第九話「あたしがピミウォ」の巻
体が入れ替わってしまい、大いに困ったビキラとピミウォは、仮初めの者に相談してみることにした。
古書ピミウォの体のビキラが詠唱する。
「忌々しい死魔今井(いまいましいしま、いまい)」
体は古本だが、心は回文妖術師のビキラなので、問題はなかったようだ。
詠唱と共に具現化する死魔こと今井さん。
「わたしは死魔。いわゆる、死神」
と、名乗る者は、ヘブンブラックのスーツにスラックス姿の骸骨だった。
「名前は今井。名がついたのは初めてですな。おや? ビキラさん、めっきり老けました?」
そう言って、漆黒の眼窩の奥に光るトロピカルゴールドの瞳を瞬かせた。
手には長い鎌を持っている。
「ほほう、見ただけで分かるのかのう?」
と、魔人少女ビキラなピミウォ。
「はい。長命魔人は突如として老ける、と聞いていましたが、ビキラさんもついに来ました?」
と言って頭蓋骨をビキラなピミウォに近づける死魔今井。
「以前に会った時とは雰囲気が丸で別人ですよ。なんと爺くさい……」
ビキラたちは、出現した死魔今井に、お互いの体が入れ替わってしまった顛末を手短かに話し、教えを乞うた。
「あなたは、詠唱を変えて何度も具現化させてるから」
呼び方も、死魔、他界魔、絶命師、死去鬼師など様々に変化させて、死神を繰り返し使って来たビキラであった。
「自我が育っているじゃないの? なにか良い知恵が借りられるんじゃないかと思って」
「もう一度、電気ショックを受ければ良いのではありませんか?」
あっさりと真実を突く死魔。
「それは痛いから嫌なのじゃ」
わがままを言うビキラとピミウォ。
「そうですか。とりあえず、海がすぐそこですから防波堤を登って、海原を見ながら考えましょう」
鎌で進むべき階段を指す死魔。
「気持ちが大きくなって、忌々しいわたしなどに頼らなくても、名案が浮かぶと思いますよ」
それもそうかと思い、死魔今井に従うビキラたち。
「ひょっこり体が入れ替わるかも知れませんから、手をつないでいて下さいよ」
と言われ、肩の上の古書ビキラのしおりヒモを、しっかりと握るビキラのピミウォ。
長い階段を登り、防波堤の上部に立つ二人と一冊。
「ウミネコモドキがにぎやかですねえ」
防波堤に寄り添うテトラポッドを指して、死魔が言った。
沢山の鳥が、テトラポッドの上にたたずんでいた。
「おや。ヤマウも混じっておるようじゃな」
ビキラなピミウォは、テトラポッドの上で翼を広げている黒い鳥を見て言った。
「カワウとウミウとヤマウって、どこがどう違うの?」
と、ピミウォなビキラ。
ビキラとピミウォのなごやかな会話の隙を突き、死魔は手に持つ鎌の長い柄を利用して、ビキラなピミウォを登ってきた階段の方向に勢いよく押した。
「ひゃーーー!」
「ひょーーーーー!」
死魔の思惑通り、階段を転落してゆく一人と一冊。
「これだけの高さがあれば、大丈夫だと思うが」
ビキラとピミウォを見下ろして、死魔今井はつぶやいた。
「いだだだだ。あら? 体が元に戻ってる?!」
「いでででででで。おう、香しき古紙。我がページ、我がしおりヒモ」
「なにかで聞いた記憶があったんですよ。体が入れ替わった時は、抱き合って階段を落ちれば良いって。元に戻って良かったですね」
そう言いながら、階段を降りて来る死魔。
「それ、児童小説かなんかのネタ。同じような話が、映画、ドラマ、人形劇にもなってるし」
防波堤の下の草原で、大の字になって動かないビキラ。
「痛そうだから、やらなかったのよ」
「あんなに長い階段を転げ落ちたのに、握り合った手は離さなかったんですね。良いお友だちですねぇ、おふたりは」
「そ、そうかな」
半身を起こし、照れ臭そうに頭を掻くビキラ。
「騙されるな、ビキラよ。あ奴の詭弁じゃ」
「あーー、溺るる者はワラをも掴む? 必死になってしおりヒモで指を掴んじゃってたわ」
「まだ掴んだままじゃった。そろそろ離そう」
そんな一人と一冊のやり取りを見て、死魔今井は忌々しそうに笑った。
うらやましかったからである。
その頃、海側では、空も飛べる烏賊、トビゲソが、ウミネコモドキを狙って、テトラポッドを音もなくよじ登っていた。
(大胆なる軟体だ)
だいたんなる、なんたいだ
ナンセンスな話にお付き合い下さって、有難うございます。
一話読み切りのショートショート連載です。
次回、第十話「ボヘミアンイエローの男」の巻。
異世界から来たという男の話は本当だろうか?!
謎が謎を呼ぶ異世界ファンタジー降臨!!




