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「おいユーリ、その女の狙いはどうやらお前らしいぞ! いくら突っつこうとしてもこっちを見向きやしねぇ! てか当たらねぇ! 一体なにをやったんだ?」

 ジェイルが呑気な声でそう叫んだ。

 その瞬間、まるで隕石が落ちてきたかのような衝撃波がジェイルを襲った。飛んでくる木の幹や枝が、ジェイルの前で見えない壁に阻まれるように動きを止め、束のように重なる中、人間がその束の中に飛び込んできた。

「ギリアム!」

「おいおい、大丈夫かぁ?」

 衝撃波が収まり、ジェイルが木の幹をどかしてやると、中から素早くギリアムが飛び上がってジェイルの真横に着地した。

「おい! こんなとこで何突っ立ってんだ木偶の坊! お前、ブッ殺されたいのか!」 

 ギリアムはジェイルを睨みつけ怒号を飛ばした。よく見ると両の腕の肘から先があらぬ方向に折れ曲がっていた。

「ドイル、お願い!」

 リナがそう言うと、小型のドラゴンのような生物がギリアムの方へ飛んでいった。

「そうキレんなって……死ぬぞ? いやさぁ、あんなはえぇ魔物初めてだもん。俺じゃついていけねえよ。だったら後衛守る事に専念したほうがいいだろ? まぁ、なぜかヒトガタなのに後衛を潰そうとしてこないが」

「チッ……役立たずが」

「もういいぞ」

 ドイルと呼ばれた生物がそう言うと、ギリアムは確かめるように腕を動かした。

「それで、だ。このままじゃ埒があかない。あいつはなぜかユーリだけに執着している。だから一旦落ち着いて作戦を――」

「……あのクソ女、何度も何度も吹き飛ばしやがって……殺してやる!」   

 ギリアムがジェイルの話がまるで聞こえていないかのように地を蹴り上げ、凄まじい速度でユーリに相対している女の背後に斬りかかろうとしたその時、女を中心にまたしても衝撃波が起こった。

「おかえり」

「ギリアム!」

 再度転がってきたギリアムの傍にリナが駆け寄る。

「大きな怪我はないけど、気絶してる……」

 ジェイルは大きなため息をついて、積み上がった木の幹に上り、辺りを見回しながら言った。

「まったく、随分見晴らしがよくなっちゃって」

 女が放つあの魔法のせいで、ジェイルの背後を除く周りの木々はほとんどなぎ倒されていた。

「ルーエル、どうにかなんないのか?」

 ジェイルは背後にいるルーエルに問いかけた。

「……無理ね。さっきも言った通り、身体を強固な魔防壁で守ってる。通常魔法じゃまず貫けない」

「お前の冗談みたいな威力でもか。じゃあ詠唱魔法ならどうだ?」

「魔防壁はおそらく貫通するわ。でもあの速度ならすぐ範囲外に脱出されるでしょうね……」

「おいおい……ユリウス=アーネンハイツの子孫でもどうにもならないなら、それはつまり魔王より強いってことだ。そりゃお手上げだよ」

「そんなことあるわけないじゃない……私が弱いだけよ……」

 ルーエルは消え入りそうな声でそう呟いた。

 それを聞いたジェイルはしまったという表情を浮かべて、

「おい! しっかりしろよ、ルーエル! お前いつも『私がアーネンハイツの歴史の中で一番の魔法士だわ!』って言ってただろ! 頭の中から感情を一切取り払え!」

「そうだよ、ルーエル! ルーエルが今この世界で一番強い魔法士なんだから!」

 ギリアムを介抱していたリナもルーエルに声を掛ける。

 ルーエルはハッと顔を上げ、

「分かってるわよ! 私がこの世界史上最高の魔法士であるのは変わりはないわ!……でも、あれはそもそもの次元が違う……」

 ジェイルは顔を前方に戻し、目にも止まらぬ速さで動き続けている二つの軌跡を見つめ、そっと呟いた。

「ギリアムはダウンして、ルーエルは戦意喪失ぎみ。残ったのは戦闘に参加できない盾役と精霊使いと、勇者様だけ。これはお前がなんとかしないとヤバいな――頼んだぞ、ユーリ」


――こいつの目的は何だ?

