第四十六話「ロミ太とジュリ江」の巻
「きゃあーー、ロミ太さまぁーー!」
「ジュリ江、ジュリ江ーー!」
表街道に絹を裂くような乙女の悲鳴と、若い男の叫び声が響いた。
真っ昼間に、である。
驚いて立ち止まり、その騒ぎを起こした赤と黒のスーツ姿の集団を見る十数名の通行人。
その通行人の中に、魔人ビキラと古書ピミウォもいた。
「おうおうおうおう、真っ昼間から見せつけてくれるじゃねェか!」
赤と黒の群れに近づきながら、大きな声を上げるビキラ。
「大の魔人が若いカップルを引き裂こうたぁ、どういう了見でえ!」
口調と腕まくりは、街頭テレビで見た『がってん! 助太刀ノ介』の影響だ。
そのビキラの物腰を見て、
(助太刀ノ介って本当に居たんだ)と、軽く感動している見物人数名と、黒衣と赤衣の捕獲隊多数。
「小娘、お前には関係ない」
ジュリ江捕獲隊隊長、一本シッポのマンドゥが、両手を広げてビキラを阻んだ。
そのマンドゥの着る、オセロレッドのスーツは、キョピョ家の証だ。
「お助け下さい、小娘様!」
赤衣の捕獲隊に捕まっているジュリ江が、他意なく叫んだ。
彼女はハニーピンクのワンピースを着ている。
そして人間だ。
「これは我らモンド家とキョピョ家の問題なのだ。門外漢は引っ込んでおれ」
ロミ太捕獲隊隊長、一本ヅノのヴェロンが進み出て言った。
リアブラックのスーツは、モンド家の証だ。
「この土地の者ではなかろう、小娘。モンド家、キョピョ家と言えば、この地で知らぬ者はない名門ぞ」
ヴェロンのその言葉にうなづく見物人たち。
「名門の内輪もめ……ではなくて、えーー、細事に横から首を突っ込んで、ただではすまんぞ、小娘」
マンドゥのその言葉を聞いて、やはり大きくうなづく見物人たち。
「ジュリ江様。さあ帰りましょう。あんな山猿のことはもう忘れるのです」
と、キョピョ家家臣マンドゥ。
「御両親と婚約者がお待ちです」
「さあ、ロミ太様、帰りますぞ。あんなアバズレに誑し込まれてどうされましたか」
と、モンド家家臣ヴェロン。
「早く目を覚ましなされ」
「タラし込まれてないよ、ぼくたちは愛し合っているんだ。恋人同志なんだよ」
モンド家の黒衣の一団に捕らわれている若者、ロミ太が叫んだ。
ジュリ江と同じく、こちらもただの人間だった。
愛とか恋とか、ビキラの苦手分野ではあったが、今の魔人少女は助太刀ノ介である。
「義を見てせざるは勇なきなり!」
ビキラはテレビドラマの主人公、助太刀ノ介の決め台詞を披露した。
「話はだいたい分かった! そのアバズレは婚約者が嫌いで、えっとたぶん親が勝手に決めた婚約者で、当てつけにそっちの山猿と駆け落ちをしたんだっ!」
「アバズレとは何だ。名門キョピョ家を愚弄するか、平民めが!」
と、マンドゥ隊長。
「山猿とは何だ。名門モンド家を嘲ると痛い目を見るぞ、町人めが!」
と、ヴェロン隊長。
「ええい、うるさいっ。人の恋路を邪魔する奴は、馬に好かれて死んでしまえ!」
またもや助太刀ノ介の得意文句を、今度はちょっと覚え間違って放つビキラ。
そして回文を詠唱した。
「刑事百足 (でかむかで)!」
全長四メートルはあろうかというマクベスブラウンのスーツを着た刑事にしてムカデが具現化した。
デカはむくりと体を起こし、手に持つ拳銃を黒衣と赤衣の集団に向ける。
その数、百丁。
なにせ百足である。
ビキラはアシナシムカデは苦手であったが、大きさに関係なく、普通のムカデは平気なのだった。
「おおっと、動くと撃つぜ」
ひとこと威嚇しておいて、動かない赤と黒の集団を狙い撃ちする刑事ムカデ。
「いででででででで」
たちまち起こる阿鼻叫喚。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
「あれれっ、思ったより痛くないわ」
とジュリ江さん。
「あっ、コルク弾だ」
と地面に落ちたコルクを拾うロミ太くん。
「ば、馬鹿にしおって」
「思い切り痛がってしまったではないか」
喚き出すマンドゥとヴェロンに向かって、
「本物の鉛弾を使ったら、妖術師と言えど銃刀法違反で捕まっちゃうじゃないの」
と笑うビキラ。
(ミサイルとか爆弾は良いのか?!)
