第四十七話「夜祭りのピコピ」の巻
魔人ビキラは裏街道を歩いていて鳥居を見つけ、立ち寄ることにした。
もちろん、古書ピミウォも一緒だ。
目的は、旅の無事とおたずね者退治の願掛けである。
「鳥居にあんなに苔が生えているわ。歴史を感じるわねえ」階段の隅を上りながら、ビキラはつぶやいた。
神社を囲む杜は、広く深かった。
「そんなことより、お賽銭は大丈夫なのか?」 魔人少女の肩に立つ古書が、心配して声をかけた。
「大丈夫、今朝の駄菓子のお釣りがここに」と、黒革のショートパンツを叩くビキラ。
お参りの前に、まずはお清めである。
「おお、冷たいのう」
手水舎でビキラに体を濯いでもらう古書ピミウォ。
と。
「これこれ。ここで本なぞ洗ってはいけませんぞ」
と注意された。
「いやいや、これは清めておるのでして」
ビキラに持たれたまま、本をぷるぷる震わせて水を切るピミウォ。防水、防火、防寒の優れ書物なのだ。
そして声の主を見て、
「あっ!」と小さく叫ぶピミウォ。
「なんと。まだ願掛けをしておらぬのに、おたずね者が向こうからやって来たぞ」
しおりヒモで、濯ぎを注意した坊主を指す。
「お主、賞金首ドジェジェじゃな!」
軍事政権復活団大幹部のひとり、ドジェジェは狼狽えた。
(髪と髭を剃り、平凡なダルマレッドの坊主服に着替えているのに)
と。
「なんて気前の良い神様!」
まだ濡れているピミウォを肩に乗せ、遠くの拝殿に向かって手を合わせる魔人ビキラ。
「な、なんの話ですかな」
ドジェジェは、恍けるしかなかった。
「ほれ、これを見い」
ピミウォは体を開き、公番で転写した手配書を見せる。
「そのスパイシーパープルの瞳孔が隠せぬ証拠!」
「あっ」
と言って手で顔を覆うドジェジェ。
神社には、軍事独裁政権復活祈願に来たのだが、
(サングラスは神仏に失礼かも)
と思い外してしまったドジェジェだった。
おたずね者は、苔むす鳥居まで一気に跳び下がり、ビキラと距離を空けた。
(妖術を使うには近すぎる)
と思ったからである。
殴り合いを邪道とする妖術師の性と言ってよかった。
「鉄塔に陽が照っとう!」
ドジェジェは手水舎に向けて駄洒落を詠唱した。
詠唱に応じて、陽に照り映えた鉄塔が具現化し、のっしのっしとビキラたちに迫る。
高さは、五メートルはあろうか。
鉄塔としては小さいが、仮初めの物体としては巨大だ。
手水舎を守るべく離れ、境内中央に逃げるビキラとピミウォ。
拝殿に近づきすぎるのも危険なので、
「ここで迎え撃とうぞ」
と、ホバリングをしながらピミウォが言った。
「今秩父夜祭妻呼ぶ父舞い(いま、ちちぶよまつり。つまよぶちち。まい!)」
ビキラは回文を詠唱すると、神社とその周辺が一瞬にして喧騒と暗闇に包まれた。
秩父夜祭が具現化したのだ。
何処かで、妻とはぐれたお父さんが舞っているはずだった。
(正体を知られたからには、ここで奴らを殺めておかねば)
そう思い、ビキラと鉄塔を追って境内に踏み入ったドジェジェは、突然の闇に驚いて立ちすくんだ。
境内中央に、幾十もの提灯で飾られた巨大な山車が具現化している。
祭り客も続々と出現してくる。
勇ましく鳴り響く和太鼓の連打が、四方から神社を囲む。
大気を裂いて飛び交う幾筋もの笛の音。
そして虚空に次々と大輪の華を咲かせる打ち上げ花火。
社務所から、騒ぎに驚いて出て来た白衣に緋袴の女性が思わず、
「ちちぶよまつり!?」
と叫んだ。
その巫女は、秩父出身で、名をピコピと言った。
「で、でも何か変……。あっ、山車の引き手がいないわ」
