起床
『「夢」とは、 睡眠中あたかも現実の経験であるかのように感じる、一連の観念や心像のこと。睡眠中にもつ幻覚のこと。』Wikipediaにはそう書いてあった。僕が特殊な夢を見ることができるようになってから初めてした行動がwikipediaで「夢」という言葉を調べることだった。気になったことをすぐにインターネットで調べることは僕の悪い癖だが、あんなに突然、鮮明で特殊な「夢」を見たら誰だって調べたくなるだろう。だが僕はこの意味に納得していなかった。なぜならそれは「あたかも現実の経験であるかのように感じる」というレベルのものではなく、僕がの意思によって僕が行動し、全てが僕の思い通りになる世界だったからだ。そうした「夢」を「明晰夢」と呼ぶらしい。その世界は誰しもが羨むようなもので、世の中には「明晰夢」を見るために努力をする人もいるらしい。全く僕には縁のない話だ。なぜなら僕は毎日決まった時間に眠れば「明晰夢」を見ることができるからだ。今日はどんな夢を見ようか。
「翔、なにぼうっとしてるの?」
朝食のピーナッツバターを塗ったトーストを食べながらそんな考え事をしていた僕は、母親の由香の声でハッとする。
「いや別に。」
思春期の息子らしい言葉で受け流しつつ、少し急ぎ気味で朝食を食べる。
「ごちそうさま。」
機械的に食への感謝を述べた僕は、すぐに登校の準備をする。
「今日部活は?何時に帰ってくるの?」
「ん~、いつもと同じくらい。」
目も合わせずに答えながら靴を履く。
「いってらっしゃい。」
その言葉に送り出された僕は、家のドアを開けて今日という日にログインする。
五月蝿いくらいの六月の日差しは、とても夏を感じさせる。こんなに詩的な言葉が思いつくほど、最近の僕は機嫌がいい。それはもちろん明晰夢を見ることができるおかげでもあるが、それとは別に僕の機嫌をとってくるものがいる。それは成林中学二年一組出席番号十九番「平 美月」である。名前の通り美しい顔立ちに隣を通る人がみんな振り返るようなスタイルの良さ、見た目に似合わないほど溌剌とした表情と性格、こんな田舎に住んでいるとは思えないほどの肌の白さを持った彼女は、我が成林中学を代表するマドンナだ。そんな彼女は僕の心に巣食っている。別に彼女のことが好きとかそう言うわけではない。確かに顔はとても綺麗だし好みだ。その上であんなに明るい性格の女の子を嫌いな男子はいない。毎日教室で話したいと思っているが、決して好きではない。そんな気持ち僕にはない。しかも生まれてから十四年間この田舎町に住んでいる僕と違って、彼女は小学校の頃まで東京にいたシティーガールだ。近寄りたいが近寄りがたい事この上ないのだ。。彼女と現実で話したことはないが、同じ教室で視界にいてくれるならば、彼女と会話を交わせなくてもいいのだ。今日も彼女にどれだけ機嫌を取られるのだろう。