第三章⑥
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「いいか、白薔薇。余計なことを口走ったり、逃げようとしたりしたら、衛兵団に通報する。お前は『人質兼案内役』だ」
ライエルは、ロープを解いたレオンハルトを警戒しつつ、マルツァの裏路地を歩いた。
レオンハルトの深紅のローブは、詠美の「隠密行動用仮の聖衣」にすり替わっている。
詠美は、ライエルが持たせてくれた木の枝の剣を、まるで真の聖剣のように厳かに構えていた。
彼女は今、ライエルの優しさからくる「不治の病」を治すという使命感に燃えている。
「フン!騎士よ、あの『黒鮫』とやらは、我が『不治の病』の元凶であろう!私の力で一瞬で『終焉』をくれてやる!貴様は、その様子を後方で拝んでいろ!」
「詠美、貴様は引っ込んでいろ。俺が片付ける。お前はただの『おとり』にもならない」
ライエルの冷徹な言葉に、詠美はグッと唇を噛んだ。
「な……ッ!このロードを『戦力外』扱いだと!?無礼千万!」
レオンハルトは、二人のやり取りに呆れながら、小さな建物の前に立ち止まった。
「……ここだ。『黒鮫』の隠れ家。中には、用心棒が数人いる。そいつらはタチが悪いぞ。キミたち、本当にやるのかい?」
「黙れ。詐欺師」
ライエルはレオンハルトの言葉を遮り、冷静に周囲の気配を探る。詠美は木の枝の剣を握りしめ、臨戦態勢に入っていた。
「フフフ。感じられるぞ、騎士。この奥には『邪悪な魔力』が充満している!まさしく『魔王城の分城』だ!さあ、『不治の病の王』が、その魔力を断ち切るぞ!」
「いいから、後ろに下がれ、詠美」
ライエルは詠美を押し留めると、一歩前に出た。そして、音もなく扉を蹴破った。
部屋の中は、薄暗く、大きな男たちが数人、怪しげな取引の帳簿を囲んでいた。
彼らの中心に座る、顔に大きな傷跡のある男が、どうやら『黒鮫』らしい。
「誰だ!?」
用心棒の一人が叫ぶ間もなく、ライエルは動いた。
ライエルは、詠美が見てきた『灰色で無骨な騎士』ではなかった。
彼の動きは、辺境都市の衛兵団のそれとは、全く次元が違った。
ライエルは、抜刀するよりも早く、腰の鞘に入れたままの剣の柄頭で、先頭の用心棒の顔面を打ち抜き、昏倒させた。
続く二人の男の腹部に一瞬の突きを入れ、動きを止める。
残る男たちが斧や棍棒を振り上げるよりも早く、ライエルは部屋の中央に踏み込んだ。
「邪魔だ」
彼は一言そう呟くと、王室御用達の剣を電光石火の速さで抜き放ち、黒鮫の肩口を正確に切り裂いた。
「ぐわあッ!」
黒鮫は悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。取引の帳簿が床に散乱する。
戦闘は、わずか十秒で終わった。
詠美は、呆然と木の枝の剣を下げた。
(な、なんだ……?私の『終焉の儀式』が始まる前に、終わった……?あの、『灰色で無骨な騎士』が……?)
ライエルの冷徹で正確な剣技は、詠美の持つ『中二病の妄想』の全てを吹き飛ばす、本物の強さだった。
ライエルは、肩を押さえてうめく黒鮫の首に剣を突きつけ、静かに言い放った。
「借金の帳消しと、二度とマルツァで詐欺行為を行わないこと。約束しろ」
黒鮫は恐怖で顔を歪ませながら、小さく頷いた。




