第五話「見知らぬ街あるある」の巻
魔人ビキラは風来坊なので、訪れる街はまず、
「見知らぬ街」なのだった。
「過去に訪れた街にまた来た」
場合であっても、
「以前来たのは大昔」
で覚えていなかったり、街がすっかり様変わりしていたりして、
「見知らぬ街」
という印象に落ち着くのだった。
「この街、前に来ていない?」
既視感に見舞われて、ビキラはつぶやいた。
アーケードのないその商店街には、書店、雑貨屋、立ち食い駄菓子屋、電気屋、大衆食堂、喫茶店、風車などがあり、小さな祠が点在しているごく平凡な店並みである。
「どうかのう」
古書ピミウォは、ビキラの肩の上で本をひねる。
「どこにでもある景色じゃから、よくわからんのう」
そんなビキラたちに、
「あのう、もし。万物博物館は何処にありましょうか?」
と、道をたずねる人間の老夫婦があった。
「あっ、あたしたち、この街の者じゃないので」
電光石火に顔の前で手を左右に振るビキラ。
老夫婦はお揃いの、すげ笠に白衣。
輪袈裟を首に掛け、右手には杖、左手には数珠。
四角い袋を袈裟掛けにして、腰に鈴を下げ、白いズボンに脚半という出で立ちであった。
「お遍路ですかな?」
とピミウォ。
「はい。ムカウ八十八博物館巡りをしております」
と答える夫。
「道に迷って難渋しております」
と妻。
「八十八箇所ですか? それは大変ですな」
ビキラの肩の上で思わずのけ反るピミウォ。
「これ、ビキラよ。なんとかしてあげなさい」
「無茶言わないでよ。ここ、初めて来た街なんだから」
「先ほどは、前に来たような話をしておったではないか」
「あー、あれは気のせいだったんじゃないかな?」
「お主が覚えておらんでも、仮初めの者は覚えておるかも知れんぞ」
「うぬ。それはあるかも……」
魔人少女は観念した。
老夫婦がしきりと頭を下げるので、ビキラは問題を解決するべく回文を詠唱した。
「雷神ジイラ(らいじんじいら)」
荒々しい見た目の、雷の神様が具現化した。
ダークグレイの肌を持つ、三メートル程の偉丈夫であった。
「ええ、ただ今、ご紹介にあずかりました雷神のジイラで御座います」
ジイラは、割れ鐘のような声で自分を紹介した。
頭部に牛の角を生やし、虎皮のふんどしをしている。
背後には太鼓が、空中に輪を描いて浮かんでいる。
左右の手にそれぞれ持っている黒い棒は、太鼓を打つためのバチだ。
「ひええ、雷様っ?!」
老夫婦は膝をついてジイラを拝んだ。
「何事ですか、マスター」
と、ビキラを見下ろす雷神ジイラ。
「このご夫婦、万物博物館を探しているんだって」
「あーー、ここは……」
と辺りを見回す雷神。
「あの風車とホコラの並びには見覚えがある。エウテの街? 八十年ぶりですね、マスター」
「ほれ見い、やはり以前に来ておるではないか」
と言うピミウォも、すっかり忘れていたが。
「そうですね。では、地図でも描きましょうか。私から少し離れてくれますか、皆さん」
「離れる? なんで?」
とビキラ。
「雷には側雷と言う現象があります。皆さんに飛び雷すると、痛いですよ。たぶん」
必要以上に、ビキラたちと老夫婦が、自分から離れたのを確認して、ジイラは歩道にほどほどな雷を落とした。
落雷は一度だけ。
凄まじい爆音であったが、一瞬で終わった。
ただ、空気が焦げ臭くなった。
落雷跡の歩道のタイルには、幾十もの浅い溝が刻まれていた。地図である。
「えー、このバッテンが現在地です。そしてこの丸印がエウテ万物博物館」
片膝をつき、黒いバチで線をなぞって説明するジイラ。
「この縦横の沢山の線は、道を表しています」
「まだ距離がありそうね」
地図をのぞき込んでビキラが言った。
「そうですね、あと一里(四キロ)くらいですかね」
と雷様。
「まだそんなに」
道に迷って精神的に疲労してしまった老夫婦は、そろって溜め息を吐いた。
「大丈夫、乗りかかった船です。最後まで責任を持ちます」
そう言ってビキラは、隣で膝をつき屈んでいる雷様の肩を叩いた。
「ねえ、ジイラ」
「はい?」
雷様ジイラは少し鈍かった。
ジイラは老夫婦を抱き抱えて、エウテ万物博物館への道を急いでいた。
三十分ほどで妖術限界が来て、仮初めの自分は自然消滅してしまうからである。
「働き者ね、ジイラ。また新しい詠唱を考えて使おうっと」
「性格が同じとは限らんじゃろう」
やや心配症のピミウォがいった。
「妖力の練り方とイメージ次第でしょ? なんとかなるわよ」
ビキラはいたって楽観的に笑った。
「それにしても、ジイラがこの街を覚えていて、助かったわ」
ビキラはこのようにして、中々モノを覚えようとはしないのだった。
ちなみに、ジイラが雷で歩道に刻んだ地図は、この後、しばらくして、エウテの街の新しいシンボルになったのであった。
(地図描いた雷)
ちずかいた、いかずち
ナンセンスな話にお付き合い下さって、ありがとうございます。
前書きのスペースを利用して、時々、ショートショートショートを載せることにしました。
楽しんで頂ければ、さいわいです。
次回、第六話「脅威! 古代のお菓子」の巻
エウテ万物博物館で見学をはじめる魔人ビキラ。
何事もなければ良いのだが……。




