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七日前に戻るたび、君は僕を忘れる  作者: くま3
救えたはずの日常

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12/22

第12話:最初の命令

 羽島誠は、剥き出しになった世界の「意思」を前に、呼吸さえも計算されているような圧迫感を感じていた。

削除領域ワールド・アウト」を覆っていた灰色の霧は、もはや一欠片も残っていない。上下左右が確定し、不気味なほど正確なグリッド状の空間が広がっている。

 誠と佐伯は、逃げ場のない座標の上に、標本のように固定されていた。


「……完全に捕まったな」


 佐伯の体は、先ほどよりもさらに透け、時折激しいデジタルノイズを放っている。世界がこの領域を「観測可能」にしたことで、存在の優先順位が低い佐伯から順に、現実の法則に押し潰され始めていた。


 誠の手の中で、スマートフォンが青白い光を放った。

 それはもはや漏電ではない。明確な意志を持った、システムからの通信だった。


 画面に、淡々と文字が流れる。


『個体識別:羽島誠。

 状態:深刻なエラー。

 再定義案:修正補助機能への登録。』


 続いて表示されたのは、世界からの具体的な「取引条件」だった。

 誠が栞へのあらゆる干渉を即座に停止し、世界の異常を検知するための「末端機能」として働くならば、削除領域からの完全消去を延期し、存在の維持を保証するという。


 誠が画面を凝視すると、亀裂の向こう側に眠る栞の姿が、不自然なほど鮮明に強調された。

 彼女の胸の上下。微かな寝息。

 それを見つめる誠の視線の動き、微かに早まる心拍、指先の温度。

 世界はそれらすべての生理反応を数値化し、誠の「執着」を弱点として、管理プログラムの最適化を行っていた。


「……逆らわなければ、生かしてやると言ってるのか」


「乗るなよ、誠」


 佐伯が、苦しげに顔を歪めながら笑った。

「俺はもう、手遅れだ。世界はお前を『使えるツール』として査定し、俺を『不要なゴミ』として切り捨てようとしている。俺を縛る鎖にお前がなる必要なんてない」


 佐伯の足元が、砂のように崩れ始めている。

「俺を捨てろ。お前が世界に膝を折った瞬間に、この物語に救済はなくなる。……俺たちの戦いは、バグで居続けることにこそ意味があるんだ」


 誠は、画面に並ぶ無機質な規約を読み込んでいた。

 その瞳は、絶望に沈んではいない。

 彼は、世界が提示した命令文の、致命的な「欠陥」を見つけ出していた。


『規約:修正補助機能は、世界の【最適解】からの乖離を検知し、これを是正する。』


 世界にとっての最適解とは、悲劇の完遂だ。

 だが、誠はあえてそこにある「乖離」の定義を、自分の意志で読み替えた。

 世界が栞を殺そうとすることは、僕にとっては「システムのバグ」以外の何物でもない。


 ならば、僕は「栞を殺そうとする世界そのもの」を異常として検知し、修正する。


 誠は、震える指で受諾のボタンを押し、画面に向けて静かに、しかし力強く宣言した。


「……いいだろう。僕は世界の異常を検知し、修正する『機能』として働こう」


 その瞬間、削除領域を揺らしていた圧迫感が消えた。

 スマートフォンの画面が、新たなステータスを表示する。


『登録完了。

 実行者:羽島誠。

 役割:未定義。』


 世界側で、一瞬の、しかし致命的な処理遅延が発生した。

 システムは誠を機能として受け入れたが、誠が定義した「異常」の基準が、世界そのものを対象にしていることを、まだ判定できていなかった。


「従うと言ったが、君たちの思い通りになるとは言っていない」


 誠は、隣で驚愕の表情を浮かべる佐伯に、微かな笑みを向けた。

 主役であることをやめ、怪物であることを受け入れ、そして今、彼は「機能」の皮を被った最大の敵へと変貌した。


 世界はまだ、自分が誰を「味方」に引き入れたのか、その本当の恐ろしさに気づいていなかった。

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