第2話:禁忌への足音
都内某所に佇む古びた館。表向きは歴史ある和風旅館だが、その奥には、選ばれし者だけが立ち入れる特殊な結界が張られている。
この場所こそ、陰陽師たちが集い、霊脈の流れを読み、秘術を研鑽する隠れ家。
結界の内側には、霊符が刻まれた襖、四方を囲む祭壇、そして浄化のための霊泉がひっそりと息づいている。
都心の喧騒から切り離された異空間――
この場所に、5人の陰陽師たちは集まり、神社での戦いを振り返る。そして、新たな目標を掲げた。
「もっと強くなれるはずだ。」
佐久間 昴が言う。
「で、次はどこへ?」
松永 修が尋ねる。
「……呪・ラシックパーク。」
場が静まり返る。
「それって都市伝説でしょ?本当に行く気?」
篠宮 凛が眉をひそめる。
「ただの都市伝説じゃない。中部地区の陰陽師達の間には昔から、大地の裂け目に眠る恐竜霊の噂がある。」
風間 透が腕を組む。
「恐竜の霊なんて、本当にいるの?」
相沢 さくらは半信半疑の様子で問いかける。
「恐竜が霊になるかどうかは知らない。でも、俺も以前に長野の奴らから聞いたことがある……諏訪湖周辺の地下は地質的に異様な霊気が漂う場所が多い。それが、古代生命の怨念なのか、それとも別の何かか……。」
佐久間 昴が静かに答える。
「それに、天竜川の名前も気になるよな。龍脈の流れと関係があるなら、何かありそうだ。」
松永 修が地図を指す。
陰陽師たちは、龍脈と都市伝説の噂を手がかりにしながら、諏訪湖周辺を目指すことを決めた。
翌日、陰陽師たちは古い陰陽書をもとに、禁忌の土地に関する記述を探していた。
「『地の裂け目より異形の息吹が立ち昇る』……か。」
風間 透が静かに呟く。
「もしかして、それって、フォッサマグナのことかな?」
篠宮 凛が問いかける。
「可能性はある。日本列島を分断する巨大な断層……その地下には何かが眠っていても不思議じゃない。」
佐久間 昴が頷く。
「それなら、問題はどこから入るかよね。」
相沢 さくらが地図を見ながら言う。
「古い記録によると、諏訪湖周辺には封印された洞窟があるらしい。地表に露出した断層の一部であり、龍脈の気が集中する場だとか。」
風間 透が紙を広げる。
「それが入口……か。」
松永 修は嬉しそうに拳を鳴らす。
彼らは洞窟の存在を突き止め、そこへ向かうことを決めた。
翌朝、陰陽師たちは中央線に乗り込み、岡谷市へと向かった。
「せっかく諏訪湖まで行くんだから、ちょっとくらい楽しんでもいいでしょう?」
篠宮 凛がスマホをかざし、観光地のリストを開く。
「別に観光に興味はないが……まあ悪くない。」
風間 透は腕を組む。
「どうせなら諏訪の名物を食べたいなぁ。」
松永 修はすでに食べ物の話をしている。
相沢 さくらはため息をついた。
「どう考えても、普通の旅行じゃないのに……この緩さ、大丈夫なの?」
列車の窓から景色が流れ、新宿の高層ビル群を抜けると、次第に街並みが低くなっていく。中野を過ぎる頃には、住宅街の屋根が連なり、三鷹では車両基地の広がる光景が見える。
立川を越えると、多摩川の広々とした河川敷が視界に広がり、空が一気に開ける。その先、八王子を過ぎると、遠くに丹沢山地の稜線が浮かび上がり、都市の喧騒が薄れていく。
やがて高尾の手前で、車窓には深まる緑が映り込み、東京のビル街から山並みへと景色が移り変わっていった――。
諏訪湖の周辺に降り立った彼らは、まず諏訪大社へと向かった。
「ここ、霊的な力が強いな。」
佐久間 昴が目を細める。
「当然でしょう。諏訪大社って御柱祭りもあるし、昔から龍神や霊的な伝承が絡んでる。」
篠宮 凛が説明する。
彼らは神社の参道を歩きながら、おみくじを引いたり、諏訪湖の景色を眺めたりと、一瞬だけ普通の旅行者のような時間を楽しんだ。
「諏訪ワインも有名なんだよな。せっかくなら飲んでみたいけど……未成年じゃダメか。」
松永 修が言い、相沢 さくらが即座に睨みを利かせる。
「当たり前でしょ!」
「冗談だって!」
少し笑いながらも、彼らは探索を続けた。
しかし、相沢さくらはふと落ち着かない表情を見せる。
「……何か、感じる。」
「感じる?」
風間 透が問いかける。
「霊気。薄いけど、遠くの方から……妙な気配が流れてきてる。」
長野を訪れたのは初めてではない。しかし、これまで感じられなかった異変を察知できるということは、それだけ陰陽師として成長した証なのかもしれない。
それとも……
夜、旅館に一泊する彼らは、大広間でくつろいでいた。
「透ってさ、誰か好きな人いるの?」
松永 修が何気なく言った。
「……急にどうした?」
風間 透が怪訝そうな顔をする。
「単純に、こういう場だとそういう話するだろ?」
「まあ……考えたことがないわけじゃないが、今はそれどころじゃないな。」
佐久間 昴は静かに聞いていたが、篠宮 凛がふと彼の顔を見た。
「昴はどうなの?」
「……俺か?」
「そうよ。好きな人とか。」
佐久間 昴はしばらく黙っていた。旅館の静かな雰囲気の中、彼の心が揺れるのを、誰もが感じていた。
「……俺は、強くなることしか考えてない。」
「でも、強くなるだけじゃ何も得られないわよ。」
相沢 さくらが言った。
「人間関係とか、絆とか……それがあるから、戦う理由もできるんじゃない?」
「……そうかもな。」
彼らはそれぞれの思いを胸に、静かな夜を過ごした――。
早朝、陰陽師たちは封鎖された洞窟へと向かった。入口はひっそりと森の奥にあり、外界から遮断されたような異様な雰囲気を放っている。
「……妙に静かじゃない?」
篠宮 凛が呟く。
「霊的な気配は……あるが、敵意はないな。」
風間 透が霊符を手に周囲を探る。
洞窟内へ入ると、空気がひんやりと重たくなった。水滴がぽつぽつと落ち、足音が反響する。
「気分悪いな、ここ……。」
松永 修が眉をひそめる。
壁には不規則な亀裂が広がり、何かが這い回ったような痕跡が残っている。しかし、それは遥か昔のもの――今は何も動く気配がない。
「ここ、本当に通れるの?」
相沢 さくらが疑問を投げかける。
「通れるはずだが……長く滞在すべきじゃないな。」
佐久間 昴が慎重に進む。
時折、風の音がまるで誰かの囁きのように響く。だが、それ以外には何の障害もなく、陰陽師たちは洞窟の出口へと辿り着く。
「なんだ、意外とあっさり通れたな。」
松永 修が肩をすくめる。
「……それが逆に怖い。」
篠宮 凛がぼそりと呟く。
こうして彼らは洞窟を抜け、フォッサマグナの深部へと踏み込んだ――呪・ラシックパークが、目前に迫っていた。




