第七話「恐怖! 白蛇で爺さん」の巻
ビキラとピミウォが今しがた出て来た「エウテ遺物室」の辺りが騒がしかった。
博物館の係員たちだろうか?
「なっ、なんだこのバケモノは?!」
「死んでいるようだぞ」
「あっ、古代菓子のケースが壊されているっ!」
「ああっ、お菓子がない!」
「さては、古代菓子は実はこのバケモノだったのか?! 何かのショックで目覚め巨大化し、何らかの原因で死亡したのかっ?!」
「そんな馬鹿な」(複数人の声で)
たわいのない騒ぎをよそに、ビキラたちは万物博物館の観覧を続けていた。
そして今度は、
「家庭にいてか室」に入った。
昔は、あちこちの家庭で見られたという物が、展示されていたが、ここも、ビキラたちの他に見物客はいなかった。
*** *** ***
『昔のトイレ。ご不浄。厠。雪隠。などと呼ばれていた』
戸を開けた状態で展示されているので、中の白い便器が見える。
「あの盛り上がった部分、知ってるわ。タマ隠し、って言うんでしょ?」
「キン隠しじゃ、ビキラよ」
「なんか良い香りがするわね」
「うむ。しかし昔に、こんな良い香りの芳香剤などなかったはずじゃが」
「『体臭の良い便所神がお住まいです』って書いてあるわ」
「ああ……今でも一家庭に一神は欲しかろうて」
*** *** ***
『貧乏神』
「『手を触れないで下さい』ってあるわ。あのズタ袋みたいな人、生きてるのよね?」
「鎖で足を縛られて、痛々しいのう」
「『貧乏があったら、少し分け与えてください』って書いてあるわね」
「ロビーに貧乏具屋があったのは、この為か」
と納得する古書ピミウォ。
「く……食い物、お前から食い物の匂いがする」
痩せ細った貧乏物体がボロ布を身にまとい、貧相な声でつぶやいていた。
「失礼ね、これでも喰らえ!」
ビキラは穴が空き指の出た靴下を脱いで投げた。
キャッチして、美味しそうに穴空き靴下を食べはじめる貧乏神。
「良いことをしたのう、ビキラよ」
「う……うん」
フクザツな気持ちのビキラだった。
*** *** ***
展示室の隅に、石造りの円筒があった。
二本の棒に支えられた小さな屋根と滑車が付いている。
「あの隅のは、何?」
「つるべ井戸らしいのう。つるべがないが」
「ひいいいいい……」
井戸から、か細い悲鳴が聞こえてきた。
「うわっ。家庭の怪談かなにか? 番町皿屋敷のお菊井戸とか」
「『閉所恐怖症の井戸神がお住まいです』とあるな」
「怖いのは嫌いだ」
沢山あるビキラの、弱点のひとつであった。
*** *** ***
『置き物』のコーナーに、
「梟」
「招き猫又」
「家守」
何も着ていないダルマさん「丸出し達磨 (まるだしだるま)」
などに混じって、「白蛇」があった。
みな、作り物だった。
「白蛇も縁起物の置き物じゃのう。今でも飾っておる家庭はあるのではないかな?」
「でも、この白ヘビ、頭がお爺さんだよ」
とビキラ。
とぐろを巻いた状態で、床に置かれている巨大なハリボテの白蛇。
頭部は、ロン毛の白髪、長く白い顎髭。
垂れた白眉、そして皺だらけの白肌。
お爺さんだ。
「『家庭に不用なもの、危険なものを排除する』とあるな」
「『触ってもよい』とも書いてあるよ」
ビキラは囲いのチェーンをまたいだ。
「蛇腹がよく出来てるわ」
とぐろを巻いた白蛇を解いて、真っ直ぐに伸ばしてみるビキラ。
全長、三メートルはあった。
「ほう。鎌首を持ち上げたぞ」
「えっ?!」
後退るビキラ。
「こっちに来るわ。怒ったのかしら」
爺さん白蛇は口を開閉させながら、かぱかぱと不気味な音を立てて、尺取り虫の要領でビキラに迫る。
「『家庭に不用なもの』と認識したのね。分かるわ。あたしって、野良犬というか風来坊というか根無し草というか……」
「いや、『危険なもの』の方じゃろう」
ピミウォはすでにビキラの肩を離れ、ページを羽ばたかせてホバリングをしていた。
不穏な展開を察知したのだ。
「あっ、巻きついてきたわ」
ビキラは壁に追い詰められていた。
するすると巻かれて、ついにはバランスを崩し、床に倒れるビキラ。
白髪の蛇爺さんは、メキメキと音を立てて大口を開き、ビキラを頭から喰らわんとした。
「展示物だと思って大人しくしていれば、調子に乗って!」
ビキラは蛇爺に五体を縛られた状態で、回文を詠唱した。
「勇ましい医師マサイ(いさましいいし、まさい)」
マサイ族の出身らしい、白衣姿の医師が具現化した。
首から下げていた聴診器、手に持っていた注射器で、器用に勇ましく、爺さん頭の白蛇を解体してゆく。
「助かったわ、ありがとう。じゃあね」
体を解放されて、ビキラは立ち上がり、指を鳴らして妖術を解いた。
「手術用のメスとハサミがあれば、もっと楽だった」
と、つぶやいて、勇ましかったマサイの医師は消え去った。
「ごめんなさい。イメージが足りませんでした」
ビキラはすでにいないマサイの医師に謝った。
「コレらはどうするのじゃ?」
バラバラになって床に転がる白蛇を、しおりヒモで指し、古書ピミウォが聞いた。
「展示されてた場所に戻せばいいのよ、こんなもん」
ビキラは、きっぱりと言った。
かくて、巨大なバラバラ白蛇は、元の展示場所で雑に組み立てられた。
今でもその瓦礫状態の白蛇の爺さんは、
「家庭に居てか(かていにいてか)」室に転がっているという話である。
(大蛇爺だ)
だいじゃじいだ
ナンセンスな話にお付き合い下さって有り難うございます。
一話読み切りのショートショート連載です。
次回、第八話「ポイ捨て魔人の恐怖」の巻
エウテ万物博物館を無事に出たビキラたちが見たものは?!




