第六十話「奇遇ですね、お嬢さん」の巻
「奇遇ですね、お嬢さん」
痩せギスで長身。
バッドブラックのロングコートに、ハザードレッドのデニム。ふさふさの一本シッポ。
素浪人ププンハンのお馴染みの挨拶だった。
「あら、ププンハン、おひさ」
公園のベンチで居眠りをしていたビキラは、目を覚ました。
「どうしたの? 汗が凄いけど」
「おたずね者を追っていたんですが、ちょっと手強い相手でして、途中から追われるハメになり……、ああっ、来た!」
と言って、迫り来るトレンチコートの男を指した。
「どこまて逃げるか、素浪人」
パッシングピンクのトレンチコート男が叫んでいた。
「おや? あの第三の眼をひたいに持つ魔人、ザンパールか? 捕まったと聞いておったが、そうか脱獄しおったか」
ビキラの肩の上で身を起こして、古書ピミウォがつぶやいた。
「そ、そうです。軍事政権復活団の大幹部、四天王のひとりと言われるザンパールです」
「なんだそいつらは、仲間か?」
遠くから、ベンチに座るビキラを睨むザンパール。
「んん?! 貴様はサヨ! 髪の毛と服を変えても儂の目は誤魔化せんぞ。二度は捕まらん!」
「なんだ、サヨちゃんに捕まったのか」
と言って立ち上がり、ビキラは臨戦態勢入った。
「あの時の恨みと屈辱、千倍にして返してやる!」
脱獄犯ザンパールは立ち止まり、詠唱した。
「千十五少年漂流記!」
詠唱に応じて、少年が続々と具現化し、ビキラたちに突進して来る。
ザンパールは、世界名作妖術師だったのだ。
「私だって数押しは得意だっ!」
昔話・童話妖術師ププンハンは、そう叫ぶと詠唱した。
「三万三千三百三十三匹の子ぶた!」
「おおう、歴戦の詠唱じゃのう」
とピミウォ。
「うん。使うたびに数を増やして」
と言うのも、同じ詠唱は二度と使えない宇宙の摂理があったので、
「そうやって摂理をすり抜けながら、ついにこの数字まで来たんだわ」
具現化する子ぶたの群れは、迫り来る少年の大群に向かって疾走した。
かくて激突する千十五人の漂流少年と、三万三千三百三十三匹の子ぶた。
「おや? 妖力負けしておらんか? ププンハン殿」
と、ピミウォ。
火花と爆煙を散らして消滅してゆく少年団と子ぶたであったが、数で勝るはずの子ぶたの大軍勢が、明らかに押されていた。
「ああっ、やっぱり駄目か?!」
と、頭をかかえるププンハン。
「どんまい。ここで出会ったのも何かの縁。加勢するわ、ププンハン」
そして回文を詠唱するビキラ。
「素晴らしい医師ラバス(すばらしいいし、らばす)」
「ふさわしい医師ワサフ(ふさわしいいし、わさふ!)」
「むさ苦しい医師ルクサム(むさくるしいいし、るくさむ!)」
詠唱に応じて具現化した三人のカニ顔の医師は、注射器と聴診器を武器に子ぶたたちに加勢し、たちまち少年団を押し返してゆく。
「くっ。これはイカン」
ザンパールは焦って『取っておき』を詠唱した。
「吐く鯨!」
巨大なマッコウクジラが具現化し、大口を開けて様々なモノを吐いた。
土砂崩れのような勢いでビキラたちに襲いかかる白クジラのゲロ。
少年団が、子ぶた軍が、そして三人の医師が怒涛の流れに呑み込まれてゆく。
さいわいにも公園に居た人々は、少年団と子ぶた軍の派手な衝突を見て逃げ出し、すでに姿はなかった。
「ああっ、このゲロは防げないっ!」
ププンハンは腰から崩れて、地面に両膝をついた。
「まだまだ」
ビキラもやむを得ず『取っておき』を詠唱した。
「大陸間隔離板 (たいりくかん、かくりいた!)」
さすがに大陸を隔離するほどの巨大さではなかったが、高さ五十メートル、長さ二百メートル、厚さ二十五メートルの板が、公園を真っ二つに仕切った。
足元から迫り上がったため、ビキラ、ピミウォ、ププンハンの二人と一冊は、隔離板の最上部に居た。
「見て、白クジラのゲロから公園の半分を守ったわ」
ビキラは地上を見下ろして叫んだ。
そのかわり、幅二十五メートル、長さ二百メートルに渡って、公園は完璧に破壊された。
だが見よ、板に当たってゲロは逆流し、脱獄犯を襲う!
