第七十話「エードン記念館」の巻
街の案内所で、
「エードン記念館」なるものを聞いた魔人ビキラと古書ピミウォは、寄ってみる事にした。
エードン博士は、ムカウ独裁帝国末期の、新兵器開発部のリーダーだった人だ。
反政府組織である革命軍の殲滅を命じられ、出来上がった人工生命体「風船虫」は、大気中の汚染物質を取り込み、オゾンを吐くという代物であった。
益虫という形容は出来たが、殺戮兵器とは程遠かったのだ。
かくしてエードン博士は反逆者として、流刑地マダランダ島送りとなり、そこで、同じく流されて来た反逆児、魔人ビキラと出会ったのだ。
ただし、エードン博士は生粋のマッドサイエンティストだったので、マダランダ島でも怪しげな研究に没頭し、ビキラと関わり合いになる事は、ほとんどなかった。
煉瓦造りのエードン記念館に入り、風船虫の模型とか、その体皮を覆う本物の鞭毛とか、エードン博士のホルマリン漬けの脳や心臓を見学しながら、
「エードン博士って、やっぱり一発屋だったのかしら」
と呟くビキラ。
展示品の、
「死んでいる遺伝子」
「嘘で固めた真心」
「変化する好かん屁」
「煩悩で作った溶けない雪ダルマ」
「缶切り金貨」
「トロイの三角木馬」
などを見ると、
「やっぱり、風船虫イッパツの人だったのかのう」
と思うピミウォであった。
「あら、プラネタリウムがあるのね。見てみたかったわ」
『投影中』のランプを見て、残念そうにビキラが言った。
「おや。『入室自由』と張り紙があるぞ、ビキラよ」
ピミウォが言った。
ならば、と、ドアを開け暗幕を掻き分け、ドーム状の部屋に入る。
「うわ。真っ暗……」
猫のような反射板がないので、すぐには何も見えないビキラ。
「こちらにどうぞ」
薄明るい発光石を持った係員がビキラたちに声をかけ、空いている席へと案内した。
円形に広がる座席の最外部の、端の席だった。
席について、
「なんだか、肉がほどよく腐ったような、良い匂いがするわね」
と、鼻をぴくぴくさせるビキラ。
「河童のような半魚人のような、生臭い匂いもするのう」
と、表紙をぱたぱたさせる古書ピミウォ。
「何かの演出じゃろうか?」
目が慣れてくると、満天の星が見えた。
天の川銀河の密集部分が、大河のように虚空を横切っている。
「凄い。田舎へ行っても、今じゃここまでの天の川は見られないわよね」
「独裁帝国が垂れ流し続けた汚染物質が、列島を覆っておるからのう。痛ましいことじゃ」
「あっ、投影が綺麗な渦巻き銀河に変わった。アンドロメダかしら?」
身を乗り出すビキラ。
「肉眼じゃこんなに鮮やかに見えないもんね」
「なに。アンドロメダ銀河は我々が住む天の川銀河に、どんどん近づいておるからな」
古書ピミウォは、ビキラの肩の上で、しおりヒモを、ぴん! と伸ばして天井を指した。
「宇宙時間的に言えば、アンドロメダはすぐにこのように、満天に見えるようになるぞ」
「えっ、そうなの?」
「いずれ天の川とアンドロメダは衝突するそうじゃ」
「たっ、大変じゃないの、それ」
座席から腰を浮かせるビキラ。
「あと、四十億年ほど未来の話じゃ」
「あっ、なんだ。キュウちゃんや、サヨちゃんや、ププンハンやナナちゃんや、それからピミウォやあたしらが皆んな死んだ後の話じゃないの。どうでも良いわ」
ビキラは座席に深く腰を下ろした。
「夢がないのう。ビキラよ」
ため息まじりに言うピミウォ。
と、女性の悲鳴がドーム状ホールに響いた。
「うわ、何ごと?!」
再び腰を浮かせるビキラ。
「うん? 前の方の席で、触手のようなものが蠢いておるな」
「た、大変じゃん!」
そしてビキラは大声を出した。
「ライト! ライト! 明かり点けて!」
そのビキラの叫びに、東西南北を示す明かりが、逆に消えた。
「係員さんに何かあったのかしら」
隣の席の人が、闇の中、前の座席を越えて逃げ出す様子が見えた。
「あっ、あなた、危ないわよ」
服を掴んで止めようとしたが、ビキラの手は空を切った。
「ああ、どっか行っちゃった」
悲鳴、呻き声があちこちから聞こえてくる。
「ビキラ! 二つ頭の何かが、通路をこちらにやって来るぞ」
「えええ?! ひょっとして、噂の魔物集会に紛れ込んじゃってた?!」
「誰か助けて!」
という声は、先ほどの案内係のような気がするビキラとピミウォだった。
「ヒトも居るようじゃ。妖術は控えよ、ビキラ。巻き込んで大怪我をさせるかも知れん」
「何者だ、貴様っ!」
ビキラは、近づいて来る二つ頭に殴りかかるが、手応えがなかった。
「ちっ。逃げられた。素早い!」
そして、ポン! と手を打つビキラ。
「そうだ。天井付近に光源を出せば、戦いやすくなるわ」
「うむ。敵は闇が得意そうじゃから、逆に強い明かりには弱いかも知れん」
ピミウォがうなずいた。
ビキラは天井付近をイメージして、詠唱した。
「水銀灯トンギイス(すいぎんとう、とんぎいす!)」
昔々に製造中止になった水銀灯が、ドーム天井に具現化し、
「トンギイス!」
と高らかに鳴きながら、部屋を煌煌と照らした。
「えっ? 魔物たちがいない?!」
数名の魔人や人が、恐怖に顔を引き攣らせて壁や床にへばり付いていた。
他の客たちだ。
「良かった、生きてるわ」
と、ビキラ。
プラネタリウムの投影機の傍らで、ビキラによって星空や三次元投影をすべて消し去られた案内係が、所在なげに佇んでいた。
みんなプラネタリウムだったのだ。
匂いは、演出だった。
「うっ。これは最後まで大人しく席に座って怖がるヤツだったか?!」
ピミウォがつぶやいた。
「これ、絶対、エードン博士の発明だわ!」
ようやく演出に気がついたビキラが断言した。
「トンギイス! トンギイス!」
ドームの天井では、水銀灯が光を照射しながら従順に鳴き続けていた。
(見つけ出すだけ罪)
みつけだすだけ、つみ!!
次回、回文妖術師と古書の物語「魔人ビキラ」は、
金曜日の夕方、5時前後に投稿予定。
第七十一話「本日は道場破り」の巻。
魔人ビキラ v s 猫耳のサヨ。
読み返してないのでよくわからないが、短くするのに苦労した話だったような気がする。
少しは期待せよ!
明日の月曜日は、「続・のほほん」を投稿予定。
ほなまた明日、続のほほん、で。




