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七日前に戻るたび、君は僕を忘れる  作者: くま3
救えたはずの日常

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第11話:管理者の視線

 羽島誠は、手元で狂ったように明滅するスマートフォンの熱に、指先を焼かれるような錯覚を覚えていた。

削除領域ワールド・アウト」を包む灰色の霧は、数時間前よりも明らかに薄くなっている。本来、距離や方向の概念がないはずのこの空間に、不自然な「奥行き」が生まれ始めていた。


「……霧が、固まっていく」


 誠は呟いた。霧の粒子が、特定の法則に従って整列し始めている。世界というシステムが、この不定形な情報のゴミ箱を座標化し、観測可能な「領域」へと変換しようとしているのだ。


「ゴミ箱に蓋をするのをやめて、中身をスキャンし始めたってわけか」


 佐伯が、霧の向こう側を睨みつけながら言った。その声には、隠しきれない焦燥が混じっている。


 誠は、現実世界を映す亀裂を覗き込んだ。

 そこには、前話で現れた「清掃員の男」が、まだ病院の廊下に留まっている姿があった。

 男の動きは、人間味というものが一切排されていた。ゴミを拾う動作、床を拭く角度、そして何より、周囲の誰とも目を合わせないその振る舞い。


 誠は確信した。彼は人間ではない。世界がその場に「役割」として配置した、末端の実行プロセス(エージェント)だ。

 男が手に持つメモ帳には、誠が干渉した「一秒のズレ」や「心拍数の変化」が、因果の特異点として淡々と記録されている。

 彼が記録しているのは栞という個人ではない。誠という「バグ」が現実を叩いた、その接触面そのものだ。


「……っ」


 その時、誠の手の中でスマートフォンが激しく振動した。

 画面には、誠が操作していないにもかかわらず、新たなログが次々と生成されていく。


『10時12分:病院内時計の誤差を修正』

『10時15分:心拍モニターの閾値を再設定』


「僕の……干渉履歴?」


「違う」

 佐伯が誠の手首を掴み、画面を凝視した。

「お前の意思じゃない。世界がお前の『漏電箇所』をハッキングして、逆に現実を修正するために利用し始めてるんだ。誠、お前は今、世界の一部として組み込まれようとしている」


 世界は誠を消し去ることを諦め、彼を「異常を検知するためのセンサー」あるいは「修正を行うための端末」として再定義し始めていた。

 このままでは、誠は栞を救うためのバグではなく、栞を追い詰めるための「機能」へと作り変えられてしまう。


「……逆探知を撹乱するしかない」


 誠は決断した。

 世界が誠の干渉を解析し、その意図を読み取ろうとしているのなら、解析不能な「偽の干渉」をバラ撒いてシステムを混乱させる。


 誠は境界の亀裂に向かって、これまで以上に強いノイズを叩き込んだ。

 だが、その干渉には「栞を救う」という意図を一切乗せなかった。

 ただの破壊。ただの無秩序。


 現実世界。病院のロビー。

 誠が干渉した瞬間、天井の照明が一斉に破裂した。

 逃げ惑う人々。その混乱の中で、階段を駆け下りようとした見知らぬ見舞い客が足を滑らせ、激しく転倒した。


「あ……」


 誠は、亀裂の向こう側で流れる血を見て、息を止めた。

 倒れた男は、誠とは何の接点もない、ただの善意の見舞い客だったのかもしれない。

 これまでのループで、彼は常に「救済」を目的としてきた。

 だが、今の干渉は、誰かを傷つけることでしか成立しなかった。


 誠の喉が、熱い不快感でせり上がる。

 バグとして生きることは、善意を捨てることと同義だった。誠の心に、これまでになかった鋭い痛みが走る。


「気にするな、とは言わない。だが、止まるな」

 佐伯の声は、突き放すように冷淡だった。

「お前が救済者ヒーローでいられる時間は終わったんだ。今は、ただの怪物として世界を欺け」


 誠は唇を噛み切り、その痛みを男への罪悪感に重ねた。

 自分を怪物だと定義し直す。そうしなければ、この一歩が踏み出せない。

「……わかってる。救えるのは、一人だけだ」


 その時、現実世界の「清掃員の男」が、動きを止めた。

 彼は破裂した照明や、倒れた怪我人には目もくれない。

 ただ、何もない空間――削除領域から誠が干渉を仕掛けた「座標」を、正確に直視した。


 削除領域側の霧が、一気に引き剥がされる。

 霧の向こう側。本来なら何もないはずの虚空に、巨大な「視線」が発生した。

 それは瞳の形すらしていない。ただ、全方位から誠を射抜くような、絶対的な観測の圧力。


 世界が、羽島誠という存在を「仮説」としてではなく、「実在する敵」として認識した瞬間だった。


 誠のスマートフォンに、最後の一行が刻まれる。


『観測対象:未確定』


 佐伯が、自らの消えかけた体を引きずるようにして誠の隣に立った。

「……次で決まるぞ、誠。お前がこの物語を壊す“敵”として残るか、それとも世界の一部として吸収される“機能”に成り下がるか」


 削除領域を揺らす地鳴りのようなノイズの中、誠は薄れゆく霧の向こうに、自分を凝視する無数の「役割」たちの影を見た。

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