第五十話「怪鳥と怪音」の巻
魔人ビキラと古書ピミウォがポルツの街に入って間もなく、リズミカルな掘削音が聞こえてきた。
「ごっ。ごっごっごっごっ。んごっ」
「近くで工事をしているようじゃな。埃が舞っていよう。迂回するぞ、ビキラ」
魔人少女の肩に立つ古書、ピミウォが言った。
「そうね」
ビキラは短く答えたが、初めての街とて、
「あれ? 音がどんどん近くなるわ」
と言いつつ、迷って迷って迷ってついに掘削音の発信源に辿り着いてしまうビキラたち。
「んごっ。ごっごっごっごっ。ごごっ」
目の前の千貨店の大きな壁に、その発信源はいた。
壁を見上げ、
「あーー」
と納得の声を上げるビキラとピミウォ。
アホアホウドリやオニオオワシよりも巨大な怪鳥が、ビルディングの壁に張り付いて穴を開けていたのだ。
「あの鳥、ダイオウコゲラよね」
と、ビルの壁面を指すビキラ。
「もはやコゲラではないのう」
無責任な命名者に物申すピミウォ。
ダイオウコゲラとは、ムカウ列島最大のキツツキである。
その大怪鳥は、ビルの中ほどの壁面にカギ爪を刺して立ち、一心不乱に壁を突き、コンクリート片を撒き散らしていた。
それなりの穴を開け、大怪鳥は首を突っ込んだ。
そして首を抜いた時には、何やらヒラヒラする物を咥えていた。
「あっ、季節はずれのムートンコートを取ったわ」
フード付きであった。
「おそらく巣の底に敷くのじゃろう」
ムートンコートを咥え、用は済んだとばかりに飛び立つダイオウコゲラ。
「良かったわねえ、中の人を連れ去ったんじゃなくて」
なごやかな気持ちで千貨店を離れるビキラたち。
と。
「ありゃ、珍鳥ダイオウコゲラだぜ」
「珍味だって噂だよなあ」
などと言って走り出すヤンキーイエローの作業服を着た二人組を見た。
「あんなパサパサな鳥、食べても後悔するだけなのに」
ムカウ列島の独裁帝国時代、反逆罪で島流しとなり、背に腹は変えられず、かの大怪鳥を食したことがあるビキラとピミウォだった。
「ビキラよ、あの二人組を追うのじゃ。ダイオウコゲラを食わせてはならん」
「うん。三日はお腹を下すもんね」
「いや、鍛錬の足りぬ胃袋ならば、二週間は下しに下そうぞ」
ダイオウコゲラを追う二人組は、一本シッポのサウマと、頭頂部に角を二本生やしたヴヴロだ。
二人とも新米のならず者であった。
まだ公番の手配書に名はない。
いわゆるチンピラである。
街の中でコトを起こすのは得策ではない。
と、こっそり跡をつけるビキラとピミウォ。
やがてダイオウコゲラは、キンイロマツの林に姿を消し、追うのをあきらめるサウマとヴヴロだった。
「どうせ不味いに決まってらあ」
ヴヴロは林を振り仰ぎ、未練たっぷりに吐き捨てた。
「その通りよ」
辺りに人影がなくなったので、チンピラの前に姿を現わすビキラたち。
「よほどの空腹でなければ、食べちゃいけないのよ」
もっと言えば、そもそも食べてはいけない下痢下痢鳥だ。
「二度とダイオウコゲラを狙うではないぞ」
サウマとヴヴロの胃袋を心配して、古書ピミウォが言った。
「もう、逃げられたぜ」
と、正直者のヴヴロ。
「キンイロマツの針葉は硬くて怖いしな」
「食うも食わぬもオレたちの自由だ」
と、自由主義者のサウマ。反抗心も強かった。
「食べたら二週間は、お腹を下すわよ」
「しつこいぞてめえ、これでも食らえ」
サウマは自慢のコトワザ妖術を撃った。
「目は口ほどにモノを喰う!」
魔人化して妖術を身につけ、サウマは使いたくて使いたくて仕方がなかったのだ。
詠唱され具現化する「目でにぎり飯を喰うスーツ姿の巨漢」。
「ふん。やろうっての」
嬉しい展開に、凶悪な笑みを見せるビキラ。
「無分別便踏む(むふんべつ、べんふむ!)」
ビキラが回文を詠唱すると、両のてのひらにウンチを乗せたタキシード姿の紳士が出現した。
「ぎょっ?!」
と言って立ちすくむ、目は口ほどにモノを喰う者。
「踏みたいのは右手のこの香り高き牛肉ウンチかね? それとも左手の苦味走った渋柿ウンチかね?」
タキシードの紳士は両手のウンチを交互に上げ下げしながら、目でモノを喰う者に迫った。
目でオニギリが食えるとは言え、約まるところは妖術師サウマのイメージコピーである。
ウンチの苦手なサウマの心を反映して、目でモノを喰う者は手のおにぎりを落とすと、脂汗を流しながら後退った。
後退る目でモノを喰う者の背後で、
「オレたちゃ、触れてはならないモノに触れてしまったのでは?!」
とか、
「下手すりゃウンチ踏むだけじゃ、済まねえぞ」
とか、ようやく事の重大性に気がついたチンピラ二人組だった。
「さあさあ、無分別にウンチを踏む果報者は誰かな誰かな」
ウンチを上げ下げするだけでは飽き足らず、ニギニギし始めるタキシードの紳士。
「まっ、参りました!」
まずヴヴロが土下座し、
「二度とダイオウコゲラを食べようとは思いませんっ!」 サウマと、目でモノを喰う者が慌ててヴヴロに倣った。
風上に立つビキラにもホロホロと匂ってきたので、指を鳴らしてウンチ紳士を消滅させる。
わずかにウンチ臭い風がそよぎ、すぐにそれも消えた。
「これに懲りたら、もう野鳥に手を出しちゃ駄目よ」チンピラ二人組の呆気なさに落胆しながら、ビキラはそれらしいことを諭したのだった。
サウマとヴヴロの二人は、妖術魔界の深さ恐ろしさに慄き、それからは慎ましく暮らすようになったそうである。
(チンピラピンチ)
ちんぴら、ぴんち!!
次回、「爆裂格闘士ビキラ」の巻は、
水曜日、1月10日のお昼12時頃に投稿予定です。
頑張らな、と思う日々です。




