自分を肯定する力
「だからさーじぶんでやるっていってんのにさー」
「そうだよねーまだはやいとかいってくるよねー」」
保育園の2歳児クラスで元気な声が飛び交う。
「ミキちゃんはおやにしてもらう?じぶんでやる?」
「えわたし?わたしは……」
「はんぱつしとこーよ!じぶんでできるって」
急に話をふられミキはとまどう。
「わたしたちもうこどもだもん!」
「あかちゃんはそつぎょーしたの!」
「うん。そーする(わたしはやうまれ……)」
クラスの雰囲気に押されミキは真似ようと決めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「夕ご飯できたからみんなでいただきますしよっか」
夕食の時間ミキは家族といただきますをする。
(えーとんーとみんなはえーっとこのタイミングで)
ミキはクラスの会話を思い出し思いを口にする。
「アイスたべたい」
父親がミキに確認をとりミキは首を縦に振った。
「棒のアイスでいいかい?」
兄が聞いてきてミキは頷く。
「イチゴミルク味ならあるぞ」
「おーにーにそれたべたい」
冷凍庫を見た長男にミキは答える。
「なら夕ご飯は減らすわね」
母親がテキパキと夕食の量を減らしていく。
トントン拍子に話が進みミキは拍子抜けしていた。
★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あれ?ここは?」
「あ気がついた」
ベッドで横になっているとミキは気づく。
「おなか痛いってミキちゃん倒れちゃったんだよ」
「そうなんだ」
「はい。お薬。ゼリーでごっくんしようね」
「ありがとちゅうにーに」
ミキは少し体を起こす。
「大丈夫?お湯もあるから喉乾いたら言ってね」
兄から渡された服薬ゼリーでミキは整腸剤を飲む。
「パパとママとおーにーには?」
「父さんと母さんなら桃の缶詰買いに行ったよ」
僕たちはお留守番と兄はミキに言う。
「おーにーには?」
「帰ったよ。大学に」
ミキが物心つくころに長男は大学に受かった。
「つぎのおみやげいつかな」
たまに帰ってきてはお土産を持ってくる。
「夏にはくるって」
「ミキこんぶすきー」
大学生の兄が帰ってきた時をミキは思い出す。
『北海道の昆布はうまい!』
帰ってきて早々大学生の兄は父親に言う。
『だからウニも魚もエビもカニもホタテもうまい!』
『そうだね。おいしい昆布を食べてるからね』
父親との話を母親の後ろに隠れミキは聞いていた。
「初めてだよね。夕食にアイス食べたいは」
兄の言葉にミキは我に返る。
「保育園でなにかあったの?」
「えっとねうんとねあのね」
「ゆっくりでいいよ。おちついて」
お湯を少しだけコップに入れ兄はミキに手渡した。
ミキはそれを飲み干してなお同じ言葉を繰り返す。
「困るようなこと?」
心配してか兄がミキに聞いてきた。
「えっとねおなじくみのたーちゃんがねあのね」
「うん」
「んとねじぶんでやるとかねえっとね」
身振り手振りを交えてミキは伝えようとする。
「ミキちゃんの気持ちを伝えるとかそんな感じ?」
「うんだからねえっとねまねてみようかなって」
ミキのお腹がぐるぐると鳴りお尻からおならが出る。
「ぬいぐるみ抱いてあったかくしよっか」
兄は立ち上がりぬいぐるみ置き場に向かう。
「きちゅね!きちゅねさんがいいの!」
「きつねさんのぬいぐるみだね。ちょっと待ってて」
いわれた通り兄はキツネのぬいぐるみを探す。
『わたしたちもうこどもだもん!』
たーちゃんの言葉がミキの脳裏をかすめる。
(こまらせればこどもになれるのかな?)
