第六十三話「サヨの怒り」の巻
雑木林にポッカリと空いている、そこそこ大きなクレーター。
独裁帝国圧政時代の爆弾後であった。
共和国となった今も、生産性のない場所は放ったらかし、なのだった。
それはともかく、クレーターの底で戦っているのは、小柄な魔人少女ビキラと大柄なおたずね者ムマンダだ。
戦い始めてすでに三十分が過ぎていた。
それなりに体力と集中力を失い続けた両者は、虚ろな眼で睨み合っている。
「まさか吾輩の賞金五十ポンに、ここまでムキになる賞金稼ぎがいようとは思わなかった」
二本ヅノの賞金首、ムマンダがボヤいた。
その自慢のマグナムレッドのスーツは、埃まみれだ。
「ふん。まさか五十ポン如きの賞金で、ここまで強いおたずね者がいるとは思わなかったわよ」
負けん気は健在であったが、妖術の連発で疲れた魔人少女は戦うのが面倒臭くなっていた。
「どうだ、賞金稼ぎのお嬢ちゃん。ここら辺で引き分けにしないか? 吾輩の賞金は五十ポンだぞ」
ムマンダはその賞金額を、公安署のミスだと思っていたが、その通り、印刷ミスだった。
「スーパーでヨモギ大福を一個買おうとしても『お客さん、お金が足りません』と言われる金額だぞ。これ以上戦って怪我してもつまらんだろう」
すり傷、かすり傷はお互いに多数あった。
ビキラが、
「それもそうね」
と声を上げようとした刹那、
「断る!」
魔人少女の頭上でホバリングをする錆色の古書、ピミウォが叫んだ。
「乗り掛かった船じゃ。五十ポン首のお主を捕えて、笑い話にしてやるわい」
「ふうむ。飲み仲間との自慢話にされるのはご免こうむりたい」
古書ピミウォの返答をビキラの声ととらえたムマンダが言った。
「あっ、ちょっとピミウォ、勝手に決めないでよ」
ビキラが頭上の古書をふり仰いだ隙を突いて、
「覚えているが記憶にない奴!」
と、賞金首ムマンダは十数回目の不条理妖術を詠唱した。
ビキラも即座に回文を詠唱し、
「イタリアでありたい(いたりあで、ありたい!)」
と、イタリア然とした物体を具現化させた。
詠唱したムマンダがすでに忘れているような印象の薄い人物と、身の丈ニメートル、厚さ五十センチの立体的イタリア地図は、出現するなり走り出し、激しくぶつかり合った。
飛び散る火花、舞い上がる爆煙。
そして双方が消滅する。
ビキラとムマンダは衝撃波をモロに受け、吹き飛ばされクレーターの斜面に叩きつけられた。
慌てた様子ですぐに起き上がるふたり。
またしても互角だ。
(ヤバい。消耗するばかりだ)
ビキラもムマンダも同じ思いで土まじりの汗をぬぐった。
「ビキラよ、もう少しじゃ」
体に降った土塊と火の粉を、しおりヒモで払う古書ピミウォ。
「彼奴め、随分と疲れておるぞ」
そのピミウォの声に被って、
「はーーっはっはっは!」
という威勢の良い笑い声がクレーターに響いた。
「手こずっているようね、我が分家よ!」
声の起きた方を振り仰いで、
「あっ、サヨちゃん。また盗み見していたのね!」
と怒って笑うビキラ。
背後を振り返る隙だらけのビキラを、もはや攻撃する元気もなくただ眺めているムマンダ。
「笑っている暇があったら、捕り物を手伝いなさいよ、サヨちゃん」
「もちろんよ。そいつ、もうヘロヘロモヘロじゃないの」
クレーターの縁からビキラの隣まで、サンバピンクのローブをひるがえして一気に跳び降りる猫耳のサヨ。
(むむっ。似たようなのがふたり。しまった、罠に嵌ったのか、吾輩は?!)
そう思ったムマンダは、最後の力を振り絞って不条理妖術を放った。
「曲がりくねった一直線!」
不条理な詠唱により具現化した着物の帯のような幅のある一直線!
