焼け野原 米屋(人) 呉服屋
戦後日本はアメリカを筆頭とした連合軍に敗北した。
ここ、東京は大空襲によって尋常ならざる被害を受けた。長石清は東京、秋葉原で米屋を営んでいた。サイレンによって大空襲に気づき、残した財産に目をくれず一目散に防空壕に逃げたのが幸いして命だけは助かった。
「ひでぇもんだな」長石は防空壕から出てそうつぶやいた。
建物は皆、焼け崩れて、川は逃げ遅れた人の血と焼けた肉で満たされていた。このような惨状に長石はクラリとめまいを感じた。
「とんでも無いことになったな」
長石の傍らに立った上田金之助は言った。上田は長石の営む米屋の隣で同じく呉服屋を営んでいた。
「金ちゃん、俺達どうしよう?」少しばかし演者のような芝居じみた悲鳴を長石はこぼした。長石にとって地獄のような光景から現実逃避しているのであろう。
「何いってんだ。清ちゃん。これからあんた大変になるぞ。なにせこの街で生きてかないといけないんだ。飯を届けることが大事になってくる。米はこれからどんどん大事になってくるんだ」
「そうは言っても金ちゃん。店も無いよ」
「無くてもいいじゃないか。ここの地面の区画を店だと言い張ればいいじゃないか」上田は言った。
上田の懸念は的中した。東京をはじめ大都市では大規模な食料難が発生した。
長石は復興のため建設の手助けをしていた。角材を人の手で協力して運んでいた。なにせ自動貨車は戦争でほとんど壊されてしまったからだ。
長石は休憩中に半壊した建物の影に座っていた。そうすると悲哀を想起させるほど病的に痩せた子供が居た。長石は面食らって思わず話しかけた。
「親はどうしたんだ。何も食べて居ないのか?」
痩せた子供は力のない目でふるふると首を振った。
長石はいたたまれなくなって自分のなけなしの水と雑穀を渡した。
子供は今までの力のない様子から一変してガツガツと渡された雑穀にかぶりついた。
長石はハッとする。自分はこの光景のために米屋を営んでいたのではないか。空腹だったひとにお米を提供することで元気になる姿が見たかった。生きるために人間には食が必要だ。
長石はそう思うと。その建物から飛び出した。
長石は必死に走った。
ーー今は食料が必要だ。
長石は二人のアメリカ兵に出会った。長石は英語で懇願した。
<<申し訳ないが食料を恵んでくれないか>>
アメリカ兵は顔を見合わせて笑った。懐からチョコレートを取り出すと放り投げた。長石はそれを捕らえた。
<<軍は余った物資を売りさばいているぞ>>アメリカ兵はそう言い残し去った。
長石はそれを聞き、アメリカ軍の進駐軍の宿舎に向かった。
長石はなけなしのお金をはたき、すべて食料に変えた。
長石は秋葉原に戻り、その食料を闇市で売りさばいた。
疲れ切った表情をした買い物客の目にわずかに光が宿ったのを長石は見た。
儲かった金で列車に乗り、新潟に渡った。そこで米を買い集めた。もともとの人脈を利用して買い漁った。仕入れた米をまた闇市で売った。
長石は店に訪れた人を見た。皆悲壮感漂わせていたが底力のようなものを感じた。闇市の外れに目を向けると少しずつ復興が進みつつあった。
長石は歯を食いしばり、日常を取り戻そうと自分に喝を入れた。