第三十四話「流行菓子フトラヘンデ」の巻
公園のジョギングコースを、何周も走る魔人ビキラの姿があった。
ヒョウ柄の上着は、腰巻き状態にしている。
着ているのが暑かったからだ。
走ると、胸よりも腹部のゆれが自分でも気になるビキラだった。
上半身の、光を反射しない漆黒のインナーウェアは、腹部のゆれを人の目から隠すのに役立っていた。
同時に、体の厚みも分からなくしていたが。
ともあれ、過剰な肥満は捕り物には不利だ。
たぷたぷの腹部を元に戻すべく、減量に励んでいるビキラだった。
原因は分かっていた。
とあるジャンクフードの食べ過ぎだ。
短期間で敏速に急激に神速に太ってしまったのである。
きちんとした食事を取らずにアルコールを摂取するのが、飲んだくれだが、ビキラはきちんと食事を取ってなお、三度の食事のようにジャンクフードを食べていたのだ。
高額賞金首の、軍事政権復活団大幹部を捕らえた。
ので、受け取った賞金をそのまま公安署内の公安銀行に預けてしまえば良かったのだが、
「たまには自分への褒美も」
と、金額を多めに財布に残した。
「たまには良かろう」
と、古書ピミウォも見逃した。
そして今、折りも折り、巷で流行っていたのが、超高カロリージャンクフード、
「フトラヘンデ」!。
「名前に騙されたわ」
玉の汗を流しながら、ビキラは呻いた。
「しかし、成分はパッケージに表示されておったからのう」
ページを羽ばたかせ、ビキラの頭上を飛ぶピミウォが言った。
分かっていて放っておいた責任は、感じていた。
だから今、厳しくビキラを絞っているのであった。
「分かっていたなら、止めてくれたら良かったのに」
心地よい風を受けながら、ビキラは恨めしそうな口調になった。
「主食のように食っておるとは、知らなかったのじゃ」
ビキラはピミウォと一緒にフトラヘンデを摘み、また隠れて買い食いもしていたのだ。
「美味しいのよ、あのスナック菓子」
表示にない危ない成分が判明し、一週間後には発売中止になる未来を、ビキラもピミウォもまだ知らなかった。
「なんであんなに美味いのか。不思議千万なお菓子じゃて」
その不思議成分が危なかったのだが。
「食べ過ぎにならぬよう、我慢をするのが大変じゃ」
「我慢できるピミウォを尊敬するわ」
「疲れた。公園の水飲み場でひと息つこう」
実は古書ピミウォも、フトラヘンデのお陰で太っていた。
ページが百ほど増えていたのだ。
が、ヒトの腹のように丸く突き出している訳ではないので、目立たない。
厳しい食事制限と運動で、腹の減っているビキラは生水をしたたかに呑んだ。
ピミウォはビキラの肩の上に乗り、ページを開いてぐったりしている。
ビキラは喉の渇きはおさまったが、体の疲れが増していた。
(五体が重怠い。誰か助けて……)
ビキラは、くたびれていた。
そんな所へ、犬を連れた大男がやって来た。
水道を使うのだと思い、水飲み場を空けるビキラ。
(マルチーズだわ。なんで犬に食べ物の名前が付いてんのよ。食べても良いわけ?)
ビキラは、固形物に飢えた気持ちをマルチーズにぶつけた。
「その節は、ありがとうございました」
と言って、近づいて来た一本ヅノの大男はビキラに頭を下げた。
「えっ? 人違いじゃないの?!」
ビキラはその一本角魔人が記憶になかったので、反射的に拒否った。
大男の着ているオックスブラックの革ジャンを思い出したピミウォは、ビキラの肩で身を起こして、
「その人は、そら、ビエランとラオケルの県境で関所破りをしようとした御仁じゃ」
と言った。
「あっ。あたしが倒しちゃったヒト?!」
と口を押さえゲップをするビキラ。
水の飲み過ぎだ。
「はい。その関所破りの馬鹿者です」
大男ジェパンは頭を掻いた。
「喝を入れて起こしてくれたのも、お嬢さんでしたね」
「えーー。でも、もう釈放されたんだ」
「はい。偽手形を掴まされたんですが、売った連中の逮捕に協力しましたので、特にお咎めはありませんでした」
「そうなんだ。よかったわねえ」
「司法取り引きと言うヤツかのう?」
ビキラには美味しそうに見えるマルチーズが、吠えた。
「はいはい。散歩を再開しようかね、ガンちゃん」
犬に優しく語りかけるジェパン。
「今は探偵事務所に勤めています」
ジェパンは革ジャンの胸ポケットから、自慢の名刺を取り出してビキラに渡した。
『萬承り処アズマ探偵事務所』と印刷されていた。
第ニ助手 ジン・ジェパン」
とも書かれていた。
「何かお困りの折りには、是非お越し下さい」
「へえ、事務所のワンちゃんの散歩?」
「いえ、犬の散歩は仕事です」
探偵助手ジェパンはそう言うと、犬に引かれて去って行った。
「犬の散歩が仕事?」
ピミウォを見るビキラ。
「ほれ、よろずうけたまわり、とあったろう。犬に散歩を頼む客もおると言うことじゃ」
「ああ、そういうコト。それにしても、美味しそうなマルチーズだったわね」
「美味しそうなのは名前だけじゃろう。あっ、こりゃビキラ、その唇の端から流れておるのはなんじゃ、はしたない」
ピミウォは、ビキラの口から流れ落ちる液体を見咎めて言った。
「あっ、こ、これは」
腹をぐうぐう鳴らしながら、ビキラは言い返した。
「涙よ。空腹の涙なのよっ」
そしてビキラは、口の端から流れ出る涙を拭った。
(涎だよ)
よだれだよ!!
「魔人ビキラ」第三十五話「ダイガウバー」の巻。
は、8日(水曜日)、お昼12時台に投稿予定です。
ダイガウバーとは、一体ナニモノ?!
(説明が面倒になった訳ではありません)
物好きな人は、待て!
同サイトにて、
回文ショートショート童話「のほほん」を毎日連載中。
よかったら、読んでみて下さい。




