表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七日前に戻るたび、君は僕を忘れる  作者: くま3
生き延びた未来の代償

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/27

第17話:因果破壊(ログ・マニピュレート)

 羽島誠が「敵性定数」へと堕ちたあの日から、世界という名の巨大な演算機構は、かつてない不協和音を奏で始めていた。


 それは、物理法則が揺らぐような劇的な天変地異ではない。だが、世界の深淵、情報の根源的な流れを司る「ログの海」において、それは修復不能な亀裂となって現れていた。


 世界中の演算層で、同時多発的な異常が報告され始めた。


 北半球で観測されるはずのない微弱な電磁波の乱れ。金融市場のアルゴリズムが、一瞬だけ算出した「存在しないはずの素数」。そして、病院の廊下を歩く清掃員――管理プロセスの末端たちが、一斉にその足を止めた。彼らの瞳には、もはや人間を模した光すらない。ただ、網膜の裏側で高速に流れるエラーログが、青白い光となって漏れ出している。


『未定義の参照を検出。座標:羽島誠。』

『解析不能。当該定数は、既存の論理体系において「偽」であり、かつ「真」である。』


 世界は、初めて「戸惑い」に似た挙動を見せていた。

 これまでの世界にとって、異物は排除すべきものであり、バグは消去すべきものだった。しかし、誠が佐伯を自分の中に「隔離・保持」し、自らを「敵性定数」へと再定義したことで、従来の論理ロジックが牙を剥いた。


 誠を消去すれば、彼に紐づけられた膨大な「修正権限」と「佐伯のデータ」が強制的に世界へ逆流し、演算負荷が限界を突破する。かといって、誠を放置すれば、彼が触れるすべての因果が「最適解」から逸脱し、世界が描いた悲劇のシナリオが砂の城のように崩れていく。


 排除すれば破綻し、保持すれば汚染される。

 世界という名の完璧な神が、史上初めて、解のない問いの前に沈黙した。


 世界の深淵、システム・コアの暗闇の中で、無機質なログが更新される。


『方針転換:直接排除を断念。プロトコル「ケージ(檻)」を起動。』


 世界は誠を殺すことを諦めた。その代わりに、彼を「飼い慣らす」ための、より残酷な檻を用意した。

 誠が世界そのものに溶け込み、現象となったというのなら、その現象が最も激しく反応する「点」を、世界の中心に据えればいい。


 演算の矛先が、再び一つの命へと向けられる。

 瀬戸内栞。


 彼女はもはや、誠が救うべきか弱いヒロインではなかった。世界にとっての彼女は、敵性定数・羽島誠を誘い出し、観測し、その動きを制限するための「生きたデコイ」へと変質させられたのだ。


 栞がどのような未来を選ぶか。彼女が誰に微笑み、誰の手を取るか。そのすべてが、誠を縛り付けるための因果の鎖として再計算されていく。


 誠の「意志」が、世界の通信網を震わせ、干渉を開始する。

 栞に向かうはずの「不幸な偶然」を、誠は佐伯という予備プロセッサを酷使して、次々と無害な事象へと変換リダイレクトしていく。


 暴走するトラックのブレーキは、誠の干渉によって一秒だけ早く作動し、衝突は回避される。

 栞の容態を悪化させるはずの薬剤のミスは、誠が引き起こした「小さな静電気」が看護師の手を止めさせることで、すんでのところで防がれる。


 だが、万能の神になったわけではなかった。

 干渉を一つ成功させるたびに、誠のスマートフォンに刻まれた「リソース」が目に見えて削り取られていく。


『警告:因果干渉の反動を検出。佐伯セクターの隔離安定度が4%低下。』

『補助機能の有効範囲が50メートル縮小。』


 栞を救えば救うほど、誠が彼女に触れられる距離は短くなり、自分の中に取り込んだ佐伯の存在は不安定に揺らぎ始める。

「救うほど、詰む」構造。世界は誠に干渉を「許可」したのではなく、彼が干渉するたびにその翼をもぎ取るような仕組みを作り上げたのだ。


 さらに、世界が発動したプロトコル「檻」の本質が、誠の視界に冷酷な仕様として提示された。


『制約:敵性定数による干渉は、対象(瀬戸内栞)が自発的に選択した「未来」の範囲内に限定される。』


 世界は誠の手足を縛る物理的な縄を用意したのではない。

「彼女自身の意志」という、誠が最も手を出したくない領域を檻の扉に据えたのだ。栞がもし自ら絶望し、死を願うような未来を選べば、誠はその「不運」に触れることすら許されなくなる。


 世界の最深部、暗いログの最後に、一文だけが追加された。


『考察:敵性定数は単独では不完全。必ず、他者との関係性を媒介に増幅する。

 結論:瀬戸内栞の「存在維持」を、敵性定数の「完全捕獲」のための必要条件として設定。』


 世界は栞を生かすことに決めた。

 誠を永遠にこの檻の中に留めておくための、最も甘美で、最も残酷な「枷」として。


「……いいだろう」


 誠の、感情を剥ぎ取られたはずの意識が、暗闇の中で微かに笑った。

「君が彼女を生かすというのなら、僕は喜んで、君の飼う『怪物』になってやる。……ただし、その檻の鍵は、最初から僕が握っている」


 現実世界。

 病室の窓の外で、季節外れの美しい花びらが舞った。

 栞はそれを、ただの偶然だと思って眺めている。

 その花びらの一枚一枚が、自分を救うために人間であることを捨てた少年の「成れの果て」だとも知らずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