第四話「追いはぎの小路」の巻
関所を無事に通過したビキラたちは、新規開店のスーパーでメガ盛り爆安弁当を買い、昼食を取った。
その後、次の宿場町への近道だという、エッサの山路へと足を踏み入れた。
茶屋も公番も失くなり、今や追いはぎが出没すると言う。
すっかり寂れた山路である。
旅を急ぐ者は用心棒を雇って、この別名「追いはぎの小路」を選ぶのだ。
ビキラも、エッサの登山口で声をかけられた。
「お嬢さんが独りで行くところじゃないよ。止めときなよ」
と。
「どうしても行くと言うなら、どうだい、オレを雇わないか? 安くしとくぜ」
と付け足した痩せぎすの男は、バッドブラックのロングコートにハザードレッドのデニムという凶悪な出でたちであった。
用心棒をすると言うのだが、ビキラは断った。
必要がなかったからである。
追いはぎの小路は落ち葉と苔に満ち、昼なお暗かった。
「登山口で会った奴、つけてこないわね」
ビキラが路を振り返って言った。
「てっきり追いはぎだと思ったんだけど」
「いや、服装は凶悪であったが、優しい目をしておったぞ」
ビキラの肩に立つ古書ピミウォも振り返った。
「本当に、お主の身を案じて、声を掛けてきたのであろうよ」
「ふうん。でもあなた、素浪人のたぐいには、滅法甘いところがあるから」
と、ビキラは笑ったが、だからこそピミウォはビキラと連れ立っているのであった。
エッサの山路には今日も、追いはぎの小路の異名通り、獲物を待つ二人のならず者が潜んでいた。
お揃いのダンガーグリーンの迷彩服を着て、茂みに溶け込んでいる。
ノッポの二本 角ダイロと、小太りの一本 尻尾ユームである。
(次は失敗できない)
ダイロもユームも、そう考えていた。
今朝方、女の三人連れと見て、ダイロとユームは追いはぎ行為におよんだ。
だが、女のひとりは腕の立つ用心棒だった。
結局、逆にお金と食べ物を巻き上げられてしまったのだ。
一方、二人の潜む茂みに近づいてゆくビキラたちは、
(賞金の掛かった追いはぎもいるのではないか?!)
と、一石二鳥の思惑で、この宿場への近道を選んだのだった。
昼食抜きで獲物を待ち続ける追いはぎ魔人のダイロとユーム。
「あっ、兄貴。今度の奴はどうです? ヒョウ柄のジャケットにロングブーツ。黒革のショートパンツ。肩の上に古本? きっと世の中を舐めた小娘ですぜ、あれは」
と、小太りのユームが言った。
「待て。小娘が独りで来るところじゃねえぞ。虹色の髪に赤眼か。あいつも魔人だな。しかし、何かの罠かも知れん」
ダイロは午前中の女用心棒の一件に懲りて、注意深くなっていた。
「いや絶対、世の中ナメ娘ですって。カモですぜカモ」
「まあ待て、ユーム。もう少し様子を見よう」
ダイロはそう言って、さらに身を伏せた。
「なにしてんのよ、あそこの二人組」
すでにお見通しのビキラがつぶやく。
「ここは追いはぎの小路じゃろ? 小娘が独りで歩く場所ではないからのう」
ピミウォがささやきかえす。
「何かの罠かと、用心しておるのかも知れん。賢明な判断じゃ」
「いやな予感がする。あの娘を襲うのは止めておこう」
ダイロは自分の膝の震えを危険信号と見て、そう言った。
「ダイロの兄貴、あんなちっこい娘まで見逃してちゃ駄目ですぜ」
ユームは腹が減りすぎて、ビキラのことは、神仏が自分たちを救うために遣わした餌食にしか見えなくなっていた。
「まあ見ていて下せえ、兄貴」
ユームは、そう言うと、茂みから苔むす山路に跳び出した。
「おおっとお嬢さん。ここはオレ様の縄張りでえ」
と、目の前をすでに通り過ぎてしまったビキラの背中に言った。