 ユーリは距離をとって、剣を構えながら女を観察する。その剣は光り輝き、そして歪な形をしている。

 気づけば随分とジェイル達から離されてしまっていた。

 とにかく速い。ギリアムよりも、この状態の俺よりも。だが、あちらから距離を詰めてくるという事は一切ない。

 それにヒトガタのように知力の高い魔物は真っ先に後衛を狙うはずなのに、そんな素振りは今のところ見せていない。

 ギリアムが倒れてから、あの破壊的な衝撃波を生み出す魔法を使ってこないのも気になる。

 ユーリが一歩も動かず逡巡していると、

「どうしたの? 来ないの?」

 女はさも当然のようにユーリにきいた。

「喋っ……た……?」

 ユーリは驚愕の色を顔に浮かべ、目の前に悠然と立つ女、ヒトガタの魔物と呼ばれる謎多き存在を見つめる。

 いくらヒトガタであっても、魔物が喋るなんて聞いたこともない。これまでに遭遇したヒトガタも喋りかけてくるなんてことは一切なかった。

「魔物が喋っちゃダメ?」

 なにが嬉しいのか笑みを浮かべている。

 ユーリは緩みかけた表情を改め、毅然とした態度できいた。

「お前は……何が目的だ? 俺達を殺すことじゃないのか」

「殺す? なんで?」

「それはッ! 俺達が人間で、お前が魔物だからに決まってるだろ!」

 ユーリはおちょくられているような気分になり、声を荒らげて叫んだ。

 すると、ヒトガタは耐えられなくなったように声を上げて笑った。

「アハハハハッ、でもさぁ……君たちは生きてるじゃん! こんな魔物の巣窟でさ。幸運だね?」

「何を言って――」

「お話はおしまい。本当はもっと喋りたいけど、止まらなくなっちゃいそうで怖いんだよね。さぁ、かかってきなよ」

 ヒトガタは両手を広げてそう言った。

 隙だらけで武器も何も持っていない。見せたのは先程の衝撃波を生み出す魔法だけ。それでもユーリとギリアムの剣は空を切ってばかりいた。

 他のヒトガタ、いや魔物とはもはや別種に見えるほどに、何かもかもがかけ離れていた。

「俺達を、殺す気はないんだな?」

 ユーリがそう聞くと、ヒトガタは少し不機嫌そうに顔をしかめた。

「だからぁ、それは君たち次第。ほら、魔物は憎いんでしょ? 倒さなきゃいけないんでしょ? だったらほら、来なよ」

 しかし、ユーリはヒトガタの言葉とは裏腹に構えを解くと、剣は消滅した。

「ん? どうしたの?」

 ユーリは深呼吸してから、間を置いて言った。

「俺達の目的は魔王の再封印だ。倒せるかも分からないお前の相手をすることじゃない。何を考えてるか分からんが、殺してくる気がない魔物に魔力を消費している余裕なんかないんだ。邪魔しないでくれ」

 実際にユーリの魔力はこのヒトガタとの戦いでほとんど消費してしまっていた。

 ヒトガタの言う通りここではいつ魔物に襲われても不思議ではない。だからこそ、無駄な魔力の消費は抑えたかった。

 ユーリはヒトガタに背を向け、仲間の元へ戻ろうとした。

「はぁ、やっぱりそうなっちゃうか。面倒くさくなってきたから助かるんだけどね。言い訳が出来るし」

 そう独り言のように呟くヒトガタの方へユーリは思わず振り向いた。するとヒトガタはユーリの方へ指を指していた。

「何の話だ……?」

「え? 何が?……あぁ口に出しちゃってたのか。久しぶりに喋ったから、無意識にもっと喋りたくて口に出ちゃったのかも。――それよりいいの? あそこにさっきの魔法当てちゃうよ?」

 ヒトガタの指先は徐々に上がっていき、ユーリの頭上を示していた。

「なッ……!」

 振り返ると、上空にリナとルーエルが浮いている。

 ユーリは身体の熱が全て頭に集まるような錯覚に陥った。

――殺す!!

