表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七日前に戻るたび、君は僕を忘れる  作者: くま3
忘れられる側の痛み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/20

第13話:命令遵守

 羽島誠は、いまや「世界の裏側」そのものを視覚化していた。

 かつて霧に包まれていた削除領域ワールド・アウトは、いまや膨大な情報の奔流が流れるコックピットへと変貌している。

 世界から「修正補助機能」としての権限を与えられた誠の視界には、現実世界のすべてが【最適解】へと向かうための数値として表示されていた。


 人々の歩幅、会話の頻度、心拍数の微細な変化。

 それらすべてが、世界という巨大な演算機が導き出した「予定された悲劇」に向かって、歯車のように噛み合っている。


「……見える。世界がどうやって彼女を殺そうとしているのか、その仕組みがすべて」


 誠の指先が、空間に浮かぶ無数の光の筋をなぞる。

 その時、誠が手にするスマートフォンに、世界からの最初の正式命令オーダーが着信した。


『命令001:病院第三病棟における【最適解】からの乖離を検知し、これを修正せよ』


 無機質な文字列が網膜に焼き付く。

 対象は栞個人ではない。彼女が収容されている「第三病棟」というシステム全体だ。

 誠は管理画面を通じて、病棟内を解析した。


 そこには、恐るべき光景が広がっていた。

 医師の判断、看護師の優先順位、そして家族の選択。それらすべてが、まるで一本の太い川に流されるように「彼女の死」という結末へ向けて、最も摩擦の少ない効率的なルートを形成していた。


「……これか」


 誠は戦慄した。

「彼女を救わないこと」が、病棟全体の運営や他者の救済において、最も合理的な【最適解】としてシステムに共有されている。一人の少女を見捨てることで、他の十人を円滑に救う。そんな残酷な「正論」が、世界のことわりとして機能していた。


「誠、どうするつもりだ」

 ノイズにまみれた佐伯が、傍らから覗き込む。

「命令に背けば、その瞬間に消去されるぞ。だが、命令に従えば、お前は自分の手で彼女を見捨てる判断を『正解』として固定することになる」


「背くつもりはないよ、佐伯」

 誠の瞳に、冷徹な理知が宿る。

「僕は命令を完璧に遂行する。世界が望む通りにね」


 誠は、世界から与えられた規約を再び脳内で反芻した。

『異常とは、最適解からの乖離である』。

 世界は「悲劇」を最適解と置いている。しかし、誠はその前提そのものを、ルールの穴を使って書き換えた。


 ――生命維持システムとしての医療組織において、患者の命が軽視される状態。

 ――これこそが、本来あるべき理想(最適解)からの「致命的な異常」ではないか?


「修正を開始する」


 誠は、直接的な奇跡も、物理的な改変も行わなかった。

 彼が手を加えたのは、人々の意識の深層にある「揺らぎ」だった。


 担当医がカルテを閉じる瞬間に一瞬だけよぎった、数値には現れない「見落とし」への疑念。

 看護師がルーチン作業の中で感じた、名もなき違和感。

 誠はそのノイズを【最適解からの乖離(異常)】として再定義し、これを「是正」の名の下に増幅させた。


「……先生、もう一度だけ瀬戸内さんの数値を精査すべきではないでしょうか。なんだか、妙に引っかかるんです」


 病棟内の意思決定の流れが、僅かに、しかし決定的に変わり始める。

「救わない判断」を前提とした静かな連帯が、誠の「修正」によって崩れ、個々の人間たちが「救うための試行錯誤」という、非効率な熱を持ち始めた。


 世界側のログが、激しく警告を発する。


『警告:修正プロセス実行中。

 状況:出力結果が想定モデルと乖離。

 原因:修正基準の自己解釈による競合。』


「……ははっ、傑作だな」

 佐伯が、消えかかった顔で笑った。

「お前は命令を一つも破っていない。世界のルールを文字通りに守りながら、世界が引いたレールを根底から叩き壊しているんだ」


 誠は無言で画面を見つめ続けた。

 自分はもう、逃げ回るバグではない。

 世界の正式な「機能」という鎧を纏い、その内側から心臓部を食い荒らす、最もたちの悪い癌細胞だ。


 スマートフォンの画面に、新たなステータスが刻まれる。


『修正補助機能:挙動不確定。再査定プロセスを予約。』


 世界が誠という存在の「危険性」に気づき始めている。

 だが、誠の心に迷いはなかった。


「最適解なんて、僕が決める」


 削除領域に響く地鳴りのようなノイズの中、誠は次なる命令を待つ。

 世界という巨大な怪物の懐深くで、彼は牙を研ぎ澄ませていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