直線状態を保ったまま五メートルはあろうかという体を右に左に曲げてビキラたちを威嚇した。
「真っ直ぐなのに曲がってる?!」
驚いて目を剥くビキラと猫耳を伏せるサヨ。
「ただの幻術じゃ。騙されるでないぞ」
プラシーボ効果を狙って古書ピミウォが助言した。
「そんな事だと思ったわ」
サヨはローブの内ポケットから祓串を取り出すと、
「喰らえ! おふだストーム窒息死!!」
と叫んだ。
「突き出された祓串の先に付いた紙垂から、千と言わず万と言わずおふだが飛び出してゆき、ムマンダの顔に迫った。
詠唱を聞いてサヨの目的を察したムマンダは、いち早く両手で口と鼻を隠している。
術師ムマンダを守るべく、迫り来るおふだの群れを、鞭のように体を振って切り裂いてゆく曲がりくねった一直線。
しかし切り裂かれたおふだの破片も、ムマンダの指の隙間から中に入って行こうとする。
さらに、おふだは集結し、束となってムマンダの頬を打ち目を突き顎を叩いて突入する隙間を作ろうとした。
その甲斐あって、ムマンダの指の隙間から鼻の穴に口の中におふだが突入してゆく。
その様子を見て、痛そうな表情を浮かべて自分の鼻と口を手で抑えるビキラとサヨ。
と、狂ったように身体を振り曲げていた一直線が、不意に消滅した。
「あっ、変な帯が消えた」
声をそろえるビキラとサヨ。
「術師が意識を失ったのじゃ。不覚による強制終了じゃ」
曲がりくねった一直線の消去と時を同じくして、地面に倒れ、大の字になるムマンダ。
意識を失ったムマンダの両手が顔から離れたので、束になって鼻を穴を塞いでいるおふだが見えた。
ドングリを頬張り過ぎたリスのような頬と、口から盛大にはみ出しているおふだの群れも見えた。
突入出来なかったおふだの大群は、ほぼ目的が達成出来たので満足気にクレーターの上空を舞っている。
古書ピミウォはページを羽ばたかせて大の字のムマンダに近寄ると、しおりヒモで手首の脈を取り、
「生きているが鼓動は弱い」
と告げた。
「いかん!」
と言うとビキラはムマンダに駆け寄り、鼻の穴にねじ込まれたおふだの束を引き抜いた。
どっ! と噴き出る鼻血の束。
焦った様子でまた、メリメリという音にかまわず、おふだの束を鼻の穴にねじ込み直すビキラ。
「と、ともかく息を戻しましょう」
サヨはムマンダを起こした。
背後に回っておたずね者の両肩を手で支え、膝蹴りを一発、喰らわせた。
喝、である。
「がは!」
と呻いて大量のおふだと昼に食べた天ぷら定食を吐く賞金首。
妖術を止め、おふだを消せば良かったのだが、サヨはムマンダの惨劇に気が動転していたのだ。
ビキラは、
「照り雨ありて(てりあめありて!)」
と回文を詠唱した。
詠唱に応じて、日の差す中、クレーターに強い雨が降ってきた。
「おう。狐の嫁入りじゃ」
と、ピミウォ。
「はい、洗って洗って。あなた、鼻血と反吐で顔がドロドロよ」
ビキラの妖術を理解して、サヨがムマンダの肩を叩いた。
「高価なスーツがびしょ濡れだ」
朦朧とした意識で、ムマンダがつぶやいた。
「妖術を止めたら、雨の水分はすべて消えて、スーツは元通り乾くから」
と、律儀に答えるビキラ。
「今のうちに汚れを落とすのよ、ほら」
こうして捕り物は落着した。
猫耳のサヨが公安署に出向いて、ムマンダの賞金を受け取ろうとした際、金額のあまりの少なさにひと暴れするのは、もう少し未来のお話となる。
サヨが賞金額に理解を示すことはなく、ただただ、怒り狂うので合った。
(怒りの娘のこの理解)
いかりのこの、このりかい?!
次回、「魔人ビキラ」第六十四話「ププンハン入団す」
の巻は、日曜日のお昼12時前後に投稿予定です。
出来なければ、また夜の投稿になります。
明日、土曜日は、回文ショートショート童話
「続・のほほん」を朝の7時前後に投稿予定です。
ほなまた明日、のほほんで!




