瞬間、地面から白い骨でできた腕が何本も次々と突き出し、絡み合うように伸び上がってくる。骨の腕はまるで生き物のように動き、素早く標的へと襲いかかる。まずリジェの足元と体の周囲を取り囲み、関節部分を押さえつけて端末を操作する動きさえ封じてしまう。続いてアルカの体に巻きつき、逃れようと身をよじる力をそのまま受け止めて固定する。さらにゼロの動きを読み取るように四方から伸び、彼の移動経路を完全に塞いで動きを封じ込める。
「これは……死者の領域か、あるいは闇の次元から引き出した力だ!」リジェは体を押さえつけられながら、解析を続けようとするが、骨の腕からは冷たいエネルギーが流れ込み、機器の精度まで乱されていく。アルカは歯を食いしばり、力を込めて引き剥がそうとするが、骨の表面が次元の歪みと同調しているため、普通の力では傷一つつけられない。ゼロは無言のまま瞳を鋭くし、体内の力を一点に集中させるが、四方からの拘束が重く、自由に動くことができない状態に陥っていた。アハトはただ静かに立ち上がり、手を払うような仕草で骨の腕の力をさらに強める。
「骨の檻……動けなければ、情報も攻撃も防御も何もできない」レイトキは自由な状況に置かれ、仲間たち全員が拘束されるのを目の当たりにして、胸元のクロノコードが怒りと緊張で激しく鼓動するのを感じる。ズィーベンが笑みを浮かべて追い打ちをかける。
「さあ、これで邪魔者はいなくなった。レイトキ、お前が一人で抵抗するだけ無駄だということを思い知らせてやるよ」ゼクスもブラックケルベロスを再びレイトキの前に立たせ、低く告げる。
「契約の歯車を含め、すべてをここで確保する。降伏するか、それとも力ずくで奪われるか――選ぶのはお前だ」旧校舎の歪みが最大限に高まる中、レイトキは全員の運命と、夢幻の歯車の行方を背負って立つことになった。与太郎は重い体を踏ん張り、大きな拳を高く振り上げると、渾身の力で地面から伸びる骨の腕めがけて叩き込んだ。
ドゴォンッ!
衝撃音が響き、地面まで揺れるほどの一撃だったが、白い骨の表面にはわずかなヒビさえ入らず、まるで鉄壁に打ちつけたように弾き返される。
「なんだ、異常に硬いじゃないか! うわ~〜!」驚きと痛みで声を上げる間もなく、骨の腕の隙間から突然太い植物のツタが這い出し、彼の腕や胴体にぐるぐると絡みついて動きを封じてしまう。生命力に満ちたツタは締め付けるほど強くなり、力を込めるたびにさらに締まっていく。アハトは無表情のまま、はっきりとした口調で説明する。
「ボクに埋め込まれた因子の力は、ヴルトゥームと餓者髑髏だからね。大地と死者の力が融合しているので、単純な物理攻撃では容易に砕けないようになっている」隣で状況を見守るズィーベンも、余裕の笑みを浮かべながら続ける。
「それだけじゃない。アーシには水竜とサラマンダーの因子が入れられている。炎と水、相反する性質を同時に操れるから、先ほどの鎖や水の玉も、ただの属性攻撃じゃなく、力の循環そのものを封じる効果があるんだ」レイトキは一人、仲間たちが次々と特殊な因子の力によって拘束されていくのを見て、状況の厳しさを痛感する。相手の力は単なる技ではなく、根源的な力そのものを体内に取り込んだ実験の産物なのだ。
「なるほど……それぞれの因子が補い合って、攻撃も防御も拘束も隙のない形になっているわけか」胸元のクロノコードが激しく脈打ち、ミトラスの力が「時間の流れを読み、隙を探せ」と告げるように呼応する。レイトキは深く息を吸い込み、歪み渦巻く空間の中で、相手の力の継ぎ目となる一瞬のズレを探し始めるのだった。ゼクスは無表情のまま一歩前に踏み出し、全身から闇と風が混ざり合ったような重厚な気配を放ちながら、はっきりと言い放つ。