 そして気づけば鞘から剣を抜き、ヒトガタに上段から斬り掛かっていた。ヒトガタはそれをひらりとかわしてから、宙に浮く。

「どういうつもりだっ!? 降ろせ!!」

 ユーリは頭上のヒトガタに怒鳴る。

 頭がくらくらしてきて、思わずバランスを崩して地面に膝をつけてしまう。

「もう君の相手するの疲れたんだよ。君もそうなんでしょ? 早く助けに行きなよ。さっきので私を倒せないのに、その普通の剣で向かってきてどうするの? ほらほら、さっきの魔法こっちの手で溜めてるよ? さっきとは比べられないぐらいの威力がでるよ?」

 ヒトガタのもう片方の手には禍々しいほどの魔力が蓄えられていた。

「くっ……!」

 ユーリはなんとか立ち上がってから、剣を鞘にしまい走り出した。今の自分が出せる最高速であそこの真下へ向かう。

 間に合うのか。いや間に合わせるしかない。

 途中で大枝に足を取られ、バランスを崩し転がりながらも前に進み、木の幹の束にぶつかり動きを止めると、よろけながら立ち上がった。

「お、おう……ユーリ、あの女は? ていうかいきなリナとルーエルが浮き出して」

 ユーリはジェイルの言葉を無視し、上空に向かって大声をあげた。

「ルーエル! お前なら自力で拘束を解けるだろ!? 俺はリナの方を解く! あのヒトガタはお前達にさっきの魔法を撃つつもりだ!!」

「おい、落ち着けってユーリ。女の狙いは――」 

 すると上空からルーエルの声が返ってきた。

「魔法が一切使えないわ! 屈辱よ! 私がこんな拘束魔法なんかにッ!」

「どういうことだ!? ルーエル!」

「大丈夫! ドイルがなんとかできるかもしれないって! だからユーリはあのヒトガタに集中して!」

 リナが声を張り上げて上空から叫んだ。

 ユーリが先程まで居た方角に目を移すと、こちらへ歩いてくるヒトガタの姿が見える。遠目から見ても分かるほどに魔力が増幅していた。

 振り返り、ジェイルに言った。

「俺が二人の拘束を解く。その間俺を守ってくれ」

「はっ? リナの言ったこと聞こえなかったのか? ドイルが」

「あいつは信用できない!! 第一、精霊は魔法に干渉できないはずだ!」

 ユーリは目を真っ赤に充血させながら、ジェイルに向かって叫んだ。

 ジェイルはため息をついてから、ユーリの肩を掴んだ。

「お前、魔瘴気にやられてるんだよ。一旦落ち着け」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろッ!?」

 ユーリは肩に置かれた手を振り払った。

 今は話し合いなんかしてる場合じゃない。もう既にあのヒトガタはいつでも魔法をあそこに向かって撃てる。まだそうしてこないのはあのヒトガタの気まぐれでしかないのだ。

 深く息を吐いてから、両手をそれぞれリナとルーエルの方へ向け、目を閉じた。

 深く精神を研ぎ澄まし、魔力を手の先へ集中させる。

「クソッ……!」

 ジェイルは吐き捨てるように言って、盾と槍を構えた。

 すると上空から声が飛んできた。

「ユーリ!? あのヒトガタはあなたを狙ってるんだよ!? それじゃ襲われても対処できない!」

「リナ! 黙っててくれ! 集中できない!」

「ダメ! ドイルが解いてくれるって言ってるじゃない!」

「そいつは信用できない! ヨハンを見殺しにしたのを忘れたのか!? きっとまたお前が死んだあとで言い訳を吐くに決まってる!」 

 ユーリの頭の中にある光景がフラッシュバックした。なぜかその時よりも鮮明に見える。またも意識が朦朧とし、手の先に集めた魔力が霧散しかける。

「信じて! ユーリ! この子は悪い子じゃないの!」

 リナの悲痛な声が上から降ってきた。

 ユーリはなんとか意識を保ち、そしてこれ以上は無駄だと判断し、口を閉じた。

「ユーリ!」

 リナ、大丈夫だ。俺が、お前を助ける。

 他には頼らない。頼っていはいけない、今度こそ。

 自分の手で救えるものを、決して零したりしない。

――なぜなら俺は、『勇者』だからだ。

「これから頑張ってね」

「ユーリ!!」

 背後から背中を叩かれ、振り返ろうとして――

 そこでユーリの意識は途切れた。 

 

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