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第5話:竜王の咆哮

 ティラノサウルスの咆哮が轟いた。

 大地が揺れ、陰陽師たちはその圧倒的な存在に息をのんだ。

 しかし、彼らはすぐに意を決した。

「待ってました!」

 松永 修が自らを鼓舞するように、掌に拳を打ち付けた。

 恐竜の霊を取り込み、強くなる――それこそが彼らの目的だった。

「この霊を取り込めば、俺たちはさらに強くなれる!」

 佐久間昴が力強く言い放つ。

 篠宮凛が頷き、相沢さくらが霊符を展開する。

「慎重に行ったほうがいいわ。吸収するとはいえ、無茶をすれば逆に取り込まれるかもしれない。」

 相沢さくらは、いつも通りに警告をする。

 しかし、今はそんな不安を考える余裕はなかった。

 陰陽師たちは霊滅符を準備し、ティラノサウルスへと向かっていく――。


 篠宮凛が黄金の霊弾を放つ。

「行くぞ!」

 佐久間昴が呪符を展開し、相沢さくらが霊波を操る。霊を取り込むための攻撃が次々と放たれた。

 しかし――。

「……速い!」

 篠宮凛が叫ぶ。

 その巨体からは想像もできない速度で、竜王は一直線に襲いかかる。

 松永修が即座に身を翻して避ける。風間透が結界を展開するが、ティラノサウルスはその霊的障壁を破壊しながら突進してきた。


 ここ、のろい・ラシックパークにおいては、ほぼ全ての存在が霊で構成されている。

 そのため、霊的現象と物理的現象の境界が曖昧であり、どの力が霊の作用なのか、あるいは純粋な物理的な影響なのかを判別することが難しかった。

 ティラノサウルスが振り回した尻尾は、霊で構成された木々をなぎ倒す。そして、大地を蹴り上げればただの物質であるはずの土砂がつぶてとなって陰陽師たちに襲い掛かる。一般に、ポルターガイストと呼ばれる現象だ。


 篠宮 凛が圧縮された水流を放った。轟音と共にティラノサウルスに襲い掛かる。

 しかし、巨体は全く動じない。

 陰陽師たちは攻撃を続けた。

 風間透が再度結界を展開するが、結果は変わらない――ティラノサウルスはそれを粉砕しながら突進する。

 陰陽師たちも無傷ではいられない。ティラノサウルスの強大な霊力に弾き飛ばされた物体との衝突は直接に肉体を損傷させ、爪や尻尾といった部位との直接接触が魂を抉り取る。

「全然、効かない……!」

 相沢さくらが顔を歪める。肉体フィジカル的にも、精神メンタル的にも、そして、スピリチュアル的にも陰陽師たちは追い詰められていった。

 誰もが後悔と絶望に支配されようとした瞬間――、その後悔と絶望が具体的なものとなった。

 巨大な顎が一人の陰陽師を捕らえた。



 風間透は、この事態を理論としては十分に理解していた。

 しかし、自分自身がその中心にいることを、想像したことはなかった。

 巨大な顎が迫る。

 透の瞳はその歯の一本一本をはっきりと捉えていた。

 そこには血の汚れも、肉片もない。

 ただ、すべてを呑み込む闇が広がっていた。

「――っ!」

 噛みつかれた瞬間、何も感じなかった。

 痛みはない。

 衝撃すらない。

 ただ、霊気が――魂が引き剥がされる感覚だけがあった。

 霊体による一撃がポルターガイストを引き起こすことはなかった――つまり、物質である肉体に直接の影響を与えなかったことは、不幸中の幸いだったのかもしれない。

「待て……俺、何を……」

 風間 透の声は空ろになり、焦点の定まらない目で仲間たちを見た。

「透!逃げろ!」

 佐久間昴が叫ぶ。

 だが、逃げるための意思が消えていた。彼の存在そのものが、目の前で薄れていく。

 その時、ティラノサウルスの瞳がかすかに動いた。

 ――何か違和感を覚えているような、怪訝そうな表情を見せる。

 陰陽師たちはその一瞬の間隙を突き、式神を展開した。



「今、助けてやるかな……!」

 佐久間昴が霊符を展開し、篠宮凛と相沢さくらが同時に式神を召喚する。

 碧波のごとくうねる霊力が奔り、篠宮凛の霊波鷹が鋭く空を切った。この霊鷹は彼女の直感と同調し、飛翔しながら霊波を探知する。

 一方、相沢さくらの白霊が静かに舞い、純白の霊気が辺りを満たす。結界の術を帯びたこの式神は、浄化の波動を放ち、霊的な影を抑え込んでいく。

「「行くよ!」」

 篠宮凛と相沢さくらが、それぞれの相棒に指示を出す。

 白亜紀の霊たちとは異なる存在――陰陽師が従える式神が現れると、ティラノサウルスの視線を釘付けにした。

 その刹那――。

 松永修が飛び込む。

「返してもらうぞ!」

 彼は瞬時に透の身体を引き剥がした。

 白霊が霊的な波動を発し、ティラノサウルスの霊気をかき乱す。

「今のうちに!」

 陰陽師たちはすぐさま霊波鷹の背へ乗り、空へと舞い上がる。



 篠宮凛が霊力を操り、透の霊気の揺らぎを安定させる。

 しかし――それでも、失われた魂は戻らない。

 風間透の皮膚が崩れ始めた。

「嘘……」

 篠宮凛が霊波鷹の背で風間透の身体を支えながら、目を見開く。

 まるで砂が風に吹かれるように、透の身体が灰へと変わっていく。肉が朽ち、骨が砕け、ただの塵となって消えていく。

「こうなることは、知ってはいたけど……。」

 霊波鷹の背にしがみつきながら、相沢さくらが小さく呟いた。

「透……!」

 松永修が叫ぶが、すでにその声は届かない。

 次の瞬間、風間透の身体は完全に――空へ散った。



 陰陽師たち逃げたのは空中である。ティラノサウルスは地上に残り、ただ咆哮だけが届く。

 彼らは霊波鷹の背のティラノサウルスを見下ろし、悲しみに浸るに十分な安全を確保した。

 はずだった――。

 篠宮凛が呟いた。

「……私たち、地上だけが危険だと思っていた。」

 相沢さくらが息を詰める。

「そうよ……この時代の恐怖は、それだけじゃない……。」

 この時代を甘く見ていた。

 霊的な存在を取り込めば強くなる。そのためにのろい・ラシックパークにやってきた。弱肉強食の理論である。

 しかし、この理論に従っていたのは、彼らだけではなかった。

 上空に影が広がる。

 佐久間昴が叫ぶ。

「プテラノドン――!」

 空にも、主役がいた。


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