「ボクにはブラックケルベロスと迦楼羅の因子が入れられている。闇と空間の制御、そして高速な移動と切断の力――両方を併せ持っているんだ」言葉と共に、彼の背後には黒い靄が翼のように広がり、ブラックケルベロスの獣たちもさらに体躯を大きくして唸り声を上げる。時空の歪みの中で、迦楼羅の持つ風と光に似た切断力が、空間自体を細かく裂くような鋭い波動を生み出しているのが感じ取れる。ゼクスは赤みがかった瞳をレイトキに向け、最後の通告として力強く告げる。
「さあ、JOKER――降参しろ! これ以上抵抗しても、お前一人では状況を覆すことは不可能だ。歯車も仲間も、すべて我々の手に渡るだけだ」レイトキは拘束された仲間たちを見渡し、次に迫り来る敵の力をじっくりと見極める。胸元のクロノコードが鼓動を速め、ミトラスの声が心の奥で静かに響く。
「迦楼羅の速さとブラックケルベロスの闇……相反するようでいて、歪んだ空間の中では互いに補い合う性質か」彼はゆっくりと手を胸元から前に差し出し、決意を込めて答える。
「降参するつもりなど最初からない。俺たちの歯車も、ホワンさんの力も、お前たちの道具になるために存在しているわけじゃない」周囲の時空の流れを意識し、レイトキは契約の歯車の力を解放する準備を始める。歪みの中に潜むわずかな時間のズレを捉え、この絶体絶命の状況を打開する一手を探し始めるのだった。ゼクスは全身にブラックケルベロス由来の黒い靄を濃く纏わせ、闇の重みと空間を歪める力を拳に集中させると、渾身の一撃をレイトキへと打ち込む。
だがレイトキは時の流れをわずかに読み取り、一瞬の速さで拳を受け止めるように掴み取り、衝撃をその場で抑え込んだ。闇の靄が指の隙間から漏れ出すが、彼の腕はまるで時の軸のようにびくともしない。力のぶつかり合いの中、レイトキは鋭い眼差しでゼクスを見据え、静かに問いかける。
「おい、ゼクス。お前、かつて俺のことを『面白くない奴』と言ったよな? 自分の意思もはっきりしていないからって理由でさ。……今のお前は、何のために動いてるんだ? 組織の命令のためだけか?」ゼクスは無表情のまま力を込め続けるが、瞳の奥にわずかな揺らぎが走る。やがて低く、はっきりとした声で答える。
「言うとおりに動かなければ……僕たちは殺されるんだよ」その言葉を聞いた瞬間、レイトキはさらに力強く拳を握り返し、胸元のクロノコードを輝かせながら、はっきりと言い放つ。
「バーカ、殺される? 生殺与奪を他人に握らせるなよ!」彼の声には怒りと、同じ境遇を知る者としての熱が込められている。
「俺たちも昔は同じだった。だが、自分たちの意思で組織を抜け、自分たちの力を『道具』じゃなく『生きるための力』として手に入れたんだ。今では仲間と共に、自分たちの場所で楽しく、胸を張って過ごせている!」レイトキは続けて、力強く語りかける。
「使命や役割はたしかにある。だが、それでも――自分の命と、自分が何のために力を使うのか、それを決めるのは他人じゃなく、自分自身だろう!」言葉と共に、レイトキの周囲には時間の流れを整える青白い光が広がり、闇の靄を押し返すようにゼクスの心と体にまで届くように放たれる。ゼクスはレイトキの言葉を受け止め、力を込めていた拳がわずかに緩み、瞳の中に長い間押し殺していた感情が、微かに浮かび始めるのだった。ゼクスの瞳に一瞬激情の色が走り、声を荒げてはっきりと吐き捨てる。
「何も知らないくせに、勝手なことを言うな!」彼は全身の闇の靄を一気に凝縮させ、迦楼羅の切断力を重ねた渾身の拳を再びレイトキへと打ち込む。空気が裂けるような衝撃波が迸るが――レイトキは瞬時に胸元のクロノコードを輝かせ、時空のエネルギーを柔軟な多腕状の光の触手へと変換。それらが壁のように展開し、拳の衝撃を吸収しながら受け止める。
