生き残りたいので、推せる婚約者を探しています!
目を覚ますと、私は見覚えのない豪奢な天蓋ベッドの淵に、ちょこんと座っていた。
何で? ここどこ?
「ここは、恋愛シミュレーションゲーム『あなたの愛を手に入れる』の世界ですよ」
ご丁寧にナレーションが入る。ナレーションって何? 頭の中に声が響いて怖いんですけど。
私は立ち上がり、部屋中を見回してみた。
鏡に映る自分の姿が、明らかにゲームキャラっぽい容姿をしている。茶色い艶やかな長い髪に、スカイブルーの瞳。ヒロインと言っても過言ではない感じの、可愛らしい容姿。以前の自分とは明らかに違う容姿に、正直驚きを隠せない。異世界転生? 何でこうなった?
「主人公にして、ヒロインの王女『エレノア』ですよ」
ナレーションがそう解説してくれた。
私は王女エレノア。うん、やっぱりよくわからない。
「このゲーム内で、婚約者を一人選んでいただき、ご結婚いただくというのが、主な流れとなっています」
婚約者を選ぶ。随分と簡単なゲームみたい。何か戦うとかそういう系じゃなくてちょっと安心。
「そうです。バトルとかはないですよ。ただ、王女に危害を加えようとする危険な輩も混ざっているので、気をつけてくださいね。最悪死ぬんで」
危険人物混ぜないで。混ぜるな危険。
どの人が危険人物なの?
「それを言ったら面白くないでしょう。いざ、大勢の中から一人を選んで、ハッピーエンドへ!」
その声とともに、私の視界は真っ白になり、気づくと男性4人がいる部屋の中にいた。
彼らがこちらをじっと見つめている。
どの人も20歳前後ぐらいで、顔立ちが整ってる。いかにもゲームキャラと言いたくなるくらいビジュアルが良い。
この中で一人を婚約者に選べばいいのか。
4人とも、俗に言うイケメン、好青年に見える。適当に良さそうな人を選べばいいと安易に思っていたんだけど、どうしようか。
「誰を勇者に選ぶおつもりか」
金髪碧眼で、剣を腰に下げているところからしていかにも騎士っぽい、正統派って感じの男性が真剣な表情で尋ねる。頭上にはご丁寧に「アレン」の文字。忘れっぽい私には親切設計かも。
「エレノアが困っているじゃないですか。ゆっくり考えたら良いですよ」
そう言って優しく微笑む、水色の髪に濃紺の瞳の男性。魔法使いのようなローブを着ている。こちらは「セナン」。
「俺にしちゃいなよ」
気軽な感じで、近くに座っていた茶髪に緑色の瞳の男性が言う。こちらは「ユーリ」。
「お菓子でも食べる?」
にこやかな笑顔を浮かべる、少しあどけなさの残る銀髪に碧眼の男性が、私にピンクのマカロンを渡してきた。こちらは「エルト」。
この中から婚約者を選ぶわけね。
でも、パッと見た感じ、全員普通の好青年で、何と言うかそれほど危険な感じはしない。
そもそも、この中には危険人物がいないのかもしれないし、もしかしたら複数人危険人物がいるのかもしれない。バッドエンドキャラは複数いて、一人以外全員アウトかもしれない。
今の段階では選べそうにないな……。
私はエルトから受け取ったマカロンを頬張る。フランボワーズの甘酸っぱい香りが口の中に広がった。
「おいしいでしょ? 僕が作ったんだ」
エルトはそう言うと、自分もマカロンを食べた。無害そうなその顔が、かえって不安を掻き立てるんですが。
「みんなもほら、食べて食べて」
エルトの言葉に、緊張していた空気が少し和む。
「うまいな。自分で作るんだ?」
ユーリが黄色いマカロンを食べながら言う。
「うん。作るのって、楽しいからね」
笑顔を浮かべるエルトが可愛らしくて、小動物みたい。
「エレノア様の婚約者候補として会うのは初めてなんだし、今日はお茶でも飲んで、お互いのことを知れたら良いんじゃないかと思ったんだよね」
そう言って、お茶まで出してくるエルト。何だか癒されるけど、その分闇も感じるのは気のせい?
「まあ、確かにいきなりは違うか」
アレンはそう言って、エルトが出すお茶を飲んだ。
私は彼らが少し和んだのを見て、尋ねることにした。
「みなさんは、普段何をされているんですか?」
とりあえず、普段の様子を聞いてみよう。
誰から話すかを伺うように、一瞬の間があった後。
「私は、すでにご存じかとは思いますが、王宮騎士団に勤めております。そこで、日々剣技を磨いています」
アレンはそう言って、私の目をじっと見つめた。目力がイケメン! ある意味怖い!
