第五十三話「サーヤン観音」の巻
とぐろ登りの山道で、一段下の登山路に人影を見て、
「あれ、キュウちゃんじゃない?」
と、ささやく魔人ビキラ。
「クレイジーオレンジの浴衣に下駄。多数の尻尾。確かに九尾さんのようじゃな」
と、山歩きをする格好ではない女性を見て、つぶやく古書ピミウォ。
「今日は農婦姿ではないんですね」
と、以前との違いを指摘する素浪人ププンハン。
ププンハンは例によって、麓の街で、ばったりとビキラに出会い、サーヤン山の山頂観音参りに誘われたのであった。
そしてまた例によって、断わり切れずに、道連れとなっていた。
「一本シッポの大男と、何やら口論しているようですね」
ププンハンの言う通りに見えた。
「あの男、大丈夫かなあ。なんか、キュウちゃんに絡まれているみたいだけど」
立ち止まり、茂みに隠れて覗き見る魔人ビキラ。
「キュウちゃん、怒ると半月刀に変化して、そこら中、ブッだ斬り始めるから」
と、声をひそめる魔人少女。
「なんと恐ろしい」
ビキラの横に、しゃがむププンハン。
「あれは、ビキラが九尾さんのことを、ヘンタイギツネと揶揄ったからじゃろうが」
と、ささやくピミウォ。
「変態狐!」
と、ププンハンが大きな声を出すのとほぼ同時に、
「変態狐とはワタシのことかな? 素浪人?!」
ププンハンの真後ろに、九本尻尾の妖狐が忽然と現れた。
「ひえっ?!」
気配を察知し、腰を浮かせる素浪人。
「相変わらずの極楽耳ですな、九尾さん」
「だからあたしら、囁いてたのに」
「確か、以前に会った時も、この素浪人と一緒におったな、ビキラ。お主の手の者か?」
「とんでもない!」
首をぶんぶん横に振るビキラ。
「行きずり! ただの行きずりな人だから、ププンハンは」
「では、ここで悪口を言われたのも何かの縁。この素浪人にはワタシに付き合って頂くとしよう」
「えっ? いやその、私には、サーヤン観音へのお参りという使命が」
「ふん。あんなもの、ワタシが山を荒らす魔獣どもを退治した折りに、地元の衆が血迷って建てた偽観音だ」
ププンハンと、がっしりと腕を組む九尾の妖狐。
「参ったところで、何の御利益もないぞ」
そして、茂みに消えてゆく九尾と素浪人。
「最近、新しく技を編み出しでな、実験台が欲しかったのだ」
「ひえっ。ひええ」
「先程も、ならず者を口説いていたのだが、腰の引けた大男で、話にならなかった」
「ひいいいい」
遠去かってゆく一方的な会話が聞こえた。
気を取り直して、山頂のサーヤン観音を目指すビキラとピミウォ。
サーヤン観音は、禿げた山頂に剥き出しの状態で建っていた。
周囲には、小さな茶店が一軒あるだけの、寂しい風景だ。
五メートル程の高さのその石像の周りを、ぐるぐる回って見物するビキラたち。
「腰までの長髪。細面に切れ長の目。キュウちゃんによく似てるわ」
「いや、九尾さんの功績を讃えて建てられた九尾さんそのものじゃから」
「狐耳と尻尾はないわね」
「観音様に、それはおかしいからのう」
「それにしても、よく山頂まで運べたわねえ。山道をどうやって通したのかしら? こんな巨大なものを」
「繋ぎ目がわずかに見える。バラバラにして運び、山頂で組み立てたのじゃろう。にしても、大変な作業じゃ」
と、
「食い逃げすで!」
と言うエコーの効いた、特徴のある訛りが山頂に響いた。
山道で九尾の妖狐と口論していた一本尻尾の大男が、口からウドンをはためかせて茶店から駆け出して来た。
後を追って姿を見せる、メイド姿の瓦屋根付き手足付き、自販機。
「あっ、ナナちゃんだ」
と、ビキラ。
「実に様々な所へ派遣されておるのう、ナナさんは」
感心の態でピミウォ。
果たして、自販機ロボ・パーピリオン77は、ボディの側面から電磁鞭を飛び出させ、逃げる大男を撃った。
黒煙と炎を上げ、その場に倒れる一本シッポ。
着ていたブルーデニムが一瞬で、デッドブラックに変わった。
煙と炎はすぐに去った。
「うっ。焦げ臭い」
思わず鼻を抑えるビキラ。
「焼き肉の匂いじゃ」
生唾を呑むピミウォ。
「あっ、ピキラさん、ピミウォさん。これはとんだところを」
と、ダークオレンジを濃く染める自販機。
赤面の態か?
「お役目、ご苦労様です」
とりあえず、労うビキラ。
「人気のない所なので、食い逃げが多いんでよす。まあ、こちらで一服して下いさ」
「あの焦げ焦げで呻いている人はいいの?」
「病院には、すでに内蔵無線で連絡してありますで」
(悪党とは言え、手遅れにならないと良いなあ)
と、ぼんやりと思うビキラとピミウォだった。
パーピリオン77の勧めで、山頂茶屋名物の七草うどんを注文するビキラたち。
意外と早く到着する救急隊員たち。
「あの観音様、御利益がないって聞いたんだけど」
茶店の縁台に座って、ビキラが言った。
「とんでもいな!」
電子眼を赤くして、自販機は反発した。
「痛感神経の鈍化、血液循環の良化などありすま」
と、家庭のお風呂で間に合う効用を述べる77。
「ええっと他にも、不眠症。胃炎。便秘。冷え性。胃潰瘍などにも効きますすで」
「えっ。胃潰瘍にも? 凄いわねえ」
ビキラは七草うどんを待ちながら、眉にツバをつけた。
(本当に胃潰瘍に効くのなら、ププンハンに教えてあげなくちゃ。彼、キュウちゃんに付き合って、胃を悪くしているはずだから)
ともあれ、七草うどんは、とても美味しかったと言う話である。
(胃潰瘍良いかい)
いかいよう、よいかい?!
次回、魔人ビキラ第五十四話「ププンハン現わる」の巻、は
日曜日(1月21日)に投稿予定。
九尾の妖狐に連れ去られたププンハンが帰って来た?
果たして、妖狐の目的は?
ふうーん、と風雲急を告げるかも知れない次回。
お見逃しもあろう! そこは好きずきかと。
明日、木曜日(1月18日)は「続・のほほん」投稿曜日。
ミチコ&タカシ編。
ほなまた、のほほん、で!