「俺が知らない? 同じように『力を埋め込まれ、操られてきた』日々を経験したからこそ言ってるんだ!」次の瞬間、防壁を成していた触手が流れるように形を変え、ゼクスの腕と体幹を素早く絡め取り、力が入らないようにしっかりと拘束する。闇の靄は光の流れによって中和され、次第に薄れていく。ゼクスは身をよじって抵抗するが、時の流れに同調した拘束は緩むことなく、彼の因子の力までも抑制していく。息を荒げながら、彼はなおも叫ぶ。
「簡単に逃げられると思うな! 逃げた先には追っ手があり、裏切り者には罰が待ってる……そんな恐怖、お前には分からない!」レイトキは真剣な眼差しを向け、力を込めて答える。
「恐怖があるのは俺たちも同じだ。だが、それでも『自分で選ぶ』ことを諦めたら、永遠に誰かの駒のままだ。今この瞬間から、自分の意思で動く道を選ぶことだってできるはずだ」2人の間には、力のぶつかり合いだけでなく、生き方を巡る対話が重なり、緊迫した空気の中でゼクスの心にも小さな揺らぎが生まれ始めていた。闇と光がせめぎ合う緊迫した空気の中、ズィーベンが突然手を下ろし、炎の鎖と水の玉の力をわずかに緩める。彼女はいつもの挑発的な笑みを消し、真剣な表情で口を開く。
「ゼクスくん」静かだがはっきりと響く声に、ゼクスは身を硬くして視線を向ける。
「ジョーカーが言ってることは……間違いじゃないよ」ズィーベンは自分の掌を見つめ、体内に流れる因子の力を感じながら続ける。
「確かに、命令に従わなければどうなるか、アーシたちが一番よく知ってる。だけど――自分の意思で動く道だって、本当は存在するんだ」彼はレイトキの方へと視線を移し、少しだけ肩の力を抜いた様子で言葉を重ねる。
「アーシだって、最初は『生き残るためには従うしかない』と思ってた。でもこうして相手の話を聞いていると、『道具』として生き続けることが、本当に『生きている』と言えるのか、疑問に思えてくるんだ」その言葉に、アハトも無言のまま地面につけていた手をゆっくりと離し、骨の腕とツタが少しずつ地中へと引き返していく。拘束が緩み始めた仲間たちも、息をつきながらこの意外な展開を見守っている。ゼクスはレイトキの光の拘束に包まれたまま、ズィーベンの言葉、そしてレイトキの熱い眼差しを交互に受け止め、長い間心に閉じ込めていた思いが、氷が解けるように少しずつ溶け出していくのを感じていた。ゼクスはまだレイトキの光の拘束に包まれたまま、肩の力を完全に抜くこともできず、迷いを隠せないままはっきりと口にする。
「だけど、僕たちが組織を抜けたとしても、受け入れてくれる場所なんてどこにあるんだ?」声には長年抱えてきた不安と絶望が滲んでいる。彼は視線を地面に落とし、自分の体に埋め込まれた異質な因子の力を意識しながら続ける。
「この力は普通の人たちから見れば異形で危険なものだ。追われる身になる上に、居場所すらない――そんな未来が待っているだけなら、今のまま従っている方がまだ安定していると思ってしまうんだ」隣に立つズィーベンも、その言葉に深く頷き、同じ思いを抱えていることを示す。レイトキはゼクスを拘束していた光の触手を、抵抗できない程度までの力を弱め、圧力を解いていく。真剣な眼差しを向け、力強く答える。
「居場所は、最初から用意されているものじゃない。自分たちで作り、守っていくものなんだ」彼はクロノギアの仲間たちを指し示しながら続ける。
「俺たちも最初は何もなかった。だけど同じような境遇の者同士が集まり、互いに力を合わせて今の場所を築いた。もしお前たちが本気で『自分の道を歩きたい』と思うのなら、クロノギアはその最初の一歩を支える場所になる」久美子も多腕をゆっくりと収め、柔らかく言葉を添える。
「力があるから居場所がないなんてことはない。その力を何のために使うか、誰と共に生きるか――それが決まれば、自然と自分の立つ場所は見えてくるわ」ゼクスは顔を上げ、レイトキたちの真摯な表情を見つめ、長い間閉ざされていた心の扉が、かすかに開き始めるような感覚を覚えるのだった。ゼクスは拳を固く握り、迷いと葛藤が入り混じった表情のまま、はっきりと声を上げる。
