第三章②
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二人が街道をしばらく進むと、反対側から、小さな馬車が一台、埃を上げて近づいてきた。
馬車を引くのは、丸々と太った商人風の男だ。
彼は歌を口ずさみ、とても機嫌がよさそうだった。
詠美は、すかさず『ロード』の威厳を取り戻した。
「待て、騎士!あれこそ、神が我々に与え給うた『王の輿』だ!すぐにあの商人から馬車を『献上』させろ!」
ライエルはため息をつき、詠美を無視して、商人に向かって挨拶をした。
「こんにちは。マルツァへ向かう道中でしょうか」
「おお、ご苦労さま、衛兵さん!そうだ。マルツァは活気があるからね!しかし、そちらのお嬢さんは……ずいぶんと地味なご趣味で」
商人は、詠美の生成りのワンピース姿を見て、明らかに品定めをするような目を向けた。
詠美はプライドを粉砕された。
「な、何だと!?貴様!この『隠密行動用仮の聖衣』を地味だと申すか!貴様の見る目のなさは『終焉の罰』に値するぞ!」
詠美は木の枝の剣を商人に突きつけた。
商人は笑い出した。
「ハハハ!『終焉の罰』だと?お嬢ちゃん、元気があっていいねぇ!道化師の真似かい?その枝で何を罰するんだ?」
詠美の顔が、怒りで真っ赤に染まった。
彼女の『ロード』というアイデンティティを、この『俗物(商人)』が、『道化師』と侮辱したのだ。
「貴様!無礼千万!この馬車と積荷、全てを『王の没収物』とする!」
ライエルは、ここで騒ぎを起こすわけにはいかないと判断し、慌てて詠美の腕を掴んだ。
「詠美!やめろ!彼はただの商人だ!」
しかし、詠美はライエルを振り払い、怒りのあまり、ついに『真の力』を解放しようとした。
彼女は右腕の袖をまくり上げ、空に向けて大きく突き出した。
「聴け、愚かな俗物よ!我が右腕に宿りし『神々の裁き』!封印を解き、貴様らを闇に引きずり込め――」
ライエルは、反射的に詠美の右腕を力強く掴んだ。
その時、ライエルの掌に、詠美の肌から微かな魔力が流れてくるのを感じた。
「(心の中で)……なんだ、この力は?たしかに、普通の人間ではない」
その一瞬の躊躇が、詠美の『真の力』の暴走を防いだ。詠美の右腕は何も起きず、単に空を掻いただけで終わった。
商人は大笑いし、馬車を加速させた。
「ハッハッハ!いい芸を見た!またな、可愛い道化師さん!」
馬車はあっという間に通り過ぎ、詠美は悔しさと羞恥で、地面にうずくまってしまった。
「くっ……なぜだ!なぜ私の『真の力』が発動しないのだ!この世界は、王である私を拒絶するというのか!」
ライエルは、詠美のただの芝居ではない、「何か」が彼女に宿っていることを感じていた。
しかし、同時に、彼女の行動が単なる「中二病の暴走」であることも理解していた。
「詠美。いいか。この街道で、二度と騒ぎを起こすな。馬車は来ない。歩くぞ」
ライエルは冷徹に言い放ち、再び北へ向かって歩き始めた。
詠美は屈辱に耐えながら、ボロボロになった木の枝を握りしめ、彼の後を追うしかなかった。
「魔王城への道」は、依然として遠かった。




