第四十一話「浄化師エジェートン」の巻
昼下がりの魔人ビキラ。
丘の上のベンチに座り、虚空に浮かぶピアニッシシシモホワイトの残月を、ぼんやりと見上げていた。
一舟六個入り百ポンのたこ焼きは、とっくに食べ終えているビキラだ。
それは隣に座る素浪人ププンハンも、素浪人の撫で肩の上の古書ピミウォも同じだった。
「おや、お嬢さん。あなたは闇に落ちようとしていますね?」
と、通りがかった純白ローブの人物に告げられるビキラ。
「な、なによいきなり。魔人なんて、正と邪の混合物でしょうが!」
ビキラは取りあえず言い返した。
「今朝方捕らえたおたずね者の賞金が少額だったので、少し気が立っております。お構いなく」
隣の素浪人の肩に立つ古書ピミウォが、やんわりと会話を拒否した。
「おやおや、そんな些細なことで怒りを? いけませんな」
純白ローブの平凡な顔の人物は、組んでいた長袖をだらりと下げた。
「私が浄化して差し上げよう」
平凡顔のその人物は、浄化師エジェートンであった。
正義に生きる上位意識の強い聖者ゆえ、基本的に人の話を聞かなかった。
「浄化ブラスト!」
エジェートンの詠唱で数え切れぬ紅白の光の玉が出現し、ビキラを取り囲んだ。
「わっ!」
驚いて跳ね、その場から逃げるププンハンとピミウォ。
「ぎゃっ、あたしのケガレが」
光球の大群に囲まれて、胸を掻きむしりベンチから転げ落ちるビキラ。
「苦しいっ、寒いっ。ケガレが失われてゆくう」
地面をのたうち回るケガレ多き魔人少女。
死紫色の煙がビキラの五体から吹き出し、エジェートンに吸収されている。
「何をするかっ!」
一度は逃げたププンハンであったが、ビキラの危機と見て、エジェートンに背後から頭突きを見舞った。
「がっ?!」
呻いて地面に倒れる浄化師エジェートン。
紅白の光球が消え、立ち上がるビキラ。
「よくもおやりになりましたわねっ!」
「うわあ、ビキラさんが薄気味悪い喋り方を」
思わず胸を押さえるププンハン。
「これでもお食らいなさいませっ!」
そこそこのケガレを失い、丁寧語で喋る毒薄きビキラ。
「短絡的に回文妖術を射つのは変わらんのだな」
と、ピミウォ。
「頑固なコンガ (がんこなこんが!)」
ビキラの詠唱で、樽型の筒の両側に皮が張られた打楽器がふたつ、いかにも頑固そうな面構えで具現化した。
「オレたちゃ、誰がなんと言おうがコンガでぃ」
果たして頑固を鼓舞するコンガふたつ。
「浄化ブラスト!」
地に伏したまま、エジェートンは先ほどと同じ詠唱を放った。
浄化エネルギーがめでたき紅白の光球となり、コンガたちを包む。
すると、
「いや、ひょっとするとぼく、ポンゴかも知れない」
「仲間の楽器のためにも、乱暴を働くのは良くない。楽器の印象が悪くなるかも」
などとたちまち自我が貧弱になり、耳ざわりの良いことを言い出すコンガたち。
「うわ。我われ妖術師の天敵ですね、彼は」
ププンハンは慄いた。
「同じ詠唱を繰り返すのは、妖術の摂理に反する行為。なぜ出来るのだ、お主は?!」
ピミウォが叫んだ。
「我れは浄化師。うぬら下賤の術師とは次元が違うのだ」
浄化師エジェートンは、平和を願う人々の心が産んだ悪霊であった。
妖術師ではないので、妖術の摂理、
「一度使った詠唱は二度と使えない」は該当しないのだった。
誰彼かまわず邪心を払おうとするのが玉にキズであろうか。
「ぐふふふふ。コンガコンビよ、意思薄弱のポンコツよ。今、トドメを刺してやろう」
「正体を現わしましたわね、悪党さん!」
と、ビキラ。
「あの純白ローブ、凶悪な口調になりましたよ」
と、ププンハン。
「ひょっとして、浄化している訳ではなく、あ奴はビキラの邪心を吸い取っただけではないか?」
と、真実を突くピミウォ。
「我れは愛と正義の使徒、浄化師エジェートンその人なり!」
「ビキラさんの居直った時の台詞と口調が同じだ」
ムカウ帝国中期から鍛え上げられてきたビキラの、曲悪にして正道なる邪心を吸収し、浄化師エジェートンは今、心のバランスを大きく崩していた。
体内の浄化槽が、ビキラの邪毒を濾過出来なかったのてある。
「汚レなき正義など、道義人倫にあらず! 我れこそが人道なり! なのですわ」
と叫ぶビキラも、邪心を失ないすぎて心のバランスを崩していた。
「貴方様ごときには妖術は勿体のう御座いましてよ。おブン殴って差し上げますわ!」
「待て、小娘。妖術師ともあろう者が何を言うか。恥を知れ」
エジェートンは物理攻撃に耐性がなかったのだ。
「いんや、拳骨で心ゆくまで話し合いますわ」
そして、殴ると見せかけて、エジェートンの三発目の、
「浄化ブラスト!」を前方回転で避けるビキラ。
そのまま、なだらかな丘を転がりながら、回文を詠唱した。
「甘味古民家 (かんみこみんか!)」
甘い香りを振り撒き、丘に落下する古民家群。
浄化師エジェートンと素浪人ププンハンと古書ピミウォの悲鳴が、丘と激突する古民家の群れの破壊音に混じって、かすかに聞こえた。
「エジェートンは昇天してしまいましたが、これで良かったんでしょうか?」
病院のベッドに横たわり、善深き悪霊を心配するププンハン。
「なに、浄化師は人の祈りが産むのだと、医者が教えてくれたぞ」
ププンハンの隣のベッドで包帯だらけの古書ピミウォが言った。
「またぞろ、産まれてこようさ」
ビキラは強大なる自己修復力で、失なった邪心をすでに回復していた。
だが、浄化でオカシクなっていた自分を思い出したくないので、ひとりと一冊の見舞いに持って来た駄菓子を、大人しく食べている。
「変な奴であったが、あれでも世の平穏を願っておったらしいからのう」
「清らかすぎても駄目なんですねえ」
しみじみとつぶやくピミウォとププンハンであった。
(清らかなる仲ら良き)
きよらかなるなから、よき!
次回、本編ビキラ「バータム市の食い逃げ犯」の巻。
は、12月3日(日曜日)の、お昼ほぼ12時台に投稿予定。
果たして食い逃げたのは、ビキラかピミウォがププンハンかパーピリオン77かっ?!
(全部違います)
12月1日(金曜日)には、ビキラ外伝、ショートショートショート話を2編ほど、お昼ほぼ12時台に投稿予定です。
ではまた、1日、金曜日に。