次々と具現化する祭り客が、いない引き手を替わって、
「わっしょい、わっしょい」
の掛け声を上げている。
風に乗って、
「ハナコーー、ハナコーー!」
と叫ぶ男性の声も微かに聞こえる。
祭りの雑踏で、妻とはぐれた哀れな旦那さんの声だ。
ビキラを追って来た鉄塔は、境内中央に出現した巨大な山車を見て停止した。
その山車の高さは、鉄塔の三倍はあった。
やがて意を決し、暗闇でも照り映えている鉄塔は山車に突進した。
四股を踏んで迎え撃つ山車。
「境内で相撲は禁止です!」
と叫ぶ巫女ピコピ。
祭り客はもはや大群衆となり、鉄塔と山車を囃し立てている。
「山車、頑張れっ。鉄塔なんか、へし折ってしまえ!」
ビキラは必死で応援した。
秩父夜祭の山車が押し負けて、後方の拝殿が壊れたら、弁償金はいかばかりか。
大輪の花火が打ち上がり続ける中、鉄塔と山車が激突した。
その衝撃波は仮初め人々を吹き飛ばし、周囲の木々をゆらした。
鳥たちが驚いて、偽りの闇夜に飛び立っている。
勝負は一撃で決した。
体力に勝る山車の勝利であった。
鉄塔は、体をくの字に曲げて消滅した。
歓声と拍手に包まれるニワカ祭りの境内。
「ああ。提灯があんなに落ちて」
ピコピは祭り客を掻き分けて山車に近づいた。
山車も無傷では済まなかったのだ。
屋台部分を上げ下げしながら、山車は荒い息を吐いていた。
鉄塔の最後を見たドジェジェは、
(妖力が違いすぎる。これはマズい)
と思い、人混みに紛れて逃げ出そうとしていた。
群衆の中で、小柄な少女とぶつかり、
「あっ、すいません」
と頭を下げる。
「先を急いでおりますので、これにて御免」
立ち去ろうとして、そのヒョウ柄の小柄な少女に襟首をつかまれ、引き戻された。
「直接打撃で、御免ね」
小柄な少女ビキラはそう言うと、ドジェジェに見事なハイキックを見舞った。
一瞬で脳震盪を起こして、その場に崩れ落ちるおたずね者ドジェジェ。
意外と近くで、夫婦者らしき会話が聞こえた。
「ああっ、ハナコ。ハナコ!」
「あなた、どこに行ってたのよ、もう」
ビキラは夫婦の会話を聞きながら、指を鳴らして妖術を解いた。
境内に風が巻き起こり、一瞬にして祭りの夜は去った。
真昼の明るさが神社に戻り、山車をさすっていたピコピは、車体が消えたので地面に手をついた。
無論、大群衆も花火も笛の音も、あの勇ましかった和太鼓の響きも消えていた。
「えっ?! 夢だったの?」
祭りの喧騒と入れ替って訪れた寂寞は、また格段の哀れに包まれていた。
はピコピはそれからすぐに、神社を退職した。
秩父を出る時に、幼馴染みのタカシが励ましの手紙をくれたことを、また思い出したのが原因だった。
そして故郷の秩父に戻り、タカシと一緒に秩父夜祭を楽しむピコピの姿があった。
風に乗って、
「ピコピーー、ピコピーー!」
というタカシの声が聞こえてくる。
ピコピはタカシとはぐれてしまったのだ。
「どこかで見たようなシチュエーションだわ」
ピコピはつぶやきながら、タカシと結婚するような予感に襲われていた。
「ピコピーー、ピコピーー。ピコピどこだーー!」
「それにしてもタカシ、恥ずかしい。黙りなさいよ、もう」
(仕方のない事恋なのタカシ)
しかたのないこと。こいなの、たかし!
次回、本編、回文妖術師の冒険ファンタジー
「魔人ビキラ」第四十八話「猫耳のサヨ」の巻、は、
水曜日(12月27日)の、12時頃に投稿予定です。
サヨとは何者?! ビキラとの関係はいかに?
風雲急を告げないけど、適度に待て!




