第六十五話「死角魚」の巻
猫耳のサヨの視界に、死角魚が棲みついた。
死角魚とは読んで字の如く、視界の死角を泳ぐ魚である。
特に害はないが、気にする人は気にして、歩行も困難になるという。
サヨは気にする方だったらしく、集中力を著るしく欠いていた。
今夜は大きな捕り物があると言うのに。
軍事政権復活団が、次なる騒乱の相談に集合するという場所を、サヨの在席するフェイクブレイバーズが、偶然にも探し当てたのだ。
地元の公安署に知らせると、当然のことながら、復活団討伐隊への参加要請が、この集団にも来たのだった。
「大丈夫だと言ったんだけど」
死角魚を見ようとして首を振るサヨ。
「ごめんなさいね」
首を振るサヨ。
「我が分家よ」
と言ってサヨは首を振った。
頼りのサヨがこの有り様なので、実力においては同等であり、また分家でもある賞金稼ぎのビキラが、フェイクブレイバーズの手助けをすることになったのだった。
「目医者に行ったら、すぐに魚を殺してくれるって言う話だけど」
とビキラ。
「漂う死骸も、いつの間にか消えてなくなると聞いたぞ」 と古書ピミウォ。
「い、いいい医者代がもったいない!」
死骸を見るのが怖いのは明白なサヨの反応だった。
「自力で追い出してやる」
と首を振り、
「こんなもの!」
と言ってサヨはまた首を振った。
復活団の密会場所は、ダイケ屋という旅館であった。
二階の窓から見える港の夜景が美しい、と評判の旅館だ。
ダイケ屋は密会を隠すためか、窓も玄関口も閉ざされていた。
夜も更け、ダイケ屋の前に堂々と集合する復活団討伐隊。
その内訳は、房の付いた十手を持つ正規公安官が数名。房のない十手を持つ非正規協力者の岡っ引き数十名。
防犯団有志若干名。青年団有志若干名。
という地元ギョード市の面々。人間と魔人の混成軍だ。
加えて、新入りのププンハンと戦力外のサヨを含む、流れ者集団フェイクブレイバーズと、賞金稼ぎビキラに古書ピミウォ。
こちらは魔人ばかりだ。
「我がフェイクブレイバーズは、防犯団、青年団の皆さんと共に、正面から突入します」
サプリメントブルーのローブを着た妖艶なおばさん、ユービが喋った。
「公安官、岡っ引きの皆さんは、旅館から逃げ出る復活団のヤカラの捕獲をよろしくお願いします」
小声で、
「おーー」
と言い、握りこぶしを作ってみせる討伐隊のメンバーたち。
「では、先頭はビキラちゃん、よろしく!」
「お、おう」
はずみで承知するビキラ。
「ごめんなさいね、分家。こんな肝心な時に役に立てなくて」
首を振り振りサヨが謝った。
「どんまい。あなたの分まで頑張ってみせるから」
ビキラは胸を叩いて言った。
そして早速に、閉じられたダイケ屋の玄関戸を、
五度ノックするビキラ。
突入の合図だ。
それを見て、十手持ちたちが慌てて旅館の周囲に散った。
五度ノックを受けて、待っていた間者がすみやかに戸を開き、ビキラたちを招き入れた。
潜入していた間者は、フェイクブレイバーズのひとり、いつもはホーリーブラックのローブを着ている青年、アキッペことアキヘイだった。
今は旅の薬売りに化けている。
ビキラはダイケ屋の広い入り口土間に立ち、
「フェイクブレイバーズである! 客を改める」
と怒鳴った。
「二階です。三十人ほどしかいません。今回の密会は、一部の復活団の暴走のようです」
一本シッポのアキッペが報告した。
たまたま玄関ホールにいた魔人の番頭は、ビキラのその大声を聞き、二階に向かって
「お客様、逃げとくれやす! 御用改めどす!」
と叫んだ。
ビキラは、
「貴様っ、鬼畜どもの手先かっ!」
と言い、先ほどよりも大きな声で回文を詠唱した。
「んが文芸玄武岩 (んが。ぶんげいげんぶがん!)」
具現化した巨大な玄武岩は、
「吾輩は岩である。名前は三四郎。それから、心もある。坊ちゃん育ちで、道草を食いつつ……」
