雨の中の邂逅
雨は、すべてを洗い流そうとするかのように激しさを増していた。庭園を叩く雨音は、もはや轟音となって世界を支配し、暗闇の中で「ハザウェイ・ホワイト」の白い花弁だけが、幽霊のようにぼんやりと浮かび上がっている。
ソフィアの指先は、すでに感覚を失っていた。冷たい雨水はドレスを突き抜け、体温を容赦なく奪っていく。それでも彼女は、泥の中に膝をつき、嵐に翻弄される野薔薇の枝を支え続けていた。
(……大丈夫。あなたは、ここで咲かなければならないの)
それは薔薇への言葉であり、自分自身への誓いでもあった。伯爵が自分を道具と呼ぼうとも、あの方が一人で暗闇を背負っているのなら、自分はこの庭の一部となって、共に嵐に耐える道を選ぶ。それが、分をわきまえた庭師にできる、唯一の愛の示し方だった。
その時。屋敷の重厚な扉が、内側から激しく開け放たれる音がした。
本館の玄関から、一人の男が飛び出してきた。傘もささず、帽子も被らず、完璧に整えられていたはずの礼装を雨に晒しながら、泥を跳ね飛ばして走ってくる。エドワードだった。
「……ミス・ソフィア!!」
雨音を切り裂くような、悲痛な叫びが庭園に響いた。ソフィアが驚いて顔を上げた瞬間、視界を塞ぐほどの勢いでエドワードが駆け寄り、彼女の目の前で立ちすくんだ。
彼の瞳には、かつての冷徹な「氷」の欠片もなかった。あるのは、引き裂かれるような愛惜と、耐え難いほどの自責の念だけだ。
「なぜだ……!なぜ、まだここにいる。あんな若造の誘いがあり、私があれほど無慈悲にお前を傷つけ、突き放したというのに。なぜ、そんな泥の中に膝をついて、私のために……!」
ソフィアは、雨に濡れた髪を払い、震える唇で静かに答えた。
「私は庭師ですから。……たとえ主人が私を不要だと仰っても、この花たちは、私がいなければ折れてしまいます。……そして、あなたも」
ソフィアは、エドワードの震える膝を見つめ、静かに言葉を継いだ。
「あなたが、独りで凍えているのを……放ってはおけませんわ、伯爵様」
その一言が、エドワードを繋ぎ止めていた最後の一線を、音を立てて断ち切った。
「……ああ、神よ」
エドワードは、呻くような声を漏らした。彼は迷うことなく、自分もまた泥だらけの地面に膝を突き、ソフィアの前に跪いた。高潔なハザウェイ伯爵が、一人の身分の低い庭師の前に、頭を垂れて跪いている。高級なウールのスラックスが泥に汚れ、雨水が彼の首筋を伝う。だが、今の彼にとって、伯爵としての誇りなど、彼女の指先一つの温もりにも及ばない価値しかなかった。
「……すまなかった。お前を守りたいと思うあまり、お前を最も深く傷つける道を選んでしまった。私という呪いが、お前を汚すのが怖かったのだ」
エドワードは、泥と雨に濡れたソフィアの手を、壊れ物を扱うようにそっと取った。彼の大きな掌が、ソフィアの冷え切った指先を包み込む。彼の手は驚くほど熱く、ソフィアの芯までその体温を伝えていく。
「……ミス・ソフィア。私に、お前を愛する資格などないのかもしれない。……だが、もうお前を、光の中に逃がすことなどできない。お前のいない世界は、私にとって死よりも冷たい地獄だ」
彼はソフィアの手を自分の額に押し当て、祈るように目を閉じた。雨が二人の境界を曖昧にし、身分も、過去も、屋敷の中にいるイザベラの存在さえも、すべてを遮断した静寂がそこにあった。
「……行かないでくれ。私のそばで、枯れ果てた私の心を、その手で繋ぎ止めていてほしい」
ソフィアは、もう片方の手をそっと伸ばし、エドワードの濡れた頬に触れた。彼の瞳から流れるものが、雨なのか、それとも、五年間凍りついていた涙なのか、彼女には分かっていた。
「……お側に、おりますわ。あなたが望む限り、ずっと」
二人は、激しい雨の中で、泥にまみれながら互いの存在を確かめ合った。唇を重ねることは、まだ許されない。ただ、重なり合った指先から伝わる鼓動だけが、二人の魂がようやく「真実の場所」に辿り着いたことを告げていた。




