第十章④
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その光景を目の当たりにした詠美の頭の中で、何かが弾けた。
(また、私を庇って……!ライエルが、怪我を……!)
詠美は、『不治の病』の疼きと、純粋な怒りが混ざり合った感情に支配された。
彼女は、自分がいつも「指示を出しているだけ」の役立たずであること、ライエルに「守られているだけ」の存在であることに、強烈な屈辱を感じた。
「……ふざけるな」
詠美は、木の枝の剣を握りしめ、ふらふらと立ち上がった。
彼女の瞳は、激しい感情の奔流によって、金色に輝いていた。
「貴様ら、全員、よく聞け!」
詠美が叫んだ瞬間、彼女の周囲の空気が、異常なほど冷たくなった。
ライエルもレオンハルトも、その圧倒的な魔力の波動に、動きを止めた。
「貴様ら、『王』の真の力を知らぬ。この『終焉の王』が、いつもどれほどの『孤独』を抱え、『誰にも理解されない屈辱』に耐えているか!そして……『誰かを失う恐怖』を、どれほど感じているか!」
詠美の放った感情の波動は、『終焉の王』としての設定だけでなく、『愛する人を守りたい』という素の願い、そして『誰も自分の苦しみをわかってくれない』という、黒崎詠美自身の本質的な孤独を、そのままぶつけたものだった。
その感情の奔流は、レオンハルトの言う「鍵」となった。
結界のガーディアンが、突然、ピタリと動きを止めた。
「な、なんだ!?詠美の感情が、結界に……!」
レオンハルトは驚愕する。
ミリーは、目を丸くしてクッキーを落とした。
「……嘘。これ、五十年前の私が、『最強の魔術を完成させたのに、誰も理解してくれなかった』時の『究極の孤独』の感情だわ!」
結界は、「究極の孤独」という、ミリーが五十年前、結界を築いた際の最も強い感情の波動に共鳴したのだ。
その瞬間、詠美の体から、黒い鎖の魔力が噴き出した。
それは、ゼルガディスの魔力とは違い、純粋な『束縛』と『否定』の力。
彼女の心の中で、「誰も私の感情を理解しないで」と叫び続けていた、『終焉の王』としての能力が、初めて開花したのだ。
「『終焉の王』が、貴様らを『束縛』する!『存在』を否定する!この力が、私の『孤独』と『愛』を守る『盾』となる!」
詠美の能力は、『詠唱者の最も強い感情を、物理的な「拒絶」の力に変える』という、極めて特殊で強大なものだった。
黒い鎖はガーディアンを完全に締め上げ、光の体を『存在』から否定し始めた。
「これが……『終焉の王』の……真の力!」
詠美は、激しく息を切らしながらも、その力を制御した。
ガーディアンは、抵抗する間もなく崩壊し、結界の靄は、霧のように晴れていった。




