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第四十二話「ベータム市の食い逃げ犯」の巻

逃げても逃げても追いついてくる賞金稼ぎに()を上げ、おたずね者のパンターは丘の上で立ち止まった。


侵略的外来種ブタサラダの黄色い花が咲きみだれるお花畑のような丘だった。

丘は断崖の上にあり、下は海原に岩が咲きみだれる岩礁帯である。


立ち止まるしかなかったのだ。


「よおおし! 相手をしてやろうじゃねえかっ」

大海原(おおうなばら)を背に、ファイティングポーズを取る一本ヅノのパンター。

食い逃げ旅に明け暮れたミドルブルーの作業服は、自慢の没個性だ。


「ほら、落とし物よ」

パンターを追い続けた賞金稼ぎ、魔人ビキラはそう言って、おたずね者が脱ぎ捨てたトリッキーオレンジのポンチョを投げた。

「個性を捨ててはいかんのう」

  ビキラの肩に立つ古書ピミウォが言った。


パンターはそうやってポンチョを捨てた後、地味な作業服姿で人混みにまぎれ、逃げ切っていたのだ。

  今までは。

「くそう」

  再びポンチョを(かぶ)るパンター。

「相手をしてやるから、オレ様の詠唱を最後までちゃんと聞くんだぞ、小娘」


「いいわよ、食い逃げ犯」

応じながら、

(最後まで聞けって、また例の長ったらしい詠唱かしら)

と思うビキラ。


「最後まで聞いてやろう」

自分は戦うつもりがないので、鷹揚(おうよう)に体をゆする古書ピミウォ。


「よし、その言葉を忘れるなよ。オレ様はまだ一度も禿()げたことはないんだからな!」

「なんか変なことリキんでるわよ、あいつ」

ビキラは食い逃げ常習犯の言葉が理解出来ずにささやいた。

「ハゲがどうとか」

「犯罪者は、追い詰められると訳の分からぬことを言い出すものじゃ」

と答えるピミウォも、パンターの「まだ一度もハゲたことはない」の意味は分からなかった。


パンターは詠唱を始めた。

  ビキラが思った通り、果たして長かった。


『ゑみさそふ (笑み誘ふ)

むてきのちえうけ (無敵の知恵受け)

 ほこりたつ (誇り立つ)

 はねるあすらよ (跳ねる阿修羅よ)

 われゐぬまに (我れ居ぬ間に)

 おもひとなへん……』


「えっ? アスラって、阿修羅王のこと?」

「こ、これは手強(てごわ)いかも知れんぞ」

(古代インドにおける善神ではなく、後世の修羅道の王、阿修羅(アスラ)だとしたら、ビキラと言えど、苦戦は必至!)

  と思うピミウォだった。


にやにや笑いを浮かべて、


『しをゆくせかい (死を行く世界)』


  と、詠唱を続けるパンター。


『やめろ (止めろ!)』


ビキラは思わず叫んだが、それは詠唱の最後の三文字であった。

ビキラの裏声は共鳴現象を呼び、四十八文字唄のパングラムは完成してしまった。

食い逃げ犯パンターは、新いろは唄妖術師だったのだ。


ひとつの頭部にみっつの顔、六本の細い腕。

ゆったりとした(たけ)の短いズボンを()いているアスラ王。

  具現化して、詠唱通りに跳ね回っている。

身の丈は百五十センチほど。

  小柄だ。


ビキラはアスラ王を迎え撃つべく回文を詠唱した。


「死にたいタニシ(しにたい、たにし!)」


具現化したジャンボタニシは、

「煮るなり焼くなり好きにしろ!」

  とアスラ王に迫った。


(アスラ)は、

「承知した」

  と、ひと言。

炎を吐いてタニシを焼き、消滅させた。


「くどくどしい医師ドクドク (くどくどしいいし、どくどく!)」


ビキラの二度目の詠唱で出現した医師ドクドク氏は、

「顔が三つもあるな、胃も三つか? 心臓や肺はどうなっている? ええ? どうなっている?!」

くどくど(から)み始めたところを、アスラ王の、炎とは別の顔が今度は突風を吐き、ドクドク氏を丘から吹き飛ばした。


医師はくどくどしいことを(わめ)きながら、崖を落ちて言った。


「どうだ小娘。阿修羅王は無敵だぜ」

  得意顔で吠える食い逃げ犯パンター。

「倒し甲斐(がい)があるわ」

  ビキラが応じた。

「正々堂々と戦ってあげる」

「へっ。どんな攻撃もへっちゃらだぜ。どんと来やがれ」


「隙だらけじゃ、馬鹿者」

  パンターの背後に忍び寄っていた古書ピミウォが告げた。

「えっ?!」

と振り返ったパンターの前頭葉に岩をも砕く背表紙の(かど)で頭突きを喰らわせた。


「がは。正々堂々じゃねえ……」

パンターは最後の力を振り(しぼ)ってそう言うと、意識を失ない草原に倒れた。


術師(マスター)が失神したので消滅するアスラ王。


「ちゃんと『正々堂々と戦って』って、フラグ立ててあげたもんね。気がつかないそっちが悪い」

  と笑うビキラ。



「くそう、こんな小娘にしてやられるとは」

  公番に連行されながら、ボヤくパンター。

「オレ様もついに年貢(ねんぐ)のハゲ時か……」


「またハゲる話をしてるわ、この人」

「うむ。よく分からん奴だ」

ベータム市に来たばかりの、ビキラとピミウォには理解できなかった。


実はこのベータム市には、食い逃げ犯には通常罰の他に、

「ハゲを沢山(たくさん)付与する」

  というベータム市独自の法律があったのだ。

長く続いた(にっく)き独裁政権。

その後の、自由を謳歌(おうか)する市民法の暴走と言えた。

  かも知れない。



(食い逃げ犯禿げに行く)

くいにげはん、はげにいく!

次回は、「魔人ビキラ」番外編。

    「ビキラVSカカシ五人衆」の巻

12月6日、水曜日のほぼ12時台に投稿予定です。


詰め込み過ぎだと思って、ボツにした話です。

何でかと言うと、「バラせば話をもう二つ三つ書けるな、」とセコいことを考えたのでした。

が、書き直すのが面倒なので、やっぱり、投稿することにした。


「活動報告」で、良く言えば、ツブヤキを書いています。

さらに良く言えば、活動報告ではありません。

よかったら、読んでみて下さい。


連載を終了した「回文ショートショート童話・のほほん」も、111編あります。

良くなくても、のぞいて見て下さい。

ほなまた、水曜日に。



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