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イベント・春 (2025)

自分を肯定する力

「だからさーじぶんでやるっていってんのにさー」

「そうだよねーまだはやいとかいってくるよねー」」

 保育園の2歳児クラスで元気な声が飛び交う。

「ミキちゃんはおやにしてもらう?じぶんでやる?」

「えわたし?わたしは……」

「はんぱつしとこーよ!じぶんでできるって」

 急に話をふられミキはとまどう。

「わたしたちもうこどもだもん!」

「あかちゃんはそつぎょーしたの!」

「うん。そーする(わたしはやうまれ……)」

 クラスの雰囲気に押されミキは真似ようと決めた。


☆  ☆   ☆   ☆   ☆   ☆  ☆


「夕ご飯できたからみんなでいただきますしよっか」

 夕食の時間ミキは家族といただきますをする。

(えーとんーとみんなはえーっとこのタイミングで)

 ミキはクラスの会話を思い出し思いを口にする。

「アイスたべたい」

 父親がミキに確認をとりミキは首を縦に振った。

「棒のアイスでいいかい?」

 兄が聞いてきてミキは頷く。

「イチゴミルク味ならあるぞ」

「おーにーにそれたべたい」

 冷凍庫を見た長男にミキは答える。

「なら夕ご飯は減らすわね」

 母親がテキパキと夕食の量を減らしていく。

 トントン拍子に話が進みミキは拍子抜けしていた。


★  ☆   ☆   ☆   ☆   ☆  ☆


「あれ?ここは?」

「あ気がついた」

 ベッドで横になっているとミキは気づく。

 

「おなか痛いってミキちゃん倒れちゃったんだよ」

「そうなんだ」

「はい。お薬。ゼリーでごっくんしようね」

「ありがとちゅうにーに」

 ミキは少し体を起こす。

「大丈夫?お湯もあるから喉乾いたら言ってね」

 兄から渡された服薬ゼリーでミキは整腸剤を飲む。

「パパとママとおーにーには?」

「父さんと母さんなら桃の缶詰買いに行ったよ」

 僕たちはお留守番と兄はミキに言う。


「おーにーには?」

「帰ったよ。大学に」

 ミキが物心つくころに長男は大学に受かった。

「つぎのおみやげいつかな」

 たまに帰ってきてはお土産を持ってくる。

「夏にはくるって」

「ミキこんぶすきー」

 大学生の兄が帰ってきた時をミキは思い出す。

 

『北海道の昆布はうまい!』

 帰ってきて早々大学生の兄は父親に言う。

『だからウニも魚もエビもカニもホタテもうまい!』

『そうだね。おいしい昆布を食べてるからね』

 父親との話を母親の後ろに隠れミキは聞いていた。


「初めてだよね。夕食にアイス食べたいは」

 兄の言葉にミキは我に返る。

「保育園でなにかあったの?」

「えっとねうんとねあのね」

「ゆっくりでいいよ。おちついて」

 お湯を少しだけコップに入れ兄はミキに手渡した。

 ミキはそれを飲み干してなお同じ言葉を繰り返す。

「困るようなこと?」

 心配してか兄がミキに聞いてきた。

 

「えっとねおなじくみのたーちゃんがねあのね」

「うん」

「んとねじぶんでやるとかねえっとね」

 身振り手振りを交えてミキは伝えようとする。


「ミキちゃんの気持ちを伝えるとかそんな感じ?」

「うんだからねえっとねまねてみようかなって」

 ミキのお腹がぐるぐると鳴りお尻からおならが出る。

 

「ぬいぐるみ抱いてあったかくしよっか」

 兄は立ち上がりぬいぐるみ置き場に向かう。

「きちゅね!きちゅねさんがいいの!」

「きつねさんのぬいぐるみだね。ちょっと待ってて」

 いわれた通り兄はキツネのぬいぐるみを探す。

 

『わたしたちもうこどもだもん!』

 たーちゃんの言葉がミキの脳裏をかすめる。

(こまらせればこどもになれるのかな?)

 キツネのぬいぐるみを見つけ兄は帰ってきた。


★  ★   ☆   ☆   ☆   ☆  ☆


「はい。きつねさんのぬいぐるみ。これを――」

「ごほんよんで」

 キツネのぬいぐるみをぎゅっと抱いてミキは言う。

 

「え?本?えーっと絵本でいいのかな?」

「なぞなぞー」

「わかった。ぬいぐるみはしっかり抱いててね」

 兄はそういうと再び立ち上がり本棚に向かう。

 

「日本で北にある大きな島の名前は?」

「ほっかいどー」

「そうだね。ほっかいど()だね」

 うを強調して兄は答える。

 兄はミキの様子を見てページをめくった。


「耳が大きくて鼻の長い動物は?」

「ぞおさん」

「そうだね。ぞ()さんだね。次は――っと」

 ミキがウトウトしていることに兄は気づく。

 

