第四十三話「ツブヤキ三人衆ではなかった件」の巻
ビキラが歩いている畦道の先に、ダルマレッドな僧衣に菅笠を被った人物が、路傍の大きな石に腰を掛けていた。
「辻斬りかしら」
賞金稼ぎという職業柄、余計な心配をする魔人ビキラ。
「うつむいておるし、菅笠が邪魔で人相が分からんのう」
人相書き、つまり賞金首の手配書を、体内に沢山収集している古書ピミウォがつぶやく。
用心しつつ、とりあえず進んでゆくビキラたち。
人間か魔人かも判別できないでいた。
おたずね者であれば、捕まえるか殺してしまえば良い話である。
菅笠の人物に近づいたところで、ピミウォはビキラの肩を離れ地面に降り、そのまま体を左右にゆすってトコトコと歩いてゆく。
地面近くから菅笠の下の顔を見ることにしたのだ。
やがてピミウォはページを羽ばたかせて飛び上がり、ビキラの肩に戻った。
そして、
「怪しいが、手配書にはない顔じゃった」
と報告し、
「ひたいに一本、角が生えておった」
と、付け足した。
それでも気をゆるめずに赤僧の前を横切っていると、
「蛙になり切って飛ぶ!」
という声が、菅笠の奥から聞こえてきた。
古書ピミウォはすぐに、
「ああ、種田山頭火ですな。躍動感があって、良い句ですな」
と返した。
自作と見せて、無知な旅人を感心させ、飯を奢らせようと考えていたにわか俳人ソワカは慌てた。
「知ってやがる」と。
「なに今の? 俳句? 俳句って、ごー・ひち・ごー、じゃなかった? 季節を現わす言葉も必要なんでしょ? 蛙が季節語?」
ビキラは菅笠僧の前で立ち止まり、疑問を連発した。
ちなみに、カエルは春の季語だ。
「菅笠さんが言ったのは、自由律俳句じゃ。五・七・五にこだわらんで良いし、季語もなくても良いのじゃ」
「ええっ? じゃあ、この前に戦ったおたずね者三人衆、自由律俳句妖術師だったの?」
「ああ、『笑顔は四季咲き』とか言うておったな。アレは自由律俳句だったかも知れんのう」
「四季咲きの笑顔の具現化物、怖かったわねえ」
「あれは作り笑いだったからじゃ。笑顔で四季を過ごすのは、悪いことではないぞ」
「あたし、ツブヤキ妖術師だと思ってた、あの三人衆のこと。『命短し便所は長し』とか言ってたし」
「それは、格言妖術か何かじゃ」
「結局、戦いが終わるまで便所に籠ってるヤツだったわねえ」
「別の奴が言うておった『おのれ良ければすべて良し』は、コトワザ妖術じゃぞ、たぶん」
「へえ! 自由律俳句、格言、コトワザの三人衆だったんだ、あいつら」
知られずに倒された、おたずね者たちだった。
話題が自分から逸れてゆくので、自由律俳人ソワカはまた一句、発した。
「ええ、夏バテにも負けず冬バテにも負けず……」
「元ネタは宮沢賢治ですかな?」
と、ピミウォ。
「ちょっとピミウォ、失礼よ。せっかくあたしたちを無知な旅人と見て、イイトコ見せようとしてらっしゃるのに」
ビキラのその真摯な心遣いは、ソワカの自尊心を鮮やかに抉った。
そして、自分のメンタルの弱さに驚くソワカ。
菅笠の赤僧が黙ってしまったので、また歩き出すビキラとピミウォ。
と、ソワカがまた一句、発した。
「オススメのオスメス」
「あれはただの駄洒落じゃ。ワシらを引き止めようとして、言ったのじゃろう。証拠に、何も具現化しなかったろう?」
「右脳吐く画家と化学這う脳 (うのうはくがかと、かがくはうのう!」
と回文をつぶやくビキラ。
「何も具現化せんところを見ると、今、思い付いた回文か、ビキラよ」
「うん、捨て台詞には捨て台詞と思って。とんだ無駄使いをしちゃったわ」
無駄話をしながら去ってゆくひとりと一冊を見送って、
「儂に流浪の俳人はむいてないのかも知れん」
と、今さらにつぶやくソワカ。
その後もソワカは独学でもがき続けるも、自由律俳句の奥は深かった。
深かったが、下手の横好き、上手の縦笛、ソワカは苦学をものともせず、好きこそ物の哀れなれ、生涯、自由律を追求し続けたのだった。
功徳のほどは、分からなかったが。
(独学と功徳と苦学度)
どくがくと、くどくと、くがくど!
次回、ビキラ本編、
第四十四話「ププンハンの未来」の巻、は
水曜日(12月13日)大安、お昼のほぼ12時台に投稿予定。
読み返してないので、内容は不明。
明るい話だと良いなあ。暗いのは嫌だなあ。
擬態して待て!
同サイトにて連載していた、
回文ショートショート童話「のほほん」は、
111話で完結しました。
良かったら、読んでみて下さい。