キツネのぬいぐるみを見つけ兄は帰ってきた。
★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はい。きつねさんのぬいぐるみ。これを――」
「ごほんよんで」
キツネのぬいぐるみをぎゅっと抱いてミキは言う。
「え?本?えーっと絵本でいいのかな?」
「なぞなぞー」
「わかった。ぬいぐるみはしっかり抱いててね」
兄はそういうと再び立ち上がり本棚に向かう。
「日本で北にある大きな島の名前は?」
「ほっかいどー」
「そうだね。ほっかいどうだね」
うを強調して兄は答える。
兄はミキの様子を見てページをめくった。
「耳が大きくて鼻の長い動物は?」
「ぞおさん」
「そうだね。ぞうさんだね。次は――っと」
ミキがウトウトしていることに兄は気づく。
「そろそろおねむかな?」
「まだおきるーもんだいー」
「わかった。手を握ってくれたらね」
兄はそう言ってミキに手を差し出す。
「あったかいー」
ミキは兄の手を握って答えた。
「えとねちゅうにーにもこまらせることしたー?」
「したなあ。褒められようとして困らせて」
★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆
「どうしてー?」
「兄さんができる人だったから僕もって」
「なにしたのー?」
目を閉じては開いてを繰り返しミキは質問する。
「テストで良い点取ったり賞もらったり」
昔を思い出す素振りで兄は答えていく。
「期待に応えようっていい子を演じて息苦しかった」
(おはなしきーくーのー)
眠たいのかミキはぬいぐるみを抱きしめなおす。
「そんな時テストの点が低くてね」
遠い目をして兄は言葉をつなげる。
「習い事も休んじゃった」
★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆
「……えとんとママもパパもあのねおこった?」
「それがね逆に喜んでくれたんだ」
『良い点ばかりだったからお母さん安心したわ』
『そうだな。習い事もたまには休んでいいんだぞ』
「ってね。僕を丸ごと受け入れてくれて嬉しかった」
よほど嬉しかったのか兄は瞳を輝かせて話す。
「だからミキちゃんも――ってあれ?」
ミキはすやすやと寝息を立てていた。
「おやすみ」
兄はキツネのぬいぐるみも一緒に毛布を掛ける。
そして静かにゆっくりと部屋を後にした。
★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆
「そっか。ミキちゃんも成長したわね」
「もうそろそろイヤイヤ期かな」
息子からの報告を受け父親と母親は話を弾ませる。
「もう自立と甘えの時期か……3人目の」
「ミキちゃんのペースで甘えさせような」
「ええ。今回はケンジさんも手伝ってくれるし」
「最初はバタバタしてたからなあ。本当に」
「子どもが先生で私たちが生徒だったわね」
母親も父親も我が子の成長を喜んでいた。
「そうだな。ところで夕食の残りはどうする?」
「明日いただくわ。今食べると起きちゃうもの」
「ああ確かに。子どもは匂いとか音に敏感だから」
「それもあるし回数分けて食べると体型維持が楽よ」
「そうなのかい?」
「赤ちゃんだって食べる回数多いでしょ?」
月が昇り夜は更けだす。
ゆっくり流れる時間の中で夫婦の会話は続ていく。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆
あくる日、雨が降っていた。
「ミキちゃん保育園行くかい?それとも休む?」
「いくー!ながぐつはきたいー!」
「ならパパが準備しておくね」
ミキの元気な声に玄関にいる父親は言葉を返す。
「ほらケンジさんも。遅刻するわよ」
「わかったよ。それじゃ行ってきます」
「あめあめふれふれもっとふれ♪」
雨の中ミキと母親は歩いて保育園に向かう。
水たまりに雨が当たり波紋を作る。
その水たまりにミキは足を強く踏み込む。
「わーい♪みずったまり♪みずったまり♪」
「着いたわよー。傘どうする?お母さんやろうか?」
「えとねんとねあのねじぶんでやりたい」
「いいわよ」
わたわたわたわた。
もたもたもたもた。
くるくるばさばさ。
「うーんとうーんとあれー?あれれー?」
「あらミキちゃんとミキちゃんのお母さん」
おはようございますと保育士が挨拶してきた。
「ミキちゃん自分で傘畳もうとしてるのね」
「うん!」
「先生と一緒だね。畳み方これであってるかな?」
保育士はゆっくりとわかりやすく傘を畳む。
「あってるー!わたしもやるー」
ミキは保育士を真似て傘をくるくると回す。
「できたー!」
「やったねミキちゃん♪ひとりでてきたね」
「うん!」
ミキは満面の笑みを浮かべる。
そして長靴を脱ぎはじめた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「自分を肯定する力、育ちましたか?」
「はい。今育んでおけば将来役立ちますから」
「しつけはもう少しあとからでしたよね?」
「はい。それまでは土台作りです」
「まるで浮き輪ですわね。自己肯定って」
世間の荒波に浮き続ける力を養おうと二人は話す。
「今日もよろしくお願いしますね」
「わかりました」
保育士と母親が優しく温かい目でミキを見守る。
「ぬげたー!あせんせーおはよーございます!」
長靴を脱ぎ終えた主人公は元気に挨拶した。