第三十七話「自販機パーピリオン77」の巻
「あのサラリーマン風のふたり、自販機を蹴ったわ」
街角で魔人ビキラは、少し憤慨した声を出した。
「昨今、流行りの自販機荒らしかのう」
と、ビキラの肩に立つ古書ピミウォが言った。
乱暴を止めようと、足早やに近づくビキラだったが、行き着く前に、その瓦屋根付き自販機に手足が生えた。
腕は左右二本ずつあった。
商品見本の上部が円形に割れて、白い半球体が飛び出る。
電子単眼であった。
キリングブルーの瞳を輝かせて、サラリーマンふたり組を睨む自販機。
治安管理局直営の、防御機能を備えた自立型機動自販機ロボットだったのだ。
自販機の脇から生え出た左右二本ずつの腕が、四本指の左手でひとり、ペンチ型の右手でひとり、がっちり捕らえた。
今度は自販機の瓦屋根の側面から、左右一本ずつ太い触手のようなものが、にょろにょろと伸び出てくる。
それなりに、長い。
お仕置き用ワイヤー、である。
自販機はその、お仕置きワイヤーで、捕らえた男たちを打ち始めた。
「もう、その辺でいいんじゃない? 自販機さん。相手はただの人間みたいだし」
ビキラは、サラリーマンを叩き続ける自販機ロボットに声をかけた。
「悪人は仕置きで死んでも仕方がないすで」
自販機ロボットは、エコーと訛りを効かせた声で応じた。
「あなたは悪人の味方をするんでかす?」
すでに意識を失っている人間ふたりをポイ捨てする自販ロボ。
「さては、この男たちに代わって私のお仕置きを受ける気でねす」
と言って、ビキラに向かって歩き出す自販ロボ。
「な、なんでそうなるのよ」
後退るビキラ。
ヤバそうな展開を察知して、ビキラの肩から飛び立つ古書。
「ブラックリストに記載がいな」
自動点灯用LEDライトでビキラをを照らし、そう言った。
「このも。小物でねす」
「何言ってんの。あたしが清く正しく生きてるっていう証拠でしょうが」
「私はこれでも、対テロリスト強行鎮圧用ロボットのなれの果は。悪を挫き正義になびく者りな!」
「どうやら自意識が高すぎて、改造左遷させられた自動人形のようじゃな」
上空からピミウォが言った。
「過ぎたるは及ばざるがごしと!」
「あなた、自覚はあるんだ」
「我が名はパーピリオン77(ナナナナ)。今までの六台の試作機を凌駕した、最終型自立機動自販機りな!」
「バーミリオンじゃないんだ。オレンジボディなのに」
「名前に濁音は汚いですねよ?」
「いや、知らないけど」
「小娘、お名前はなとん?」
「今は、ビキラだけど」
「ピキラさん、この自販機荒らしを助けようとしまたし」
「ああ。ちょっとやり過ぎかなあ、と思ったもんだから」
「正義に、やり過ぎ無な!」
「自販機に左遷になったのが、よく分かる発言じゃのう」
「悪人を助ける不届き者ピラキ。いざ尋常に勝負すしべ!」
四本の球体関節の腕を、ぶんぶん音を立てて振り回し始める自販ロボ、パーピリオン77。
「なんでそうなるのよ」
呻くビキラ。
お仕置き用ワイヤーに過剰な電流を流し電圧を掛け、パーピリオン77は叫んだ。
「必殺、電磁鞭唐竹打ち!」
放電しながら縦にしなるワイヤーを、技名から察知して、いち早く避けるビキラ。
「じゃあ、次はあたしね」
かくて白昼堂々、街のど真ん中で発動されるビキラの回文妖術。
「神殿でデデンデン死 (しんでんで、ででんでん。し!)」
詠唱と同時に、自販機ロボ・パーピリオン77の頭上に、厳かな石造りの神殿が具現化し、引力に従って落下した。
やや小振りなのは、街の破壊を心配してのことだ。
パーピリオンは、四本の腕と電磁鞭を伸ばして落下を止めようとしたが、一瞬にして下敷きとなった。
デデンデンデンデンデンデン!
神殿は歩道との衝突で破壊され、パーピリオンの居た辺りに瓦礫の山を成した。
パーピリオンの背後に建っていたゴミ屋敷は破壊され、完全なゴミと化している。
ビキラは妖術を終了させ、仮初めの神殿と、舞い上がる仮初めの塵芥を消滅させた。
それでも本物の塵煙がひどい。
潰れたゴミが臭い。
重しとなっていた神殿がなくなったので、埃の中に立ち上がるパーピリオン77。
身体はひしゃげ、あちらこちら火花を散らしている。
立ち昇る黒煙も、ひと筋、ふた筋あった。
「参りましたピキラんさ。降参の印です、飲み物でも」
商品の取り出し口に、ごとん! と音を立てて、小さな缶の飲み物を落とすパーピリオン。
「うん。気が利くじゃないの」
売られた喧嘩ではあったが、もともと戦う気はなかったビキラである。
「んあ。ぴりぴりして美味しい!」
ぐいぐい飲むビキラ。
「なんともありませかん? ピキラんさ」
「うん。少し手が震えてきたけど、美味しかったわ」
「変ですえね。おたずね者・ならず者用の、毒入り飲料なんでがす」
「な、なんでそんな物を内蔵しておるのじゃ?!」
ピミウォが、ビキラの肩に戻って言った。
「おたずね者・ならず者が買いに来る、あるいは通りがかったら、これ見よがしに落とすのすで。ならず者らは卑しいから、すぐに飲みすま。毒が回って簡単に捕まえられるのすで」
「あなた、仕事熱心な自販機ねえ」
自分の手の震えを不思議そうに見ながら、ビキラが言った。
「ピキラさん、ひょっとして毒耐性があるのでかす?」
「うん、まあ。雑食性を高めてたら、そんな感じに……」
「そうでかす。毒性を高めるように製造元に言うのは、やめておきましうょ」
「ナナちゃん、仕事熱心なのは良いことだけど」
ビキラは早速に、自販機に通り名を付けた。
「ほどほども大切よ」
「んふ。世に仇なすおたずね者なぞ、皆んな死んでしまえばいよ」
「誰じゃ。そんなことを入力した奴は」
「ピキラんさ。こてんぱんに私の負けすで。次は、自爆装置付きで対決したいと思いすま」
「やめてよ。あたし、ならず者だけど、おたずね者じゃないんだから」
こうして、スクラップ寸前のパーピリオン77は、謎の回収車に乗せられて去った。
さらに強化されてビキラの前に現われるのは、もう少し先のお話となる。
ちなみに、自販機を蹴っていた二人組は、会社員にして自販機荒らしであった。
記憶を失うほど、パーピリオン77に叩かれる原因となったその蹴りは、痛い痛いひと蹴りだったと言えよう。
(蹴ったっけ)
けったっけ?!
次回、「地蔵虫」の巻
再びビキラの前に現われたパーピリオン77。
果たしてその目的とは?! ← 必死のあおり。
日曜日(19日)のお昼12時台に投稿予定。
ビキラ外伝、ショートショートショートなお話は、
金曜日(17日)のお昼12時台に投稿予定です。
同サイトに連載中だった、回文童話「のほほん」は、
全111話で、第一部終了しました。
よかったら、読んでみて下さい。
ほなまた金曜日に、ビキラ外伝で。




