第六十六話「魔獣養殖場」の巻
『魔人たちが、市街地攻撃のために魔獣を飼育している』
と言う隠密からの情報を得たバリバル市の岡っ引き連合は、貧乏くじを余所者に引かせることにした。
折り良く、公安署におたずね者を連れて来た賞金稼ぎがいたのだ。
「あなたを腕っこきの捕り物屋と見て、頼みがある」
「ちょっと、魔人、魔獣の棲家を偵察して来てくれんかね。お礼は弾むよ」
と、連合はお願いした。
そう言われた賞金稼ぎの魔人ビキラは、無論、心良く引き受けたのだった。
バリバル街道のはずれ、石林と樹林の広がるカリスト地形の地下に、大洞窟があった。
「そこに彼奴等の巣がある」との情報だった。
途中で、うっかり出会った素浪人ププンハンを仲間に引き込み、ついに大洞窟の入り口を発見するビキラたち。
「あら、入り口に自販機が立ってるわね」
「うむ。屋根瓦付き、ダークオレンジのボディ。ナナさんじゃな」
「ひょっとして、魔人、魔獣の巣の情報をもたらした隠密って、ナナちゃん?」
ビキラの推察通り、隠密自販機を気取るパーピリオン77の、諜報活動の賜物であったのだ。
自販機パーピリオン77の手引きにより、なんなく魔人どものアジト深く侵入するビキラたち。
洞窟内は、発光石がそこここに立てられており、思いのほか明るく、ほの暖かかった。
しかも酸素を消費しない灯りだ。
「随分、下ってきましたね」
と、ププンハン。
「あっ、下の広場が明るくて騒がしいわ」
と、ビキラ。
「情報の魔獣の飼育場じゃない?」
なるほど、十数体の大型魔獣が鎖につながれて、餌を食べている。
「なんだ、イタチダマシじゃないの。どんな魔獣かとドキドキして損しちゃったわ」
「待って下さい。成獣のヒグマくらいあるじゃないですか?! どうなっているんだ」
「餌でよす。なんか薬物を投入しているんでよす」
「成長しても四十センチ程度のイタチダマシが、三メートルにも達して、さらに肥満体?! 何という恐ろしい姿じゃ」
(胴長短足でコロコロ……。何という可愛いらしさ!)
声に出して叫びたいのを、必死に堪えている魔人ビキラであった。
「これはなんとかしなきゃ……」
「こら待てビキラ。なんとかするとは何じゃ。頼まれたのは偵察じゃぞ」
「ピミウォも今、あいつらを可愛いと思ったでしょ?」
「いや、危険だと思ったのじゃ」
「ほら、危険だったら、なんとかしなきゃ」
「静にか。静にか。気づかれすま」
「強いかどうか確かめるだけだから。確かめたら、後は岡っ引き連合に任せるから」
そう言って回文妖術師ビキラは、回文を詠唱した。
「鉄筋ね記念切手 (てっきんね! きねんきって!!)」
鉄筋で出来た巨大な革命記念切手が具現化し、手裏剣の如く空間を裂き、機嫌良くエサを食べている巨大にしてコロコロのイタチダマシたちを襲った。
その大型手裏剣の数、二十数個。
不意を突き、イタチダマシたちの身体にザクザクと刺さってゆく鉄筋記念切手。
傷つき逆上し、鎖を引きちぎったイタチダマシたちは、我を忘れて飼育係の魔人数名を攻撃した。
たちまち起こる阿鼻叫喚。
「うあ。凄惨!」
目をへの字にして叫ぶビキラ。
「逃げましょう。もう充分です」
足を震わせて言うププンハン。
「私、腰が抜けるかも知れまんせ」
眼下に展開する惨劇を見て、金属ボディを戦慄かせるパーピリオン77。
「もうよかろう、ビキラよ。引くぞ」
ピミウォはビキラの肩から飛び立ち、自立飛行に移った。
もはや形振り構わず洞窟の出入り口めざして、下って来たなだらかな坂を駆け上がる二人と一台と一冊。
当然のことながら、魔人たちに見つかる。
「な、なんだお前たちは?」
「自販機、こんな所で何をしている」
「それどころじゃないわよ!」
「イタチダマシの反乱すで!」
「早く逃げるのじゃ、皆の衆!」
