第五章 最強の白薔薇と不治の病の悪化
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三人は、マルツァからさらに北にある小さな宿場町『イストリア』に到着した。
ライエルが衛兵団に提出する盗賊討伐の報告書を仕上げるための、束の間の休息地だった。
「フン!やっと着いたか、騎士よ。こんな『鄙びた田舎の分城』で、私の『不治の病』が悪化しなければ良いがな」
詠美は不満顔で、イストリアに唯一ある、埃っぽい宿屋の扉を蹴った。
ライエルとレオンハルトは、またしてもローブのフリルの数について議論しながら、彼女の後を追う。
宿に入った途端、地鳴りのような轟音が響いた。
「な、何だ!?」
宿屋の主人が青ざめた顔で窓の外を指さした。
「魔物だ!オークの群れだ!街が襲われている!」
ライエルは即座に剣を構え、外へ飛び出した。レオンハルトも「やれやれ、美しいローブが汚れる」と文句を言いながら、派手な炎の魔術を準備し、後に続く。
詠美は宿屋の隅に身を隠し、状況を観察しながら、『ロード』としての役割を果たす。
「チッ!なんという『無粋な魔物の集団』だ!騎士、白薔薇よ!貴様らの『忠誠心』を示す時が来たぞ!私に指図されるまでもなく、敵を殲滅しろ!」
ライエルはオークの群れに向かって突進し、先頭の数体を正確な剣捌きで斬り伏せる。
レオンハルトは、詠美の言葉を無視し、優雅な詠唱と共に巨大な火球を放ち、オークの群れを焼き払った。
「フン。派手なだけの『予備の眷属』め。だが、威力は認めてやる。騎士!貴様は、もっと『王の剣』にふさわしい『終焉の剣術』を見せろ!」
詠美は、「自分は安全な場所にいる」という確信から、言葉の弾丸を二人に浴びせ続けた。
しかし、オークの群れは数を減らしても、怯む様子がない。さらに、その背後から、ひときわ巨大な『オーガ』が現れた。
「グオオオオオオ!」
オーガの巨体が、宿屋へ向けて突進してくる。
「危ない!」
レオンハルトが防御の魔術を唱えるよりも早く、ライエルが動いた。
彼は、オーガと宿屋の間に割って入り、剣を構えた。
「騎士!逃げろ!こんな『雑魚の親玉』など、このロードの『終焉の光』で一瞬だ!」
詠美は、安全な場所から叫んだ。
だが、彼女の『終焉の光』は、木の枝の剣を握る彼女の手から出ることはない。
オーガの棍棒は、ライエルの防御を弾き飛ばし、彼の左脇腹に直撃した。
「ぐっ……!」
ライエルは血を吐き、壁に叩きつけられた。
全身の鎧が歪み、彼はそのまま意識を失いかけた。
「ライエル!」
レオンハルトが叫び、強力な拘束の魔術をオーガに放つ。
その光景を見た詠美は、頭の中で鳴り響いていた『ロード』としての設定や、『不治の病』の妄想を、全て吹き飛ばされた。
(ち、ちがう!こんなはずじゃ……!ライエルは……!)
詠美は、気が付けば木の枝の剣をその場に放り投げ、血を流して倒れているライエルに、無我夢中で駆け寄っていた。
「ライエル!ちょ、ちょっと!ライエル!しっかりしてよ!」
彼女の声は、素の、震える女子高生のものだった。
膝から崩れ落ちるように彼の傍らに座り込み、詠美はライエルの脇腹から流れ出る赤い血を見て、パニックに陥った。
手のひらで必死に傷口を押さえるが、血は止まらない。
「なんで……!なんでこんなに血が、出てるの……!?ねえ、冗談でしょ!?」
彼女の瞳は潤み、恐怖と動揺で焦点が定まらない。
昨日までの尊大な『王』の面影は、そこには微塵もなかった。
「くっ、どうすればいいのよ!ポーションは!?あの薬草の……!誰か、回復魔法とか使える人いないの!?レオンハルト、あなた魔法使いでしょ、早く!早く治してよ!」
「詠美!離れろ!危ない!」
レオンハルトの叫びも、オーガの咆哮も耳に入らない。
詠美はただ、目の前の彼が、自分を庇って傷つき、命の危機に瀕しているという事実だけで頭がいっぱいだった。
(助けなきゃ!このままじゃ、この人が……!私が、私が変なこと言ったから……!)
彼女は、ライエルを失うかもしれないという初めての恐怖に、胸が張り裂けそうになっていた。
その瞬間、ライエルへの『不治の病』と解釈していた感情が、紛れもない「好き」という感情だったと、彼女の心はハッキリと理解した。
「お願い……!誰か、助けて……!」
詠美の掠れた悲痛な声が、宿場町の空に響き渡った。
その瞬間、オークやオーガ、そして宿場町の全てが、白く、温かい光に包まれた。




