第三十八話「地蔵虫」の巻
地蔵虫。
それは、人や魔人に最も適応した昆虫と言われている。
頭部から背中の硬い前羽にかけての凹凸と模様が、お地蔵様が手を合わせた姿に見えるのだ。
種類としては、カブト虫やクワガタ虫と同じ甲虫類に属する。
大きい物は全長百センチもあり、そのまま地蔵として認識された。
個体差はあり、当然「美しい顔」「かわいい顔」「神神しい顔」が重宝され、高値で売り買いされていた。
生き物として死んでも、標本にすれば、地蔵として人や魔人の眼や心を癒し続けるのだ。
「ここが『地蔵の小路』かあ」
と、ビキラがつぶやく。
街の案内所で紹介されて、やって来たのだった。
「なるほど、路の両端に、地蔵虫が立ち並んでおるのう。壮観じゃ」
と、ピミウォ。
林を抜ける細い路であった。
木の下闇は昼なお暗く、小路には冷んやりとした空気が漂っている。
路に背を向け、石造りの台座の上に、器用に直立している地蔵虫たち。
「お地蔵さん、台座の上にそれぞれ小皿があるわね」
「お供え用じゃろう。生きておるからな、食料は必要じゃ」
「見るだけのつもりだったのに」
と、言って、ジャケットの内ポケットから駄菓子の小袋を取り出すビキラ。
「サヨナラ。『ちょびっとセンベイくん』」
小皿に一枚ずつ、小さなセンベイを載せてゆく魔人少女。
小袋が三つ、空になった頃、
「で。なんであなたが、こんな所に居るの?!」
と言って立ち止まった。
地蔵虫の列に割り込む形で、瓦屋根付きのダークオレンジな自動販売機が屹立していたのだ。
自立型自己防衛機能付き機動自販機ロボット、パーピリオン77であった。
「地蔵虫にエサをやる心広き人々ならば、私の商品を買ってくれるのではありますまかい?」
パーピリオンは独特の訛りとエコーで返事した。
半球体の単眼を商品見本の上に飛び出させて、
「魔人少女に妖力値の変化なし」
とも、つぶやいている。
「とうとうこんな辺鄙な場所まで、配置換えになったのかのう、ナナさん」
「いえ、自発的に来またし。流れの隠密自販機なでの」
自分の中で、テレビドラマの『隠密美剣士』が流行っている自販機は、さらりと応じた。
「ナナちゃん、冷やしコーヒーひとつ」
「毎度」
ナナちゃんと呼ばれた自販機は、ビキラがお金を入れる前に、取り出し口に缶コーヒーをひとつ、落とした。
「五十ポンになりすま」
「安いのね」
ビキラはショートパンツのポケットから小銭入れを出し、五十ポン硬貨を投入した。
「『スウィートペッパー味』ってあるけど、どういう意味?」
「甘辛コーヒーすで」
「あっ、そっか」
甘辛ソース味の焼きソバなどは美味しい。
ビキラは納得した。
「静かで良い所だけど、退屈じゃない? ナナちゃん」
辛い顔をしてコーヒーを飲んでいるビキラ。
「この小路の地蔵虫は、顔が良いので闇マニアや裏転売師に狙われているそうなんでよす」
「ふうん。そうなの?」
「だから、盗みに来た輩を捕らえるのすで! これは隠密にして正義なのでありすま」
「なるほど、自販機が何時間突っ立っておっても、不思議はないからのう」
「あっ、ついにそれらしい者の。五日待った甲斐がありまたし。ピキラさんたち、私の陰に隠れて下いさ」
言われて、パーピリオン77を盾にして隠れる一人と一冊。
見れば、麻袋を下げた男が歩いて来る。
大きな牙が二本、口から上向きにはみ出しているのが見える。
林に溶け込んだような、ハイドグリーンの作業服を着ていた。
「あの麻袋、空のようじゃな」
「うん。お供え物を持って来た訳じゃなさそうね」
二本牙の男、イートンはやがて、地蔵虫の並んでいる所まで来ると、ひとつひとつ覗き込むような仕草を見せて、ゆっくりと歩き始めた。
「お供えもせず、覗き込んでいすま。これはもう、地蔵泥棒に間違い無な」
自販機がささやいた。
「あっ、小路一番の美人地蔵っが!」
牙男イートンは、ついに一体の地蔵を持っていた麻袋に入れた。
「おおっと、小路一番の美人地蔵をどうしようってんでい!」
ビキラは、地蔵小路に姿を現わし、たった今、得たばかりの情報を叫んだ。
「おう。良い情報だ、小娘」
ビキラの姿を確認しても、悪びれずに応じるイートン。
「こいつはもっと、有意義な所へ飾られるんだよ」
そう言って麻袋を高く掲げる。
「この地蔵の小路は、庶民の憩の場だ。勝手な真似はさせないわよ」
それらしい言葉を操る魔人少女ビキラ。
「岡っ引きでもあるまいに、何様のつもりだ小娘」
「その名も『お供え娘』とは、あたしのことだ!」
空の駄菓子の袋を振って、ビキラ叫んだ。
明らかに、テレビドラマ『お唱え娘』の影響がうかがえる台詞だった。
「それがどうかしたのか?」
女・子供に大人気の『お唱え娘』を知らないイートンは、真顔で問うた。
「『今が年貢の納め時ってことよ!』」
『お唱え娘』の決め台詞を吐くと、ビキラは回文を唱えた。
「とっちめるメチット (とっちめる、めちっと!)」
背高、三メートル。
形容し難い奇怪生物メチットが具現化した。
「お前か、とっちめて欲しい奴は?!」
毛むくじゃらの胸部に張り付いている女性の顔が喋った。
狐耳に黒髪のロングヘア。
切れ長の目に細面。
妖気漂う美しい顔だった。
三本腕を伸ばし、二本牙のイートンに問う。
「どこからへし折られたい?」
「い、いやオレは何も……」
メチットの奇怪な容姿に恐れをなして、急に大人しくなるイートン。
「ふうん。どっちみち、取っ組むぜムクっと」
ざわざわと音を立て、数え切れぬ触手のような脚を蠢かせてイートンに迫って行く逆三角形のたくましきメチット。
(地蔵虫どころじゃねえ!)
イートンは麻袋を投げ捨て、反転した。
しかし、背後の空中には古書ピミウォが居た。
不意打ちをカマすべく、例によってこっそりと忍び寄っていたのだ。
岩をも砕くピミウォの背表紙の角にひたいを打つけ、よろめくイートン。
「さては貴様ら、隠密岡っ引き……」
『隠密美剣士』のファンであったイートンは、それだけ呻くと意識を失った。
手配書にはない、闇の転売師イートンが捕らえられ、その後、芋づる式に一味は御用された。
地蔵の小路の自販機は、その後、忽然と姿を消した。
また新たなる転勤先で、新たなる隠密任務に就くのであろう。
ビキラはと言うと、駄菓子の消耗を恐れ、その後、二度と地蔵虫の群れには近づかなくなったという話である。
(お供え成そお)
おそなえ、なそお!
次回、第三十九話「甲魔流忍者ミソゴイ」の巻は、
水曜日(22日)のお昼12時台に投稿予定です。
またしても現われるププンハン、彼は呪われているのだろうか? いや、誰かのお気に入りなのだろう。
ショートショートショート話、ビキラ外伝は、
24日(金曜日)のお昼12時台に投稿予定。
同サイトにて連載中だった
回文ショートショート童話集「のほほん」が、
111話で完結しました。
よかったら、読んでみて下さい。