怪しき連中の後方から迫って来る、血まみれの巨大な魔獣、イタチダマシの群れを見て、
「たっ大変だ!」
「デッキス様に報告を!」
と、叫んで逃げ出す魔人たち。
「おっ。この集団のボスはデッキスじゃったか」
と、ピミウォ。
「軍事政権復活団の大幹部すで」
と、パーピリオン77。
「じゃあ、お土産に持って帰ろう」
と、ビキラ。
「そんな無茶な」
と、ププンハン。
「イタチダマシに追いつかれる! ププンハン殿、妖術を!」
古書ピミウォが先頭を切って逃げながら、催促した。
「ええい『アリババと四十人の盗賊と三万匹の子ぶた!』」
アリババと四十人の盗賊が巨大イタチダマシに食われる中、三万匹の子ぶたが、そのイタチどもを押し返していた。
「あらま、足を取られて転んでいるイタチダマシもいるわ」
「見物は後じゃビキラ。逃げるのじゃ」
駆け上がるビキラたちの前方に、ビーストレッドのフライトジャケットを着た三本ヅノの魔人が、のそりと現れた。
逃げている魔人どもと比べて、頭ふたつほど抜き出た巨漢だ。
「何事だ。なんの騒ぎだ、自販機」
昼寝でもしていたのか、気怠げな声だった。
「あっ、デッキス様」
パーピリオン77が瓦屋根の頭をぺこりと下げた。
「イタチダマシと私の反乱でございすま」
言うなり電磁鞭を突出させて、デッキスの頬を打った。
不意を突かれ、
「ぎゃっ!」
と叫んで倒れるデッキス。
隙を逃さず回文を詠唱するビキラ。
「庭の小路巫女の鰐 (にわのこみち、みこのわに!)」
庭の小路ならぬ洞窟の小路に、小袖の白衣に緋袴という巫女装束のイリエワニが具現化し、デッキスを押し倒した。
「よし。そのまま逃すな!」
と、ビキラ。
「逃しませんぞえ!」
と、イリエワニ。
イリエワニの背中を踏み越えて、先を急ぐビキラとその仲間たち。
体長六メートル、体重千キロのイリエワニの崩れ横四方固めに逃げ出せないでいるデッキス。
魔人たちも、首領のデッキスを見捨てて我れ先に遁走している。
子ぶたの群れを掻き分けて、ヒグマ大のイタチダマシが迫って来るからである。
ビキラは足止めを図って、回文を詠唱した。
「珍味なミンチ (ちんみなみんち!)」
仮初めながら、山盛りのミンチが具現化した。
「おっ。イタチダマシども、ミンチに気を取られて隙だらけだわ」
振り返ってビキラが言った。
「ププンハン、今よ!」
ププンハンは再びヤケクソで詠唱した。
「桃太郎と三万個のおむすびころりん!」
桃太郎。
犬。
猿。
雉。
お爺さん。
お婆さん。はとも角、三万個のころりんするおむすびを踏んで足を滑らせ、洞窟を転げ落ちてゆくコロコロのイタチダマシたち。
その頃、魔人のアジトである洞窟の入り口に、猫耳のサヨとフェイクブレイバーズの一行が到着していた。
知り合いの岡っ引きに、
『ビキラという、あなたによく似た捕り物屋を偵察にいかせた』
という話を聞き、サヨは心配してやって来たのだ。
洞窟から聞こえて来る色々な叫び声を耳にして、
「ほら、やっぱり!」
と眉を寄せ猫耳を伏せるサヨ。
「だいたい、あたしの分家に、偵察なんて繊細な仕事が出来るわけないのよ」
逃げ出して来る魔人たちを、ひとりまたひとりとヤンワリ倒しながら、サンバピンクローブのサヨは、したり顔で言った。
そして魔人ビキラの魔の手から、悪党魔人を救うべく、フェイクブレイバーズは洞窟に雪崩込んだのだった。
中の騒ぎを知らぬままに。
(雪崩れ込むコレだな)
なだれこむ。これだ。な!
昨日に続いて、長い「魔人ビキラ」の投稿になりました。
読んで下さった皆さん。ありがとうございます。
次回、魔人ビキラは、金曜日に。時間未定。
猫耳のサヨの話でした。
第六十七話「人間たかが糞袋」の巻。
明日の月曜日は、回文ショートショート童話「続・のほほん」を、お昼の12時前後に投稿予定です。
ほなまた明日、のほほん、で!




