さよなら、愛しきミス・ソフィア
昨夜の嵐が嘘のように、ハザウェイ邸の朝は、眩いばかりの純白の光に満ちていた。庭園の木々は朝露を滴らせ、空気は洗い流されたように澄み渡っている。嵐を耐え抜いた野薔薇たちは、これまで以上に力強くその芳香を放ち、屋敷を優しく包み込んでいた。
ソフィアは、正面庭園の中央にある、あの「ハザウェイ・ホワイト」の前にいた。彼女はもう、泥にまみれた古いエプロンは着ていない。執事トーマスが用意してくれた、質素だが気品のある淡いブルーのドレスを纏っている。それでも彼女の指先は、習慣のように、折れた葉を優しく摘み取っていた。
背後の砂利を踏む、ゆっくりとした、しかし確かな足音が聞こえた。振り返ると、そこには昨夜までの「氷の仮面」を脱ぎ捨て、一人の男としての静かな強さを湛えたエドワードが立っていた。
「……おはようございます、伯爵様」
「ああ、おはよう。……ミス・ソフィア。昨夜は、よく眠れたか」
彼はまだ、彼女を「ミス・ソフィア」と呼んだ。その響きには、これまでの冷たさではなく、崩れそうなほど愛おしいものを必死に繋ぎ止めようとする、切ない抑制が含まれていた。
エドワードは、ゆっくりとソフィアに近づき、彼女が慈しんできた薔薇を一輪、手折った。その手には、かつての執着による強張りはなく、ただ愛する者を守り抜いた誇り高い力が宿っていた。
「……この庭は、かつて私の母が命を懸けて守ろうとしたものだった。五年前、私はこの庭と共に、母を、そして自分の心も焼き尽くされたのだと思い込んでいた」
エドワードは、一輪の薔薇をソフィアに差し出した。
「だが、お前が……名もなき野薔薇のように、泥にまみれながらも咲き続けてくれたおかげで、私の庭……心には再び春が訪れた。お前がいなければ、私は今も、あの冷たい書庫で独り、母を救えなかった自分を呪い続けていただろう」
エドワードは、深く、深く息を吐き出した。そして、彼は決意を込めた瞳で、ソフィアをまっすぐに見つめた。
「……さよならだ、ミス・ソフィア」
ソフィアは、一瞬だけ息を止めた。その呼び名は、これまで彼女を「他人」として突き放し、同時にエドワードが自らの激しい情愛を隠し通すための、最後の防壁だった。
エドワードは、高潔な伯爵としてのプライドも、社交界のしきたりも、すべてを投げ打つように、その場に片膝をついて跪いた。朝露に濡れた柔らかな土が、彼の仕立ての良いズボンを汚す。だが、彼はそれを気にする様子もなく、ソフィアの手を恭しく取った。
「これまで、私は臆病だった。お前を『ミス・ソフィア』と呼ぶことで、身分の壁に逃げ込み、自分の醜い独占欲からお前を守ろうとしていた。……だが、もう、そんな偽りの壁はいらない」
彼はソフィアの手の甲に、羽のように柔らかな、しかし一生を捧げる誓いを込めた熱い口づけを落とした。そして、顔を上げ、かつてないほど優しく、彼女の名を呼んだ。
「……これからは、私のソフィアとして、私のそばにいてくれ。庭師としてではなく、この屋敷の、そして私の人生の、唯一の女主人として」
ソフィアの目から、光を孕んだ大粒の涙がこぼれ落ちた。「ミス・ソフィア」としての自分への、幸福な決別。そして、彼の愛する一人の女性としての再生。
「……はい、エドワード様」
彼女は跪く彼の肩を抱き寄せ、その胸に顔を埋めた。エドワードは立ち上がり、彼女の細い腰を力強く、しかし壊れ物を扱うように優しく抱き上げた。もう、壁を叩く必要はない。その拳は今、世界で最も守るべき人を、温かく包み込むためにあった。
二人の唇が、ついに重なり合う。それは長い間、抑制し、渇望し、嵐を耐え抜いた者たちだけが許される、甘く、切ない、至高の口づけだった。
庭園の野薔薇たちが、風に揺れて祝福の声を上げている。氷の伯爵の心に、野薔薇は美しく咲き誇り、二人の物語は、永遠という名の黄金の光の中に溶けていった。
最後まで、ありがとうございました。




