毒を孕んだ蝶の舞い
イザベラが放ったその傲慢な第一声は、庭園の澄んだ空気を一瞬で腐らせた。彼女が動くたびに、刺すような強い香水の香りが広がり、ソフィアが慈しんできた薔薇の香りを容赦なく侵食していく。
テラスの石階段を一段ずつ、凍てついた足取りで降りてきたエドワードは、その侮辱に一瞬だけ頬を強張らせた。その瞳には、五年前の炎の中で母を見捨てて逃げ去ったこの女への、消えることのない嫌悪が宿っている。だが、イザベラは彼の沈黙など気にも留めない様子で、獲物を探す鋭い眼差しをソフィアへと向けた。
「それで?そこで泥にまみれて立ち尽くしている小娘は何かしら。まさか、ハザウェイ家の庭師は、白昼堂々、男を誘惑して淫らな戯言に興じるのがお仕事なの?」
ソフィアは、あまりの屈辱に顔を赤らめた。すでにオリバーの手を離し、ただ一人で立ち尽くしていた彼女は、イザベラの射抜くような視線から逃れるように、深く、深く頭を下げた。
「……失礼いたしました。私は、ここの庭守を務めております、ソフィアと申します」
「庭守?ふふ、笑わせないで。土にまみれたその指先で、エドワードの……そして、かつての『私』の庭に触れているなんて、耐え難いわ。エドワード、あなたもよ。こんな下賤な娘を庭に放し飼いにしているなんて、伯爵としての品格を疑われるわよ?」
イザベラはエドワードの傍らへ歩み寄り、馴れ馴れしくその逞しい腕に手を絡めた。エドワードの体が、一瞬、石のように硬直したのをソフィアは見逃さなかった。彼の額には青筋が浮かび、銀の杖を握る右手が微かに震えている。
エドワードは、今すぐにでもイザベラを突き放し、ソフィアを侮辱した言葉を取り消させたかった。だが、彼は知っていた。イザベラは社交界の権力者たちと深く繋がり、気に入らない者を「不道徳」という汚名で社会的に抹殺する術を熟知している。ここでソフィアを庇えば、彼女はソフィアを徹底的に標的にし、彼女から「庭師」としての居場所さえも奪い去るだろう。
彼女を守る唯一の方法は、彼女をこの「毒」から今すぐ遠ざけること。そのためには、自分自身が「最悪の主人」を演じて、彼女を自分から切り離すしかなかった。
「……イザベラの言う通りだ、ミス・ソフィア」
その声は、昨夜の書庫で見せたあの熱情が嘘のように、平坦で、冷酷に響いた。
「お前は、この庭を管理するための『道具』に過ぎない。道具が意志を持ち、分不相応に他の男と睦まじく笑うなど、私の庭には不要だ。……客人に無礼を働いた罰だ。今すぐその薄汚れた姿を消せ。私の視界に入るな」
ソフィアは、言葉を失ってエドワードを見上げた。彼の瞳は、自分を突き放すように遠くの空を見つめていた。昨夜、あんなに切実に自分の名前を呼び、理性を失うほどに自分を求めていたあの人は、どこへ行ってしまったのか。
「……伯爵様、私は……」
「下がれと言っているのが聞こえないのか!庭師風情が、二度と私の前で口を開くな!」
エドワードの怒号が、静かな庭園に響き渡った。それは、ソフィアをイザベラの毒牙から守るための「壁」であり、同時に、ソフィアの心を一瞬で焼き切る「業火」でもあった。
イザベラは満足げに高笑いし、ソフィアのすぐ耳元まで近づくと、毒を孕んだ言葉を囁いた。
「聞いたかしら?あなたはただの『留守番』なのよ。私がいなくなった間、この庭が枯れないように置かれただけの、代わりがいくらでもいる存在。……お遊びは終わりよ。泥の小屋へ帰りなさい、ミス・ソフィア」
ソフィアは、震える膝を必死に支えながら、一礼した。涙が溢れそうになるのを、奥歯を噛み締めて堪える。今の彼女にとって、エドワードの背中は、どんな嵐の空よりも暗く、絶望的に遠く感じられた。
「……失礼いたしました。伯爵様、イザベラ様」
ソフィアは振り返り、自分の小さな小屋へと走り出した。オリバーが彼女を追いかけようとするが、エドワードはその行く手を杖で遮り、冷たく言い放った。
「……これ以上、我が家の使用人を惑わすな。帰れ、オリバー君。二度と敷居を跨ぐな」
オリバーが悔しげに馬を走らせ、ソフィアが小屋へ消えたのを背中で感じながら、エドワードは一度も振り返らなかった。彼はイザベラを伴い、自らの「檻」である屋敷の中へと入っていった。
その足取りは、まるで処刑台へ向かう罪人のように重く、悲痛なほどに真っ直ぐだった。