ザンパールは慌てて術を解き、白いクジラとゲロを消滅させた。少年団と子ぶた軍と三人の医師は、ゲロのダメージで痛ましくもひと足早く消え去っていた。
オタつくザンパールに、ビキラは追撃の回文を詠唱した。
「家電刑事 (かでんでか!)」
ボディは冷蔵庫。掃除機の両腕に扇風機の両足。
しかして頭部は普通なおじさんと言う、家電デカが隔離板とザンパールの間に具現化した。
扇風機の風を利用して、ふんわりとザンパールに迫るデカ。
「く、来るな化け物め!」
ザンパールは渾身の世界名作集を詠唱した。
「カルピスの少女ハイジ!」
「うお。商品名をモロに出しおったぞ」
「カルピスに訴えられたらどうすんのよっ」
ガチで怒るビキラ。
賠償金の怖さは、誰よりもよく分かっていたからだ。
家電デカは腕の掃除機の電源コードを引き出し、鞭のように振った。
乳酸菌飲料をラッパ飲みしていた少女は、そのひと振りで消滅した。
「なっ、なんという非情な。ならばこれならどうだっ!」
「長くつ下のピッピッピ!」
「下痢気味の少女を戦いに巻き込むな!」
と叫ぶビキラ。
またしても電源コードに消される少女ピッピッピ。
「家なき泣きっ子!」
「家がなければ、お城に住めばいいじゃないの」
と、ビキラ。
そのビキラの言葉が終わらぬうちに、泣きっ子もコードの前に消え去った。
「七五、三銃士!」
「七五は三十五だ!」
ピミウォとププンハンが同時に突っ込んだ。
電源コードに打たれ、さわやかに消滅してゆく三銃士。
「ププンハン殿、今じゃ。脱獄囚が仮初めたちの戦いに気を取られておるうちに、後ろに回り込んで、ガツンとやってしまうのじゃ」
「あっ、そうですね。今がチャンスですね。とうっ!」
ププンハンは古書ピミウォの助言を受けて、隔離板から跳び下りた。
「不思議の国のアリンス!」
の詠唱で、うなじから背中にかけて大きく開いたきらびやかな花魁衣装の遊女を具現化させたところで、ププンハンに後ろから、ガツン! と一発殴られて、ザンパールは気を失った。
「それはそうと、子ぶたに加勢してくれたあの三人の医師、なんで顔がカニだったんですか?」
一件落着して、ププンハンが聞いた。
「うむ、それはワシも気になったぞ」
と、ビキラの肩の上で身を乗り出すピミウォ。
「さ、さあ、なんでかしら? カニのことを考えながら練った回文だったのかなあ」
ビキラも首をひねった。
「顔がカニなだけで、他に変なとこ、なかったよね?」
「いえ、横向きに走ってましたよ、三人とも」
「手も、左右で大きさが違っておったぞ」
「あれえ? そんなにカニカニしてたっけ?」
無意識なイメージ作りの恐ろしさを、今さらに思い知るビキラであった。
(何かが可笑しい医師顔が蟹な)
なにかがおかしいいし、かおがかにな!
所用あって、投稿が遅れてしまった。申し訳ありません。
久しぶりに長い話(自分的に)を投稿した。疲れた。
次回、「魔人ビキラ」本編、
第六十一話、「ジャッド教団」の巻は、金曜日のお昼、12時前後に投稿予定。
月曜日と木曜日の、朝の投稿がむすがしくなって来たので、投稿時間を午後にする予定です。
読んで下さっている少数の方のためにも、とにかく投稿は続けたいと思っています。
ほなまた明日、「続・のほほん」で。
祭日(かつ月曜日)なので、お昼頃の投稿になるかと思います。




