第三十五話「ダイガウバー」の巻
引ったくり魔人のタペッポは、仕事が失敗続きなので、「放った栗教」に入信した。
教祖は人間だった。
普段は人間を馬鹿にしているタペッポだったが、こういう時は仕方がない。
うやうやしく頭を垂れて、入信の誓いを述べた。
入信料は安くなかった。
ローンを組んだ。
「発見されにくい」
がウリの隠伏下着セットも買わされた。
ローンを組んだ。
以後、タペッポは、ステルスグリーンのアンダーシャツ、パンツ、靴下を身に付けるようになる。
放った栗教は、引ったくりを推奨する集団だったのだ。
入信して少し経つと、教祖様より、
「この道具にて相手を選び、仕事を為せば成功間違いなし!」
という品物を勧められた。
手のひらサイズながら、決して安くはない買い物をし、またしてもローンを組む小悪党タペッポ。
それは「ダイガウバー」という、
「『人』あるいは『魔人』の戦闘力を数値化して示す装置」
だ、とのことだった。
仕事前にまず、「ダイガウバー」で相手の戦闘力を確認すれば、「勝てない喧嘩」をしなくて済む。
という理屈である。
「女や子供には効果がないので、気をつけるのだぞ」
と、教祖が言っていた通り、
「なんでこんな赤ん坊が戦闘力「100」もあるんだよッ!」
と思うこともしばしば。
見るからに華奢で弱そうな食堂のねーちゃんが、「60」とか「70」の数字を示す時もあった。
タペッポはそれゆえに、何度も食い逃げを断念していた。
タペッポの戦闘数値は「54」。
少し前までは「55」。
そうなのだ。微妙なのだ。
ともあれタペッポはダイガウバーを使って、戦闘力が「5」だの「10」だのという連中を狙って仕事をするようになった。
お陰で最近の引ったくりの成功率は、急上昇していた。
ダイガウバー様々である。
「いやあ、良い宗教に入信したなあ」
と、手の中の、カマボコ板のような金属を撫でるタペッポ。
しかしついに、公安署や公番に手配書が出回る次第となった。
そして、野蛮にして無法なる賞金稼ぎ、魔人少女ビキラに狙われる引ったくり魔人タペッポ。
「ショボい獲物よねえ」
「しかし、老人ばかりを狙う悪質な引ったくりじゃ。捕える意義は大きい」
と、古書ピミウォは訴える。
「ああ、引ったくりに合った拍子に倒れて、怪我をしたお年寄りも多いんだ」
ピミウォの開く手配書のページを見て、ビキラは少し怒りを募らせた。
「小物じゃが、宿代くらいにはなるぞ、ビキラよ」
「うん。頑張る」
顔に皺を描き入れ、ヒョウ柄ジャケットにヒョウ柄ショートブーツという、イケイケ老婆に化けて街を練り歩いているビキラ。
一応、背を曲げ、後ろ手をして、白ネギの入った買い物カゴを持っている。
物陰に隠れ、獲物を探していたタペッポは、視界にビキラ婆さんを捉えた。
いつものようにダイガウバーを起動させ、その数値「2001」にたまげるタペッポ。
(なんだこりゃ?! こんな数字、見たことねえぞ)
(しかし相手は、小柄なシワだらけの婆さんだしなあ)
見た目に騙されるタペッポは、ビキラ婆さんのしっかりとした足取りに気がつかない。
(かまうこたあなあい。「2001」なんか、アレだ。機械の誤作動だ)
タペッポは、都合の悪いことには自己流の理屈をつけて処理するタイプだった。
物陰から、ぬるりと現れ、気配を消してダッシュするタペッポ。
そして見事に、ビキラ婆さんの買い物カゴを引ったくった。
(うお。何処に隠れてたのよ)
タペッポの手際の良さに驚くビキラ。
「引ったくり野郎、タペッポ御用だ!」
叫んで、すぐに追うビキラとピミウォ。
「な、なんだ?! 婆さん、背筋を伸ばして追ってくるぞ?!」
「なんだか目がメカ旦那(なんだか、めが、めかだんな!)」
ビキラの回文詠唱で、目がメカニカルな旦那が具現化し、タペッポを追う。
「私の電子眼視覚から逃げられると思うなっ!」
目からビームを出し、地面を焼いてタペッポを威嚇するメカ旦那。
「うわっ、ヤベえ!」
首をすくめて走り続けるタペッポ。
「おっ、橋だ。よし、川に飛び込んで逃げよう」
(追っ手はロボットっぽい奴)
(ロボットは水に弱いはず)
そういう判断だった。
「あっ、川に飛び込む気だ。畜生、待ちやがれ!」
と、ビキラ。
「いや、このところの日照り続きで川はほぼ干上がっておろうから、それはなかろう」
と、ピミウォ。
欄干を跳び越え、ゴロタ石むき出しの川にダイブする引ったくり魔人タペッポ。
そのあたふたした拍子に、うっかり自分に向けてダイガウバーを起動させたタペッポは、いつもの「54」ではなく「0」という数値を見て、
(やっぱり壊れちまった、この野郎)
と思った。
それがタペッポの、現世最後の思考であった。
寿命探知器ダイガウバーは、タペッポの残り寿命を探知し、正確に修正したのだった。
(頓死の信徒)
とんしのしんと
被害者であるビキラ婆さんの話と、タペッポの死体の服装から、
「やっぱりこの、統一下着セットと引ったくりって、関係あるんじゃね?」
ということになり、新進国家の身軽さから「放った栗教」に速やかに強制捜索が入った。
そしてただちに裁判所から解散命令が出され、「放った栗教」は解体されたのであった。
次回、第三十六話「続・ダイガウバー」の巻は、
12日の日曜日、昼のほぼ12時台に投稿予定。
あんまり覚えてなかった話なので、小生も読み返しが楽しみでした……。
「魔人ビキラ」第37部分、「のほほん」の誤投稿を、
「ビキラ外伝」として、短いビキラ話と差し替えました。
よかったら、読んでみて下さい。




