第六十九話「頑張れ! ナルメラキア」の巻
そのおたずね者は、地味なクラシカルブルーのジャケットを着ていた。
だが、頭部には、七本の角が左右の耳の間に一列に生えていた。おたずね者として、モロ暴露な特徴だった。
それゆえに、ハンチング帽を被って七本角を隠していた花泥棒ヌルーリであったが、汗を拭くために帽子を取ったところを、迂闊にも賞金稼ぎのビキラに見られていた。
「あのおたずね者、裏通りに入ったわ。ありがたい」
ヌルーリを付けていたビキラが、肩の上の古書にささやいた。
「さいわい辺りに人影はなし。人家もまばら。今のうちに後ろからガツンとやっちゃおう」
「待て、ビキラよ。またサヨさんがそこら辺に寝ておるのではないか?」
辺りを見回し始める古書ピミウォ。
「見つけて起こしておかんと、三度おいしいトコロを持っていかれるぞ」
「あっ。それもそうね。うーーん、あの空き地の茂みが怪しい。オドロオオカミなんか、好んで隠れてそう」
ヌルーリを追うのを止め、脇の空き地に入ってゆくビキラとピミウォ。
「うん? あの小娘、吾輩の跡を付けているのだと思ったが、考え過ぎてあったか」
空き地の深い茂みをガサガサしているビキラを見て、おたずね者ヌルーリは反省した。
「ふんふん。昆虫採集少女だな、あれは」
自分の子供時代のガサガサ行為を思い出し、ビキラのガサガサを優しい目で見守りながら歩くヌルーリ。
そのために、裏通りの真ん中に生えている木に打つかってしまった。
他愛もない、そしてよくある前方不注意であった。
木の上で寝ていたサヨが、その衝撃で地面に落下した。
「んああ?」
大の字になって目を覚ますサヨ。
そして半身を起こした。
「あんた誰?」
「いえ、誰でもありません」
木に打つかった拍子に脱げた帽子を被り直しながら答えるヌルーリ。
「名もない通行人です。お構いなく」
関わりを避けようとするヌルーリ。
相手は木の上で寝ているような少女である。
当然の対応かも知れなかった。
その様子を見つけて、
「あっ、あれを見よ、ビキラ。サヨさんがおたずね者を前に尻もちをついておるぞ」
と、しおりヒモで指しピミウォが叫んだ。
「大変。何があったんだろう?」
「探す場所を間違えたか。ワシとしたことが」
サヨのピンチと早合点したピミウォは、ページを羽ばたかせて猫耳少女サヨへ飛んだ。
(ピミウォが行っても何の役にも立たない)
と思い、魔人ビキラは回文を詠唱した。
「胃酸過多の多汗犀 (いさんかたのたかんさい!)」
胃酸過多の体調不良で汗が止まらない泥色のシロサイが具現化し、赤い汗(汗ではないかも知れないが、ビキラの認識では赤い汗なのであった)を撒き散らしながら、おたずね者ヌルーリに突進した。
「うおっ?!」
動物的勘で、背後から迫るサイの角を間一髪で躱わすヌルーリとピミウォ。
サヨは眼前に迫ったサイに対して、詠唱は間に合わないと思い、
「うりゃっ!」
とばかりにシロサイの顎を蹴り上げた。
一回転半して後頭部から地面に落ち、その大ダメージで消え去るサイ。
「なにすんのよ!」
内ポケットから祓串を抜いて一歩踏み出し、ヌルーリの後ろのビキラに叫ぶサヨ。
「あっ、ごめんごめん、ピミウォを守ろうとしてつい。そいつ、おたずね者だからね、サヨちゃん」
ビキラの言葉を聞き、
「ぬ!」
という顔で、目の前のヌルーリを睨むサヨ。
しかし妖術を撃つのには近すぎたので、祓串で袈裟懸けに斬る猫耳娘。
だが、サヨのその鋭い串先を、ぬらり! と躱わすヌルーリ。
「ぬらりくらりのヌルーリ」の異名通りの躱わし上手だった。
「見逃して下さい。吾輩はただの花食い魔人です。それもこれも生きる為。あちこちに花壇なぞ造る自治会が悪いんだ」
「そんな理屈があるか!」