「身包み置いて行け、とは言わねえ。通行料を払ってもらおうか」
「その脅し、買わせてもらうわ」
魔人ビキラは振り向きざま、回文を詠唱した。
「死の匂い鬼の死」
唱えられた回文は、妖力によってたちまち具現化した。
死臭を漂わせた鬼の登場である。
「わたしは死にましたが、あなたはどうしますか?」
見上げんばかりの大鬼が、虎模様の腰布をいじりながら尋ねる。
その巨体と死臭に、絶句して立ちすくむ小柄なユーム。
「そうですか、あなたも死んでくれますか」
死臭鬼は、ユームの返事を待たずに話を進めた。
「わたしは人を殴るのが好きなので、撲殺で良いですか?」
「真っ平でい。もう一度死ねっ!」
ユームはそう叫ぶと、駄洒落を放った。
「クナイを持つ家内」
詠唱によって、忍具のクナイを握ったエプロン姿の奥様が具現化する。
ユームは駄洒落妖術師であった。
「えっ?!」
自分の目の前の巨大な死臭鬼と、手に持つ両刃の忍具を見比べて、
「無理無理無理よアナタ」
と、ユームを見る家内。
「いやオレ、独身だよ」
返事をするユーム。
「俺が相手だっ!」
見かねて山路に跳び出す兄貴分ダイロ。
「オケラのオナラのカケラ」
ダイロの妖術も駄洒落であった。
黄色いオナラ玉が、突き出されたダイロの手の先に具現化し、死臭鬼に飛ぶ。
オナラ玉は鬼の顔面に見事に当たり、爆散した。
「ぶはっ」
と呻き、死臭鬼は地面に片膝をついた。
「効いてますぜ兄貴っ」
興奮して叫ぶユーム。
「やっちゃって下さい、お兄様!」
クナイを振り回す家内。
「板前来たまえ」
ダイロは二発目の駄洒落を射った。
詠唱に応じて、今度は捻り鉢巻きの板前が具現化した。
が、板前は自分の持つ出刃包丁と、目の前の、片膝をついて怒りに震えている巨大な死臭鬼を見比べ、
「無理無理無理でさあ大将!」
とダイロを振り返った。
「圧殺や絞殺もありますが、どうしますか?」
死臭鬼は鼻をつまんだまま立ち上がった。
怒りと殺意が後光の如く、鬼から放射されているのが見える。
ここが勝負どころと見た追いはぎ二人組と仮初めのふたりは、
「参りました!」
と同時に土下座した。
その追いはぎどもの姿を見て、ビキラは、ぱちん! と指を鳴らし、妖術を終了させた。
「その程度の根性で追いはぎなんかやってると、遠からず死ぬわよ」
死臭鬼が消滅したのを確認して、ビキラが言った。
「手配書にもない駆け出しの悪党のようじゃから」
古書ピミウォが言った。
自分の身体に刻んである人相書きを確認したのだ。
「命まで取ろうとは言わぬ。靴を置いていけ。不慣れな悪党は、だいたいそこに金を隠しておるでな」
こうして、追いはぎ二人組は、本当の一文無しになった。
その後、ダイロとユームは、喜ばしいことに改心した。
頭を剃り、迷彩服をダルマレッドの僧衣に替え、今までの罪滅ぼしにと、屋台を引いて芋の煮たのを売って廻った。
そして、見知らぬ街で、ばったりと出会うビキラとダイロ。
ダイロとユームの顔をすっかり忘れていたビキラとピミウォは、その芋の煮たような物を、
「美味しい。美味しい」
と言って食べた。
その笑顔を見てダイロたちは、
(芋煮モドキを売っていて良かった)
と、しみじみと思ったのであった。
(如何にも芋煮かい)
いかにもいもにかい?
ナンセンスな話にお付き合い下さって、ありがとうございます。
一話完結のショートショート連載です。
次回、第五話「見知らぬ街あるある」の巻。
果たして出現する雷神は敵か味方か?
みたいに、ウソでもいいから盛り上げたい。