「俺はまだ決められない! 簡単に方向転換できるほど、これまでの積み重ねが軽いわけじゃないんだ!」その言葉に、レイトキは拘束の光を完全に解き、真っ直ぐにゼクスを見据える。口調は鋭く、芯の通った調子で言い返す。
「はっきり言うぜ! お前、俺に向かってかつて吐いた言葉を、そっくりそのまま返してやる!」一歩前に踏み出し、視線を逸らさずに続ける。
「つまらない奴だな」短い一言が、歪んだ空間の中で重く響く。
「自分の中にある不安や恐れに負けて、『決められない』を言い訳に現状にしがみつくだけなら、それはただの流されるだけの存在だ。昔の俺に向けたお前の言葉こそ、今のお前自身にぴったり当てはまってるってことに、いい加減気づけ!」ズィーベンも横から静かに頷き、追い打ちをかけるように柔らかくも厳しい口調で言う。
「レイトキの言う通りよ。決めるのに時間がかかるのは分かる。だけど、『決められない』という状態に甘んじている限り、アーシたちはいつまでも誰かの駒のままだ」ゼクスは顔を強張らせ、レイトキの言葉が胸に鋭く突き刺さるのを感じる。自分自身を責めるように奥歯を噛みしめ、瞳の奥で迷いと覚悟が激しくぶつかり合っていくのだった。ゼクスは無言のまま、手の中からつややかなビーズ状のアイテムを取り出す。闇にも光にも染まらない不思議な色合いを帯び、表面には細かい紋様が浮かんで微かに脈打つように輝いている。彼はそれを地面に静かに置き、はっきりとした口調で告げる。
「俺はまだ決められない。だが、もし自分の道を定める時が来たら、直接お前たちに知らせに来る」指でビーズを指し示し、続ける。
「これは饕餮の因子だ。元々、JOKER――お前に埋め込む予定だった実験用の因子だった。今は俺たちが持っていても意味がない。使うか、封印するか、その判断はお前たちに任せる」レイトキはそのビーズに視線を注ぎ、胸元のクロノコードが微かに反応するのを感じ取る。底知れない食欲と吸収の力を秘めた因子であることが、波動から伝わってくる。
「饕餮……万物を喰らい、力を取り込むとされる因子か。危険だが、使い方次第では強力な力にもなる」ズィーベンが横から確認するように頷き、柔らかくも芯の通った声で続ける。
「組織でも扱いに困っていた代物だ。コントロールを誤れば使用者自身が力に喰われてしまう。だけど、こうして手放すことが、アーシなりの一歩だと思ってくれ」ゼクスはもう一度レイトキを見つめ、最後に短く言い残す。
「俺たちの命も力も、これからどうするかは自分で選ぶ。だがそれまで、これは預けておく。無闇に手を出すなよ」そう言うと、彼はズィーベン、アハトと共に静かに後退し、歪みの渦の中へと姿を消していく。残されたビーズは青白い光を放ちながら、クロノギア一行の前に、新たな選択肢と危険を秘めたまま置かれていた。レイトキはそれを慎重に拾い上げ、仲間たちを見渡す。
「これで敵の動きは一旦止まった。だが、ホワンを探す時間は刻一刻と迫っている。この因子の扱いも含め、先に旧校舎の奥へ進むことを優先しよう」緊迫した対立は一時的な休戦へと変わり、一行は再び夢幻の歯車と少女の行方を追う道へと戻っていくのだった。レイトキは饕餮の因子を封じたビーズを指先でつまみ、その不穏な脈動をじっくりと感じ取りながら、はっきりと力強く言い放つ。
「この因子、俺が取り込む」周囲の仲間たちが一瞬驚いて息を呑む中、彼は続けて冷静に状況を語る。
「そうすりゃ何が起きるか、正確には分からない。万物を喰らい力を吸い上げる性質だ、制御を誤れば自分自身が飲み込まれる可能性だってある」胸元のクロノコードに手を重ね、契約の歯車の鼓動と呼応させるように力を込める。
「だが、このまま封印しても組織がまた奪いに来る危険は残る。誰かが責任を持って管理する必要がある。時の流れと均衡を司る俺なら、最悪の場合でも時間の干渉で力を抑え込む余地があるはずだ」ズィーベンが眉をひそめて忠告する。
