午前中
そんなことを考えている間に、登校が終わった。今日も正門前には、警備の人がいる。しかしいつもと違い、華奢な体型の男の人が立っている。そんな体で300人いるこの学校を警備できるのか?と思うのは僕だけだろう。昇降口に向かう途中に校庭にある水たまりを見た。梅雨前線の身長が伸びていることで梅雨明けしているのか微妙な季節感なので、昨日の夜に雨が降ったのだろう。このジメジメはその雨のせいだ。自分を隠すように伸びた前髪が湿気でおでこにへばりつく。こんな姿で美月に会いたくないな。そう思った時、現実は必ず悪戯をしてくる。
「おはよう!小林!」
その瞬間周囲の湿気がなくなったかのような爽やかな空気が流れ込んできた。
「おはよ、平・・・」
僕の挨拶は求めていなかったかのように、彼女は昇降口へ消えていった。後を追うつもりは全くないが、同じクラスなので仕方がない。僕も下駄箱で上履きに履き替えて、3階にある教室へと向かっていった。
教室という場所は毎日変わらない。座席や黒板はもちろんいつも同じだが、人の配置やグループ、担任がくる時間にチャイムが鳴るタイミング、時には話している話題だっていつも同じだ。僕はいつものように誰かに止められることなく、自分の居場所である窓側の後ろから二番目の席へと向かう。僕の席の前には女子バスケ部に所属する山本真央がいる。そして彼女の席の周りにはいつもと同じように女子が数人囲っている。朝は読書の時間があるというのに相も変わらず騒がしい。落ち着かない朝を過ごしていると、担任で数学の教師をしている濱田が少し早めに入ってきた。
「ホームルーム始めるぞ。席につけ全員。」
お前らに言ってるんだぞ、山本とその他。
「昨日の授業中にも言ったかもしれないが、期末テストが二週間後にあるから今日から基本的に部活は休みだ。間違っても数学で赤点なんて取るなよ。」
朝のホームルームなんて誰も聞いていないに等しいが、そうか、今日から部活休みか。お母さんに言うの忘れてたな。気づくのが遅すぎたが、まあどうでもいいだろう。考え事は時間を食うもので、いつの間にか一時間目が始まるチャイムがなりそうだ。一時間目は社会。本当にかったるいな。僕が楽しみなのは三時間目だけだ。
授業を適当にやり過ごしていたらようやく三時間目が始まる時間になった。三時間目は数学。濱田の授業だ。濱田は教師のど真ん中のような人間で、学校へはジャージで来ているし、生活指導を担当しているし、その日の日付と同じ出席番号の生徒を指名する。今日が六月二十三日で十二番の僕にはどういう道を通っても当たらないことを確認すると、眩しい昼の日差しを物ともせず、机に突っ伏して眠りについた。
眠りについた。と同時に起床した。いや正確には夢を見始めただけなのだが。僕は今日も夢の中で自由に動けることを確認すると、濱田に言って教室の外へ出ようとする。
「先生、授業に飽きてきたので校庭に出てきます。」
もちろん止めることなく了承した濱田は、気にすることなく授業を続け始めた。おかしなことだと思うだろうが、安心してほしい。僕も思っているから。ここは僕の夢の世界。いわゆる明晰夢というもの。僕はこの夢の中であれば自由に動けるし、何をしても自分の思い通りになる。だからさっきの濱田も僕の言うことを素直に聞いて、校庭へ行くことを許可したのだ。なんの目的もなく教室を出たが、とりあえず校庭で一人サッカーでもするか。誰も校庭にいないし。
六月の校庭は暑くて鬱陶しい。もちろん暑さと言う項目だけなら、七月八月の圧勝だが、六月は湿度という暑さと相性バッチリのスキルがずば抜けている。流石にこの蒸し暑さで、サッカーを、しかも一人ではする気にならない。
「もう少し心地よい気温になってほしい。具体的に言えば、夏場のちょっと空いているJRくらいの心地よさで頼む。夏のスーパー、コンビニだと冷房が効きすぎてて違うところに行った時に寒いからな。あとは天気も、地上から直接ISSが見れるくらい透き通った青空をにしてほしい。」
会話をするような声でそう独り言を呟くと、なんということでしょう。先ほどまで漂っていた夏の熱気と湿気は、同じく空に漂っていた雲とともにみるみる内に去っていき、その代わりに過ごしやすい空気と気持ち良いほどの青空がやってきて、心なしかISSもこちらに近づいてきたようです。なんと過ごしやすい校庭でしょう。
見てもらった通り僕は、こうやって天気や環境にまで干渉することができる。この能力はおそらく制限がない。まあ夢の中なので当たり前だが。一つだけある問題点としては、誰かと会話をしているくらいの声量で願いを言わないといけないことだ。以前この問題点を知らなかった僕は、授業中に声に出さずに漫画を読み始めて濱田にブチギレられたことがある。
「先生もアオのハコ好きでしょ、だから読んでいいですよね?」って言ったら許してくれたが。そんなプロトタイプ教師があんな青春漫画好きなわけないだろ。
その失敗から学んだ僕は今日も濱田に一言言ってから来たのだが、流石にこの広さの校庭は一人で遊ぶには手に余る。
「美月と一緒に遊べたらなぁ。」
「じゃあ遊ぼっか!」