第三十三話「雨桜」の巻
誤投稿した「のほほん」を編集で「ビキラ」の話と入れ替えるつもりだったのに、まったく新しく書いてしまった!
何をしてるんだか……。
素浪人ププンハンは見知らぬ街で、魔人ビキラに出会うなり、桜見物に誘った。
「今にも雨が降りそうな雲行きだから、雨桜を見に行きましょう」
「雨桜?」
と、声をそろえて言うビキラと古書ピミウォ。
「この街では、そこら中に咲くそうです。街の案内所で教えてもらったんですよ」
「桜の季節でもないのに?」
訝りながらも、ププンハンに付いて行くビキラたち。
「私の田舎では、雪柳の丘が有名でしたけど」
と、ププンハン。
「あれは雪と言いながら、開花は桜の季節の後でしたよ。季節はずれも花の内です」
「その雨桜とやらは、何処に咲いておるのかの?」
と、ビキラの肩の上から古書ピミウォ。
「この先の、レイン公園の大木が有名だそうです」
ププンハンは足早に歩きながらそう言い、ふっと横を向いて、
「あっ、あの野郎。こんな時に」
と、舌打ちをした。
「ああ、泥酔常習犯のワシヅカじゃな」
ププンハンの視線の先を見て、古書ピミウォが言った。
「えっ? おたずね者がいるの?!」
ププンハンとピミウォの発言に、ビキラが食いついた。
「うむ。条例違反の常習犯がな」
ピミウォは、興味なさそうに言った。
懸賞額が低額だったからである。
「泥酔して、道路でも寝てしまうので、交通事故の原因になっておるらしい」
そもそも今回の賞金は、道路に寝ているワシヅカを間一髪、避けたものの、電信柱に衝突して車をオシャカにしたいわば被害者が、ワシヅカに自戒を求めて掛けたものだった。
そして公安署は、それを受理したのである。
「そんな近所迷惑な奴、捕まえなきゃ駄目じゃないの」
ププンハンの袖を引っ張るビキラ。
「今は雨桜が先です。開花が近い。あんな小物は、街の防犯団に任せておけばいいんです」
「どいつ? そのワシヅカって」
立ち止まるビキラ。
「あの千鳥足のおっさんじゃ」
と、しおりヒモで、住宅街を歩く中年男を指す古書ピミウォ。
ピミウォの言葉が終わらぬうちに、泥酔魔ワシヅカに走り出す魔人ビキラ。
「ああっ、レイン公園はそっちじゃありませんよ、ビキラさん」
言いながら、魔人少女を追うププンハン。
「雨が降ってからでは、雨桜見学は手遅れなんだそうですってば」
虚空は群雲に覆われて、雷鳴が遠くに轟き始める。
もはや雨が降るのは時間の問題と言えた。
そんな雨模様にかまわず、ワシヅカは住宅街を歩いている。
「あっ、ワシヅカが雨桜の木の前で立ち止まった」
と、釣られて立ち止まる素浪人。
「え? あの枝の垂れた枯れ木が?」
と言って、囲いのない住宅の、庭の枯れ木を見るビキラ。
「はい。パンフレットにある、見本の枯れ木と同じに見えます」
と、上着の内ポケットから、案内所でもらったパンフレットを出そうとして止められるププンハン。
ビキラは、ワシヅカが枯れ木に要らぬことをするのではないかと心配し、回文を詠唱した。
「酒太り飛ぶ袈裟(さけぶとり、とぶけさ!)」
酒好きの僧侶の愛用物であろうか、でっぷりとした袈裟が具現化し、大義そうに羽ばたいて飛び、佇むワシヅカに覆い被さった。
「ひゃあ!」
悲鳴を上げて倒れるワシヅカ。
その地面に伏す袈裟とワシヅカに、雨粒が当たる。
「ああ、とうとう降ってきましたね」
レイン公園に行きそびれて、ププンハンは残念そうな声を出した。
「なんだ、誰だ、花見の邪魔をしやがって」
袈裟の下で喚く大酒飲みワシヅカ。
「あっ、枯れ木に桜が咲いていく!?」
ビキラは高い声で叫んだ。
雨粒は、枯れ木の沢山の垂れ枝に、無数の水玉を膨らませ、止まっている。
鈴なりの雨の玉は、やがて桜色に色づく。
膨らんだ桜色の水玉は、さほど大きくならずに、
ちりら
ちらちら
と散り落ちてゆく。
止まぬ雨は、次から次から枯れ木に桜色の雨玉を咲かせ、そして散った。
「なるほど、雨桜じゃな」
ピミウォがつぶやいた。
地面に落ちた雨玉は桜色を爆ぜらせた後、無色の雨に戻って地面に水溜まりを広げている。
(これが雨桜)
(パンフレットの写真とは、やはり雰囲気が違う)
初めて見る桜の奇種に、言葉が出ないププンハンだった。
酒太りで重い袈裟の隙間から頭を出して、地面にへたり込んだまま雨桜を見上げてワシヅカが言う。
「この辺じゃ、この枝垂れ雨桜が一番、綺麗なんだ」
そして背後のビキラたちを振り仰ぎ、大きな声を出した。
「レイン公園の巨木など、でかいばかりでつまらんぞ!」
「良い雨桜を教えてくれてありがとう。でもあなた、おたずね者だから、一緒に公番に行ってもらうわよ」
「なんだと、わしの賞金額を知ってんのか?」
「あたしの仕事は、金額じゃないのよ」
ビキラはワシヅカの肩に手を置いて、
「逃げないでね。さもないと握り潰すわよ、鎖骨」
と言った。
薬局から出て来るビキラ、ププンハンの二人と、一冊。
「雨桜は、この地方の特産異常気象らしいですよ。見られて良かったですね」
と、風邪マスクのププンハン。
「風邪ひいちゃったけどね」
と、風邪マスクのビキラ。
「ワシヅカの賞金は、ひとり分の診断と風邪薬で飛んでしもうたがのう」
と、風邪は引かなかったピミウォ。
保険の効かない無宿者に、診察代、薬代は高かったのだ。
「今夜はお粥が良かろう、ビキラよ」
ピミウォが二人を気づかって言った。
「ああ、湿ったご飯ね。梅干しも買わなくちゃね」
咳き込みつつビキラ。
「ビキラさんは、風邪でも食欲は落ちない感じですよね」
咳き込みつつ、ププンハン。
「当たり前でしょ。早く元気にならなくちゃ」
元気と食欲が直結しているビキラであった。
「お粥も大盛りで食べるんだから!」
(湿り盛り飯) しめりもりめし!
次回、第三十四話「流行菓子フトラヘンデ」の巻。
は、明日の、お昼12時台に投稿予定です。
太ってしまったビキラのお話です。
同サイトにて、
回文ショートショート童話「のほほん」毎日更新中。
よかったら、読んでみて下さい。
明日のお昼、12時台に「魔人ビキラ」を投稿すると予告していたので、明日もビキラ話を投稿します。




