第六話「脅威! 古代のお菓子」の巻
回文ショートショートショート
「空飛ぶ布団」の巻
それは風の強い日だった。
風に飛ばされまいと、ビキラの肩に必死にしがみついている古書ピミウォが、
「おお。布団が風に吹き上げられておるぞ」
風に負けまいと大きな声を出した。
ピミウォの指すしおりヒモの先に、空を舞う布団の姿があった。
「上空、そんなに風が強いんだ」と空を見上げるビキラ。
「随分とボロい布団ねえ。つぎはぎだらけだわ」
「ん? あの布団、手足が付いておらんか?」
「金属音が聞こえるわね、ピコーンピコーンとか」
「どうも自力で飛んでおるようじゃな……」
(ボロ布団、飛ぶロボ) ぼろぶとんとぶろぼ
老夫婦を無事に、エウテ万物博物館に運んだ後、ビキラとピミウォは自分たちも館内を見物することにした。
空いていたので、
「エウテ遺物室」に入ってみる一人と一冊。
足早やに見て回りながら、
「遺物とやらは、訳わかんないわね」
とボヤくビキラ。
手がU字磁石のような熊の剥製、
『マグネ熊』
昔は沢山いたらしい、
『献血に飢えた狼』の献血車前の白黒写真。
死んでいるから大丈夫、
『サイコパスなコンパス』三角、四角も描く。
『致死量でも体に良い健康食品』を見て、
「誰が試したのかしら?」
と、ふと、疑問に思うビキラだった。
そして、
「あら、綺麗ね」
と、『古代菓子』の前で立ち止まる魔人少女ビキラ。
それはピンポン玉くらいの大きさで、宝石のように美しかった。
天井の照明を受けて、七色に輝いている。
『味はどこまでもまろやかである。
舌で転がして、溶けるまで楽しむも良し。
噛み砕いて、広がる香りと深いコクを一気に楽しむも良し。
と、言い伝えられている』
などと、断り書きがあった。
「じゃあ、食べていいのよね」
と、ビキラがつぶやく。
「だって、『食べちゃいけない』って、どこにも書いてないし」
「書いてはおらんが、食わぬが常識というものであろう。ひとつしかない展示物じゃぞ」
古書ピミウォは、ビキラの暴走を危惧して言った。
「さいわい見ている者はなし」
と、自分たちしかいない室内を見渡すビキラ。
「これ、止めろと言うに」
その古代菓子に興味はあるものの、倫理観に負けて静止する古書ピミウォ。
倫理観や道徳心に、好奇心で打ち勝ったビキラは、古代菓子を守るガラスケースを破るべく、回文を詠唱した。
「伊勢まで呼ばう乳母よ出ませい(いせまでよばううばよでませい)」
詠唱により妖力が渦巻き、具現化してゆく。
「おーよーびーでーごーざーいーまーすーかー!」
たっぷりとした体格の乳母が、伊勢まで届けとばかりに叫びながらケースの上に出現した。
襟と袖にフリルの付いたワンピースを着ている。
たわわな質量で苦も無く防護ガラスを破る乳母。
その衝撃で、展示されていた珍なる『古代菓子』が目覚めた。
古代の菓子、と伝えられていたものは、太古に宇宙からエウテの地に仮死状態で飛来した生命体だったのだ。
仮死から目覚めた菓子は、地球の毒毒しい大気に気が狂れて、急速に劇的に成長し凶暴化した。
蜘蛛の脚に鶏の頭部。
鰐の胴体という奇っ怪にして巨大な生物が、ビキラたちの前に現れた。
「ギョケーーーーッ!」
盛大に叫ぶ魔獣。
驚いて立ちつくすビキラとピミウォ。
だが、
「お休みっ!」
偉丈夫な乳母が遺憾なくその金剛力を発揮して、宇宙魔獣をヒシと抱きしめるや寝かしつけ始めた。
「おっやっすっみっ! おっやっすっみっ! 良い子は、おっやっすっみっ!!」
目の前で展開する乳母と宇宙魔獣の戦いを、まばたきも忘れて観入るビキラと古書ピミウォ。
「なんなの、このバケモノは?!」
どちらのことを言っているのかよく分からないビキラの発言だった。
「古代の菓子ではなかったようじゃな」
と、ピミウォ。
「良かったわ、あたしの口の中で成長しないで」
たくましき乳母と奇っ怪な宇宙魔獣の壮絶な争いも、やがて乳母の寝かしつけの勝利に終わった。
宇宙の魔獣は永遠の眠りについたのである。
「遺物室に謝らなきゃ」
魔人ビキラは、興奮の面持ちでつぶやいた。
「あんがい楽しめたわ」
巷の噂によると、宇宙魔獣はその後、剥製となり、エウテ万物博物館の遺物室に、
『古代のニワトリ』として展示されたそうだ。
(しかし仮死菓子)
しかし、かしかし
ナンセンスな話にお付き合い下さってありがとうございます。
次回、第七話「恐怖! 白蛇で爺さん」の巻。
ビキラたちは、エウテ万物博物館の見学を続けるのであった。
今回のように、何事もなければ良いのだが……。