と思わないでもない古書ピミウォであったが、話の流れに竿を差すことになるので黙っていた。
「今のはほんの挨拶代わりよ。次は本気だからね」
「団子虫無言だ (だんごむし。むごんだ!)」
通常の十倍。つまり全長五メートルはあろうかというテンペストダンゴ虫が具現化した。
陽光に照り映える表皮が、タマムシのように美しい。
だが、無言だ。
ダンゴ虫は黙って球体状になると、黒衣と赤衣の集団に向かって転がって行く。
「ムカデ、あなたも攻撃するのよ」
と、ムカデのハムレットブラックの体を叩くビキラ。
そのビキラの言葉を受けて、
「合点だ!」
と吠えるとムカデは百丁の拳銃を空中に投げ上げ、落ちてきた銃の銃身を握った。
銃把で殴ろうという算段である。
テンペストダンゴ虫に跳ね飛ばされ刑事ムカデに殴り倒され、たちまち解体されてゆくロミ太とジュリ江捕獲隊。
そんな騒ぎの中で、
「ああっ、ジュリ江様が何か飲んだと思ったら、倒れてしまったっ」
という声の裏返った叫び声が響いた。
「うわあっ、ロミ太様も何か飲んだ。倒れて動かないっ」
「な、なんだとっ?! ここは一旦休戦だ!」
「痛い痛い、休戦だと言っとろうがムカデ野郎」
ロミ太に走り寄る隊長ヴェロン。
頭のコブを撫でながらジュリ江に駆け寄る隊長マンドゥ。
ビキラたちも、手をつないで倒れているロミ太とジュリ江の元へと走った。
「うっ。これは猛毒ゲロアンチョの美味そうな匂い」
と言って、しおりヒモで表紙を押さえる古書ピミウォ。
「くそっ、そんなものを隠し持っていたとは」
愛し合っている二人の、覚悟の上の逃避行である。
もしもの時の、毒薬だった。
恋を知らず愛を語らぬマンドゥらしい台詞ではあった。
「あああ、ロミ太様っ。すでに事切れておられる」
地面に両膝をついた状態で、がっくりと肩を落とすヴェロン。
「なんということだ。ヴェロン、一生の不覚」
「馬鹿っ。もうすぐあたしが勝ったのに、死ぬなんて」
無念の思いでビキラは怒りを爆発させた。
「あんたたちが、人の恋路を邪魔するから!」
ビキラの怒りはなかなか収まらず、なおも蛮行の限りを尽くしたので、しばらく街道は封鎖された。
ビキラたちがその後、モンド家、キョピョ家の領土を立ち入り禁止になったのは言うまでもない。
ロミ太とジュリ江は、小高い丘に立つふた株の薔薇に生まれ変わっていた。
(これなら誰にも邪魔されず、寄り添っていられる)
ひとときの幸せを噛みしめる恋人同志。
そう思ったのも束の間、巨大竜巻きに巻き上げられるロミ太とジュリ江。
(きゃあーー、ロミ太さまぁーー!)
(ジュリ江、ジュリ江ーー!)
またしても、悲劇という名の運命に翻弄されるロミ太とジュリ江であった。
(生まれ変わり別れ舞う)
うまれかわり、わかれまう!
金曜日(12月22日)に、ショートショートショート版ビキラ、「ビキラ外伝」を、お昼の12時前後に投稿予定。
同サイトにて連載を始めた「異物狩り」の第三話「煙龍」を、夜に投稿予定。
日曜日(12月24日)、回文妖術師の冒険ファンタジー「魔人ビキラ」本編、「夜祭りのピコピ」の巻を、お昼の12時前後に投稿予定。
ほなまた、次は金曜日の昼と夜に。