サヨにとって、花壇の花を愛でるのは、食べ物集めに追われる日々の楽しみのひとつ、安らぎのひとつだったのだ。
「でやっ!」
とひと声、
祓串三段突き、
燕返し、
大車輪斬りと繰り出すが、
悉く躱わされるサヨ。
サヨの技を躱わしながら、自分に近づいて来るヌルーリを見て、
「チャンス!」
と笑うビキラ。
「諦めるなよナルメラキア(あきらめるなよ、なるめらきあ!)」
ビキラの詠唱によって、古代ローマ風のローブに腰ヒモを巻いた男性が具現化した。
「わたしの名は、ナルメラキア。あなたを倒すまであきらめないっ!」
ナルメラキアと名乗る男は両腕を広げた。
武器は持っていなかった。
格闘家だ。
「また変なのが出た」
眉を寄せ、後ろに下がるのを止めるヌルーリ。
「あっ、よく見れば二人の小娘、顔立ちと雰囲気が全く同じではないか! しまった、挟み討ちの罠に嵌ったのか?!」
「今頃気がついても遅い!」
成り行きで叫ぶサヨ。
「あたしらが組んで、悪党を逃すなどあり得ないわ。覚悟しろ!」
思い付いた啖呵を切って、自分を鼓舞するビキラ。
「無論、わたしが呼び出されて、悪党を逃した事など一度もないのだっ」
ビキラゆずりのハッタリを咬ますナルメラキア。
ナルメラキアは大きな構えを見せた後、素早くタックルに行った。
が、ぬらりと躱わすヌラリーノ・ヌルーリ。
見事に逃げられ、地面に突っ伏すナルメラキア。
「唯一苦手な鰻体質の相手だったとは、不覚!」 負け惜しみもビキラゆずりだった。
ナルメラキアを躱わしたヌルーリの頭部を狙って、回し蹴りを入れるサヨであったが、これもあざやかに避けるぬらりくらりのヌルーリ。
側頭蹴りを躱わされたサヨは、そのまま回転を続け瞬時に後ろ回し蹴りを放った。
しかしそれすらも躱わしてみせるヌルーリ。
二発目の蹴りも躱わされ、勢い余ってバランスを崩したサヨは、地面に尻もちをついた。
物理攻撃を躱わすのが、ヌルーリの妖術だったのだ。
「はっはあ!」
前後の魔人少女に気を配りながら、得意げに鼻を擦るヌルーリ。
「そんなもんかね、お嬢さん方」
そこに、伏兵ピミウォが、岩をも砕く背表紙の角で、ヌルーリの後頭部に頭突きを見舞った。
「がは!」
ヌルーリは誰に攻撃されたからかも分からず、気を失った。
そこらをひらひらしていた古本は、全く、ヌルーリの眼中になかったのだ。
「三対一だと言うことに気がついていなかったのね、このおたずね者」
お尻の埃を払いながら立ち上がる猫耳のサヨ。
「あとで、どんな野草が美味しいのか、この花食い魔人に聞いてみようっと」
ビキラがつぶやいた。
「あたしらの知らない、隠れ美味草があるに違いないわ」
「あの空き地にも」
と、サヨを探してガサガサしていたしげみを、しおりヒモで指す古書ピミウォ。
「美味しい野草は咲いとったんじゃがのう」
「うん。不覚にも今、胡椒を切らしてるのよね」
と残念がるビキラ。
「えっと、粗塩ならあたし、持ってるけど」
ローブの内ポケットからアラジオの小瓶を取り出すサヨ。
「いや、胡椒でないと、今ひとつ美味くないのじゃ」
無念そうにページを捏ねるピミウォ。
「そうなのじゃ」
ビキラはピミウォの口真似をして言った。唇を、きゅっと一文字に結んでいる。
サヨはそんなビキラの様子に、
(え? ちょっと違和感あるんだけど)
と思った。
(ま、いいか。彼女は結局、あたしなんだし)
思い直すのも早いサヨだった。
(良い違和感可愛いよ)
よいいわかん、かわいいよ!!
次回、第七十話「エードン記念館」の巻、は明後日、日曜日の夜に投稿予定です。
明日は「続・のほほん」を、お昼の12時前後か、夕方の5時前後に投稿予定。
時間がいい加減で申し訳ありません。
ではまた明日、続・のほほん、で。