文学的な自己紹介をしながら一階ホールを転げ回り、番頭を跳ね土産物コーナーなどを破壊して行く。
ビキラは長い中央階段を駆け上がった。
騒ぎを聞きつけて出て来た浴衣姿の復活団たちに、
「流し目の飯がな (ながしめの、めしがな!)」
「靴買い生活苦 (くつかい、せいかつく!)」
「空手道ドテラか (からてどう! どてらか?!)」
などの回文具現化物を射ち、階段を落下させた。その者たちは皆、人間であった。
ピミウォに手を引かれて、首振りサヨが後に続く。
素浪人ププンハン、ユービおばさん、青年アキッペ、さらには防犯団、青年団の有志たちが階段を上がって行った。
ビキラが二階の廊下に立つなり、飛んで来るトロロ汁。
「あの、いやこれは、その、ほらなんと言うか」
『しどろもどろのトロロ汁』を間一髪のところで避けるビキラ。
避けきれずにトロロ汁を喰らい、階段を落ちてゆくアキッペ青年。
「ならず者たちは倒さなくていい。旅館から追い出したら、外の岡っ引きたちがなんとかしてくれるから」
ビキラのその声を聞き、ププンハンが昔話・童話妖術を詠唱した。
「ラプンツェルと三万匹の子ぶた!」
具現化した子ぶたの大群は敵味方の区別なく、旅館の外へと魔人や人間を追い落としてゆく。
「トロロ汁の駄洒落を射ったのは、あいつです!」
二階廊下に設置されていた自販機が、廊下の奥に立つ三本ヅノの大男を電磁鞭で指した。
「顔にラクガキをしておるが、復活団四天王のひとり、エモンザンじゃな」
古書ピミウォが手配書を確認した。
「逃すでないぞ、高額賞金首じゃ」
「もらった!」
とひと言、ビキラは、
「綺麗な粉入れ器 (きれいな、こないれき!)」
と、詠唱した。
廊下に具現化する巨大な粉をふるう容器。
「粉々になりたいのはどいつだ!」
フードプロセッサでもないのに、そんなことを喚くスケスケの容器。
その喚き声を聞いて、宴会もたけなわ、隠し芸をしていたラクガキ顔のエモンザンは、背中を見せて逃げ出した。
「逃すか! オイラはキャスター付きだぜ!」
言うなり廊下を疾走し、部屋から出て来る復活団どもを跳ねてゆくジャイアントキリング粉入れ器。
ビキラもエモンザンを追おうとしたその時、死角を何かが横切った。
「えっ? 何っ?!」
思わず首を振り、バランスを崩すビキラ。
「後はまかせて」
バランスを崩して倒れたビキラの頭上を、猫耳のサヨが元気よく跳び越えた。
そして発せられる危険な詠唱。
「祓串千人斬り!!」
「くそっ、こんな時に」
首を振り、よろめきながらも立ち上がるビキラ。
「死角魚がこっちに来た。すごい大群に見える。いや、見える気がする」
「サヨさんと背格好や雰囲気が同じじゃから、別荘とでも思われたんじゃろうか?」
「肝心な時にもう……」
サヨの悔しい気持ちがよく分かったビキラだった。
討伐は大成功に終わった。
だが、捕らえられた復活団は、妖術を使えない下級の人間たちが多かった。
軍事政権復活団四天王のひとり、エモンザンも無事に捕らえ、フェイクブレイバーズは一躍、名を高めた。
エモンザン一派が、ギョード市各所にに火を放ち、港町を火の海にする計画を練っていたことが判明したからである。
それを未然に防いだのだ。
後世、人々はこれを「ダイケ屋事件」と呼んだ。
余談ながら、ダイケ屋から見える港町の夜景は、事件後も長く人々の目を楽しませたという事である。
(ダイケ屋の夜景だ)
だいけやの、やけいだ!!
昨日、投稿に失敗した長めの「魔人ビキラ」です。
ここまで来たら、大丈夫だと思う。やれやれ。
明日も「魔人ビキラ」。お昼の12時前後に投稿予定です。
次回は、「魔獣養殖場」の巻。またしても長い話です。
しかも、猫耳のサヨ、素浪人ププンハン、自販機パーピリオン77が登場してた。
こういうのを出すから、長くなってんじゃないのか?
ともあれ、また明日、魔人ビキラで?