「JOKER、それはあまりに賭けが大きい。饕餮の因子は他のどの因子よりも自我が強く、歯車の力さえ喰らおうとする報告があるのよ」レイトキは頷きながらも決意を緩めない。
「分かってる。だからこそ、準備を整えて慎重に行う。もし俺の中で暴走しそうになったら、お前たちが俺を止めてくれればいい。それが今の俺たちにできる最善の選択だ」彼はビーズを胸元へと近づけ、クロノコードの輝きと因子の脈動が徐々に重なり合い始めるのを感じながら、次なる試練へと身を構えるのだった。レイトキがビーズを胸元に押し当てると、クロノコードの輝きが一気に膨らみ、饕餮の因子が糸のように解けて、青白い光と共に彼の肌の奥へと滑り込んでいく。瞬間、体の芯から熱と飢えるような不思議な感覚が湧き上がり、レイトキはわずかに眉をひそめて力を制御しようと集中する。
「くっ……これが喰らい、吸い込む力か……」
次の瞬間、彼のこめかみの辺りから何かがゆっくりと隆起し始める。硬く滑らかな質感を帯び、淡い象牙色にわずかな光沢を宿した羊牛の角が、左右に緩やかな曲線を描いて現れるのだ。
表面には細かい紋様が走り、クロノコードと同じリズムで微かに脈打っている。斗愛が息を呑んで指差す。
「角が……牛羊牛の角に変わった! 因子の性質が外見にまで現れるとは!」リジェが慌てて端末を向け、数値を読み上げる。
「解析中……饕餮の因子が元々の包括の歯車の力と契約の歯車の力と干渉し、形状が安定化しています。羊牛の角は『飽くことのない摂理』と『力を蓄える器』の象徴として発現した模様です!」レイトキは自分の頭に手を伸ばし、確かな感触を感じ取る。角からは周囲のエネルギーを緩やかに引き寄せる微かな流れが生まれ、同時にクロノコードがその力を調整し、暴走を抑え込んでいるのが分かる。
「なるほど……喰らう力を、蓄える力へと転換する形で落ち着いたようだ。思ったよりも歯車との相性が悪くない」久美子が多腕で周囲の空気を確かめ、安心したように頷く。
「だけど油断は禁物よ。角が力の出口になっている以上、扱い方を間違えれば、吸い込みすぎて自分自身が崩れる恐れもある」レイトキは深く頷き、新たな姿と力を受け入れるように角を軽く動かす。
「分かっている。これは俺自身が背負う責任だ。さあ、力の確認は後にしよう――ホワンを待たせるわけにはいかない」羊牛の角を携え、時と摂理の二つの力を内に宿したレイトキは、一行を率いて旧校舎の奥へと続く歪みの扉へ、再び足を踏み入れていくのだった。歪みの渦の中へと一旦退いたはずのゼクスたちが、再び姿を現す。彼は先ほどまでの迷いを抑え、はっきりとした口調で告げる。
「僕達も行くぞ。夢幻の歯車の確保は、どうしてもしないといけない」隣に立つズィーベンも頷き、水と炎の力を内に収めながら続ける。
「方針は変えない。だけど……レイトキたちと力を合わせる形にする。ホワンちゃんの力が暴走すれば、この境界域だけでなく周辺一帯が巻き込まれる。組織の命令だけでなく、この世界の均衡のためにも、無事に制御できるようにしないと」アハトも無表情のまま手を握り、骨と大地の力を静かに準備する。
「道は同じになる。敵対するより、共に進んだ方が確実だ」レイトキは額の羊牛の角をわずかに動かし、胸元のクロノコードを安定させながら三人を見据える。一瞬の間を置いて、力強く応じる。
「いいだろう。だが条件は一つ――ホワンの意志を無視して力を奪おうとした瞬間、俺たちは容赦なく対峙する」ゼクスは真っ直ぐに視線を返し、短く答える。
「分かってる。今回は『守り、導く』ことを優先する。歯車の行方は、最終的には本人の選択に任せる」こうして、かつて敵同士だった者たちが奇妙な共闘関係を結び、時空の歪みが渦巻く旧校舎の奥、夢幻の領域へと続く扉へ、全員が足を踏み出していくのだった。




