第六十七話「人間たかが糞袋」の巻
ある街角で、ビキラを流れの魔人少女と見たチンピラ未満の三本ヅノ魔人は、彼女に声を掛けた。
「この街の者じゃないな。ちょっと顔を貸せ」
と。
ならず者に憧れるチンピラ未満のギョッテだった。
アクシデントブラックのレインポンチョは、自分なりのならず者スタイルだ。
(こういう、ならず者に育ちそうな不良を、今のうちに諫めておくのも、あたしたちの仕事)
と思っているビキラは、素直に後に従って誰も居ない空き地へと入って行った。
三段に重ねられたコンクリート管が隅に置いてある以外は、一面に下草が生えているばかりの空き地であった。
「流れ者の小娘、この街を通りたかったら、オレ様の妖術を受けるのだ」
と、ギョッテは言った。
妖術を覚えている途中なので、ギョッテは実験台が欲しかったのだ。
町内の子どもたちを練習相手にしすると、その親や世話焼きの年寄りが八月蝉いのは、目に見えていたからだ。
(早く一人前のならず者になって、ミヨちゃんによく見られたい)
という歪んだ欲望が、ギョッテにはあった。
「いつでもどうぞ」
五メートルばかりの距離を空けて対峙するビキラは、さらりと応じた。
「澄ましやがって。見て驚くな!」
ギョッテは複雑な両手印を切ると、
「人間たかが糞袋!」
と唱えた。
ギョッテは格言妖術師(見習い中)だったのだ。
「ゔん!」
という金属音が空き地に鳴り響いた。
がしかし、何も具現化しない。
「その格言、昔からあるじゃないの。そういう手垢の付いたモノをそのまま言っても、具現化しないわよ。だってそこに、創造力は働いてないんだもの」
やれやれ、という顔を見せるビキラ。
(や、やっぱりそうか)
ギョッテも薄々勘づいていた。
ギョッテの格言妖術が今までたまに発動していたのは、覚え間違いによるものだったのだ。
曰く。
「火の用心。マッチ一本つまようじ」
曰く。
「失敗は大失敗の母である」
曰く。
「右左。よく見て渡れ綱渡り」
(格言のパロディみたいになってたから、宇宙の摂理も大目に見たのか?)
見たのだ。
(くそっ、オレ様とした事が)
あまりにも恥ずかしい事実なので、黙り込むギョッテ。
「たとえば童謡妖術師が、いくら巧妙に『赤とんぼ』を歌ってみせても、赤とんぼの大群は具現化せんのじゃ。それはただの歌上手だからのう」
と、ピミウォ。
「『お腹がピッピな頃、お尻はプップである』という格言で痛い目に、いや臭い目に合った事があるけど、そういう居直った突飛さが大切なはずよ、格言妖術には」 と、ビキラ。
「く、くそっ、ならば」
再びフクザツな両手印を切るギョッテ。
「人間たかだか糞袋!」
やはり何も具現化しなかった。
「お主。それはたった今、思い付いたろう。妖力が全く練られておらぬから、そんな即興物は達人でも具現化出来ぬぞ」
「あたしのようなベテランともなれば、妖力を練り込んだ詠唱は、百も千もストックしているのだ。どうだ、妖術の奥深さ思い知ったか、見習い魔人」
さして深みのない話を、先輩風を吹かせて威張るビキラであった。
と、その時、空き地に、
「祓串、百叩き!」
という甲高い声が響き、ギョッテの頭上に巨大な六角の棒が具現化した。
かと思うと、新米魔人を叩き始めた。
「いたたたたたたたたた!」
たまらず叫び出すギョッテ。
叫び続けながら、気を失った。
空き地に置かれている三段組コンクリート管の最上段の穴から、姿を見せる猫耳のサヨ。
「そのおたずね者にトドメを刺したのは、あたしだからね」
サンバピンクのローブを着た少女は、コンクリート管を下りながら言った。
「分家のあなたが賞金を半分欲しいと言うなら、やぶさかではないわよ」
「そいつ、おたずね者じゃないよ」
とビキラ。
「えっ?!」
驚くサヨ。
「じゃあ、なんで戦ってたのよ」
「戦ってないよ。妖術師の厳しさを教えていただけだよ」
「駆け出しの魔人がイキがっておるので、おたずね者に育ってはイカンと思い、説教をしておったのじゃ」
「げっ。そうならそうと、先に言ってよね」
「だいたい、あんな所におったのなら」
と、しおりヒモでコンクリート管の天辺を指すピミウォ。
「一部始終を見聞きしておったのではないのか? サヨさん」
「えっとね、管の中で寝てたから、よく分かんないで首を突っ込んだのよね」
「どうすんのよサヨちゃん。新米魔人、したたかに叩かれて、湯気立てて伸びちゃったじゃないの」
と、頭をコブだらけにして気を失っなっているギョッテを指すビキラ。
「ふうん……見よ! お祓い木の葉隠れ!」
サヨが叫び祓串を振ると、何処からともなく数えきれぬ木の葉が現れ、空き地に渦を巻いた。
ビキラは、
(昔に読んだ忍者漫画で、似たような忍術を見た覚えがあるわ)
と思ったが、
(元ネタって、そういうもんよね)
と、すぐに納得し忘れようとした。
「じゃ、またね」
サヨのその言葉と同時に、木の葉のつむじ風は突如として消え、猫耳少女の姿も見えなくなっていた。
「あーー、もう、逃げちゃったよ、サヨちゃん」
「どうすれば良いのじゃ。このタンコブだらけの新米魔人を。困ったのう」
「捨ておけば良いんじゃない? あたしたちも逃げよう」
「それもそうじゃな」
ギョッテが目を覚ました時には、空き地に誰の姿もなく、ただ沢山のタンコブが彼の頭に居並んでいるばかりであった。
「あの小娘っ」
とはビキラの事である。
「変な妖術を使いやがって。訴えてやる!」
ギョッテは立ち上がって公番に走り、空き地での出来事を説明した。
しかし公番の岡っ引きたちは、町内の札付きのワルになりつつあったギョッテの話など、まともに取り合わなかった。
「ゲン吉にでも化かされたんだろう」
と、近所の神社に棲んでいるという化けギツネの名前を出して、公番から追い出してしまった。
ギョッテは公番の岡っ引きどもを見返してやろうと、一念発起し、覚え始めた格言妖術の鍛練に励んだ。
見事、町内の防犯団長に就任した時には、件の岡っ引きたちは遠くへ転任していた。
そしてギョッテも、岡っ引きの所業を忘れつつあった。
長い年月が、そうさせたのだ。
相変わらずギョッテの気は荒かったが、町内の人たちは、うまくコントロールしているように見えた。
町内会長のミヨちゃんが、電池で動く蝉の工作に成功したのだ。
ギョッテは今さら、
「いや、苦手な蝉は鍛練で克服したよ」
とは言いづらかった。
ともあれギョッテは、かつて蝉が苦手だった。
そして今も、大好きなミヨちゃんのために、蝉が苦手なフリをするのだった。
(見せるわよ弱る蝉)
みせるわよ、よわるせみ!
昨日は「魔人ビキラ」を投稿出来ませんでしたので、今日になりました。
明日、日曜日も「魔人ビキラ」を投稿する予定ですが、お昼以降になるかと思います。
月曜日は、「続・のほほん」を、お昼前後に投稿する予定です。
鳥山明先生が亡くなったり、チビまるこちゃんの声優さんが亡くなったり、自分的にショックの大きな事が続いて、少しヘコタレてしまいました。
しかあし! また明日、魔人ビキラで。