「僕は魔道研究所で、魔法研究を行っています。先日氷結魔法で賞を頂いたので、最近はその論文の書籍化作業をしています」
セナンは笑顔を浮かべてそう答えた。いかにも魔法使いって感じ。インテリ魔法使い。
「俺は、親父と一緒に、国の政治ルールを新しくしたいと思ってる。今までにない、新しい政治家になりたいんだ」
ユーリ、実は政治家の息子なんだ……なんか意外……。
「僕は、最近お休みをいただいてるけど、ちょっと前に魔王を狩って来たよ」
エルト、魔王を狩るって何者なの。
そんなことを考えていると、脳内で声が響いた。
「この後、一人と話をしてください。あ、まだ婚約者は選ばなくていいですよ?」
一人と話って……。
「気になった話はありましたか?」
とりあえず、魔王を気軽に狩るっていうのは気になったけど……。
「では、エルトと話をしますか?」
うーん、どうしよう。エルト、明らかに危険ルートな気がする。闇がすでに見えるし。
「そうですか? では誰にしましょう?」
こういう恋愛ゲームでは、一番無難そうな人が一番安全そうな気がする。
というわけで、私は一番無難そうなアレンと話をすることにした。
「エレノア様。先ほどはいきなりご無礼を働き、申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず」
クールイケメンのアレンと二人っきりで、薔薇の咲き乱れる美しい中庭を歩く。
「お気をつけて。薔薇の棘が当たったら大変です」
アレンはそう言うと、絶対当たらない距離だというのに、薔薇と私の間に割って入る。
「あなた様に何かあってはいけませんから」
うーん。丁寧なのはありがたいけど、こういうタイプって、手に入った途端どうでもいいみたいになったりしないかな。いや、どうでもいいぐらいならいいんだけど、豹変したりしたら怖いな。どうなんだろ、疑うと何でも怪しく見えてくる。
「アレンから見て、後の3人はどう思う?」
私は判断材料が欲しくて、そんなことを尋ねた。
「セナンは、優秀な魔法使いです。ユーリは、ああ見えて政治のことはとても詳しい。エルトは、あの若さで単独で魔王を退治しています。皆、それぞれに興味深い人材だと思います」
「そう」
他の人を悪く言わないところには好感が持てた。
「ですが、彼らではなく、私を選んでください。絶対に後悔させません。誰よりも、あなたのことを愛しています」
アレンは真剣な瞳で私を見つめた。
「アレンは、私と婚約して、何かしたいことってある?」
私はアレンを見つめて微笑んだ。
「わ、私は、あなた様をお守りできれば、それ以上は望みません」
困った様子で言うアレンが、ちょっと面白い。
そんなことを思っていると。
「アレンを選びますか?」
脳内でナレーションが響く。
まだ決定できないって。早すぎるでしょ。
「エレノアはこの後の展開も控えているんで、婚約はちゃっちゃとしていただかないといけないんですよ。明日、もう一人と会うターンを作りますから、そうしたらもう、決めてくださいね?」
無茶ぶりが過ぎるって。
これだけで婚約者決めるのは、流石にどうなの? 恋愛ゲームじゃないの?
「本編は結婚後なんですよ。さくっとよろしくお願いしますね~」
そうして場面は、先ほどの豪奢な自室へと戻っていた。
展開が雑すぎやしないかい。
私はベッドに横になると、出会った4人の男性の顔を思い浮かべた。
騎士のアレン。魔法使いのセナン。政治家のユーリ。勇者のエルト。
正統派のアレンと話をしたので、あとは別の3人のうち、誰と話をするか。
魔法使いでプライドも高そうなセナンは、何だか豹変しそうな気がするし。
政治家で俺様っぽいユーリも、何だか豹変しそうな気がするし。
魔王を狩る勇者のエルトも、何だか豹変しそうな気がするし。
それ言ったら、アレンも以下略。
とりあえず、3人の中から選ぶとしたら。
「おはようございます!」
私は、3人の中から、ユーリを選び、一緒に朝食をとっていた。
「ユーリから見て、後の3人はどう思う?」
私は朝からヘビー過ぎるステーキを食べながら、ユーリに尋ねた。
「アレンは神経質だし、セナンは意気地なしで、エルトは何考えてるかわかんない……って言いたいところだけど、みんな良い奴だと思いますよ」
ユーリはあっさりと言う。
「もちろん、俺が一番良い奴ですけどね。選ぶなら、俺にしなよ?」
ユーリはにいっと、楽しそうな笑みを浮かべた。さわやかな笑みに心動かされそうになるけれど、私は淡々と尋ねる。
「危険人物がいるとしたら、誰だと思う?」
政治に詳しいユーリなら、もしかしたら黒い裏側を知っているかもしれない。
「危険人物……それは、どういう意味で?」
「私に危害を与えそうという意味です」
「だとしたら、全員違うと思いますよ」
「何故?」
「全員、エレノア様のこと大好きなんで」
ユーリは巨大ステーキをぺろりと平らげ、楽しそうに笑う。
そう言って笑うユーリの笑顔を見て、彼は良い人なんだろうなと思う。
「ユーリにしますか?」
気が早い脳内ナレーションがそう尋ねてくる。
誰を選んだら良いんだろ?