「そろそろおねむかな?」

「まだおきるーもんだいー」

「わかった。手を握ってくれたらね」

 兄はそう言ってミキに手を差し出す。

「あったかいー」

 ミキは兄の手を握って答えた。

 

「えとねちゅうにーにもこまらせることしたー?」

「したなあ。褒められようとして困らせて」


★  ★   ★   ☆   ☆   ☆  ☆


「どうしてー?」

「兄さんができる人だったから僕もって」

「なにしたのー?」

 目を閉じては開いてを繰り返しミキは質問する。

「テストで良い点取ったり賞もらったり」

 昔を思い出す素振りで兄は答えていく。

「期待に応えようっていい子を演じて息苦しかった」

 

(おはなしきーくーのー)

 眠たいのかミキはぬいぐるみを抱きしめなおす。

 

「そんな時テストの点が低くてね」

 遠い目をして兄は言葉をつなげる。

「習い事も休んじゃった」


★  ★   ★   ★   ☆   ☆  ☆


「……えとんとママもパパもあのねおこった?」

「それがね逆に喜んでくれたんだ」

 

『良い点ばかりだったからお母さん安心したわ』

『そうだな。習い事もたまには休んでいいんだぞ』

「ってね。僕を丸ごと受け入れてくれて嬉しかった」

 よほど嬉しかったのか兄は瞳を輝かせて話す。

 

「だからミキちゃんも――ってあれ?」

 ミキはすやすやと寝息を立てていた。

 

「おやすみ」

 兄はキツネのぬいぐるみも一緒に毛布を掛ける。

 そして静かにゆっくりと部屋を後にした。


★  ★   ★   ★   ★   ☆  ☆


「そっか。ミキちゃんも成長したわね」

「もうそろそろイヤイヤ期かな」

 息子からの報告を受け父親と母親は話を弾ませる。

 

「もう自立と甘えの時期か……3人目の」

「ミキちゃんのペースで甘えさせような」

「ええ。今回はケンジさんも手伝ってくれるし」

「最初はバタバタしてたからなあ。本当に」

「子どもが先生で私たちが生徒だったわね」

 母親も父親も我が子の成長を喜んでいた。

 

「そうだな。ところで夕食の残りはどうする?」

「明日いただくわ。今食べると起きちゃうもの」

「ああ確かに。子どもは匂いとか音に敏感だから」


「それもあるし回数分けて食べると体型維持が楽よ」

「そうなのかい?」

「赤ちゃんだって食べる回数多いでしょ?」

 月が昇り夜は更けだす。

 ゆっくり流れる時間の中で夫婦の会話は続ていく。

 

★  ★   ★   ★   ★   ★  ☆

 

 あくる日、雨が降っていた。

 

「ミキちゃん保育園行くかい?それとも休む?」

「いくー!ながぐつはきたいー!」

「ならパパが準備しておくね」

 ミキの元気な声に玄関にいる父親は言葉を返す。

「ほらケンジさんも。遅刻するわよ」

「わかったよ。それじゃ行ってきます」


「あめあめふれふれもっとふれ♪」

 雨の中ミキと母親は歩いて保育園に向かう。

 水たまりに雨が当たり波紋を作る。

 その水たまりにミキは足を強く踏み込む。

「わーい♪みずったまり♪みずったまり♪」

 

「着いたわよー。傘どうする?お母さんやろうか?」

「えとねんとねあのねじぶんでやりたい」

「いいわよ」

 

 わたわたわたわた。

 もたもたもたもた。

 くるくるばさばさ。

「うーんとうーんとあれー?あれれー?」


「あらミキちゃんとミキちゃんのお母さん」

 おはようございますと保育士が挨拶してきた。

「ミキちゃん自分で傘(たた)もうとしてるのね」

「うん!」

「先生と一緒だね。畳み方これであってるかな?」

 保育士はゆっくりとわかりやすく傘を畳む。

 

「あってるー!わたしもやるー」

 ミキは保育士を真似て傘をくるくると回す。

「できたー!」

「やったねミキちゃん♪ひとりでてきたね」

「うん!」

 ミキは満面の笑みを浮かべる。

 そして長靴を脱ぎはじめた。


★  ★   ★   ★   ★   ★  ★


「自分を肯定する力、育ちましたか?」

「はい。今育んでおけば将来役立ちますから」

「しつけはもう少しあとからでしたよね?」

「はい。それまでは土台作りです」

「まるで浮き輪ですわね。自己肯定って」

 世間の荒波に浮き続ける力を養おうと二人は話す。

 

「今日もよろしくお願いしますね」

「わかりました」

 保育士と母親が優しく温かい目でミキを見守る。

 

「ぬげたー!あせんせーおはよーございます!」

 長靴を脱ぎ終えた主人公は元気に挨拶した。

 

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