ちなみに、エレノアに控えている今後の展開って何?
「エレノアは、婚約者がいるというのに、他国の王子に求婚されて、それを理由に婚約破棄するんですよ。そしてそのことを根に持った元婚約者に狙われる……そんな愛と復讐の展開が待ち受けています」
だとしたら、狙われて一番安全そうな人を選ぶってこと?
そうなると、政治に強いユーリは敵に回すと厄介だからパスしたい。
魔王を狩れるような強さのエルトも当然パス。
あとは、騎士と魔法使いだけど……。
騎士の方が、王家に逆らわない気がする。
「では、アレンにしますか?」
もう少し考えてもいい?
「もう時間です。3,2、1……」
じゃあ、アレンで。
そうして私はアレンと婚約することになったのだけど……
◆
夜の王宮。外は雷が鳴り響いている。
「どうして僕を選んでくれなかったの?」
一人になった私の前に、エルトがやって来て嗤う。
「僕は誰よりも、あなたのことを愛しているのに」
そうして私の視界は、真っ暗になった。
◆ ◆ バッドエンド ◆ ◆
ウソ? 選んだ人が危険人物だった場合じゃないの?
これじゃ、エルト以外の人を選ぶ限り、バッドエンド確定じゃない!
辺りは真っ暗だし、私、これからどうなるの?
「こういうこともあります」
ナレーションよ、ちゃんと説明してくれ。
「こんなこともあろうかと、もう1回チャンスをあげましょう」
もう1回っていうか、これ、エルトを選ぶしかないのでは?
だってエルト以外を選ぶと、「どうして選んでくれなかったの?」ってなるわけでしょ。
それか、何か回避できる方法でもあるの?
婚約者に選んだ人に、エルトから守ってもらうとか。いや、魔王を狩れる強さだから無理か。
「では、あらためてスタート!」
そういうわけで2回目のターン。
私はまた、4人が座る部屋にいた。
こうして見ると、にこやかなだけにエルト闇深い。そんなことを考えていると。
「どうしますか? 誰かと二人っきりで話しますか?」
ナレーションが問いかけてくる。
と言うか、もう最初からエルトって選んで終わりでしょ。
私はエルトを選ぶことにした。
これでバッドエンド回避!
◆
王宮の広間。目の前にはエルトがいる。
ただならぬ雰囲気。
まさか。
「僕との婚約を破棄して、他の男と結婚……?」
エルトがゆっくりと近づいてきて嗤う。
「絶対に許さない」
そうして私の視界は真っ暗になった。
◆ ◆ バッドエンド ◆ ◆
いやもう、どうやってもバッドエンドって。
エルトがもはや魔王でしょ。無理ゲー過ぎる。
「もう1回だけ、チャンスをあげましょう」
何度もやり直し可能な設計なら、最初から好きに選んでも良かったかも。どうやってもこうなるじゃない。
「次は、絶対に失敗できないとだけ、お伝えしておきましょう」
何だかざわりと、嫌な予感がした。
次失敗すると、今度こそ終わる。
だとしたら、どうしたらいいのだろう?
誰なら、エルトを封じられるのだろう?
ねぇ、ナレーション。婚約者に選ぶのは、この4人以外でも良いのよね?
「良いですけど、そんな登場人物、いました?」
私は高らかに答える。
「最初から、隣の国の王子様と婚約すればいいのよ!」
そうして私は、隣の国の王子様と結婚することになった。
◆
「エレノア、誰よりも君を愛している」
隣国の王子は、私の手を握り締め、優しくそう囁いた。
美しき王子は優しくて、私のことを誰よりも何よりも大切にしてくれた。
ちょっと病的なぐらい過保護だけれど、目の前が真っ暗になるようなバッドエンドにはなっていない。
「エレノア。君が望むなら、何だってしよう」
本当に、この王子様は何だってしそうで恐ろしい。
とは言え、王女エレノアは、隣国の王子と幸せに暮らしましたとさ。
ということで、私は無事、生き延びることができたのだった。
だけど。
「もし他の男に目を向けたりなんてしたら、絶対に許さないよ」
そう言って、王子は優しい笑顔を向ける。
溺愛王子との綱渡りな関係を、母国の元婚約者候補たちが邪魔しようとしていることなど、私は知る由もなく。
私に平穏なときが訪れることなど、やっぱりなさそうだった。
<END>
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