第三十ニ話「小夜の早い街(後)」の巻
ビキラが死を覚悟した時、その肩をゆする者があった。
「これ、しっかりせい、ビキラよ!」
「んあ?! ピミウォ。よかった、死ぬ時も一緒だったのね」
「なにを寝ぼけておる。突然倒れたと思うたら、寝てしまいおって」
「えっ? どの辺からが夢?!」
起き上がって辺りを見渡すビキラ。
目の前には夜魔の樹が、ぽつねんと建っていた。
燃えてはいなかった。
「わたしが、『そ……それは知りませんでした。なんと面倒な』と言った後からが悪夢です。歪な回文妖術師よ」
「馬鹿な。あたしはあたしの意志で、炎を出す回文を唱え、具現化させたわ」
「心を読まれたのじゃ、ビキラ。夢で操ろうとしたな、夜魔の樹よ」
「しまった。あなたを先に操るべきであったか?!」
「無駄じゃ。今、断夢のコーティングを行った」
代わりに、耐油のコーティングを失ったが、無論、黙っていた。
「夢でビキラと戦うたか? どうだった、強かったのではないかな? 次はその強さは、現実のものとなって、お主を襲うぞ」
「やめてよ、ピミウォ」
ピミウォに手を振り、夜魔に向き直るビキラ。
「街の住民に、あなたを倒せと頼まれたわけじゃないから」
「それはそうだ。あたしの存在は街の誰にも知られていないはず」
「ビキラよ、この魔樹を退治せんのか?」
「しないわよ。森の鳥や獣を守ってるって言ってたもの。夢の中でだけど」
「今のその判断は、気の迷いではあるまいな、ビキラよ」
「ガチです。森の味方を退治しません」
「うむ。まあ、街の小夜が深いのと、夢の質が悪いので、気になって探索しておっただけじゃからのう」
「このうそ寒い深山を、発光石一本で歩くのは、大変だったけどね」
「出会う魔獣を倒しながらのう。ここまでの物好きは、そうはおるまいて。ワシのことではないが」
「目の前のあたしを悪夢に誘ったのは、なんとなく分かるけど、街の人たちの悪夢はどうやったの?」
「わたしの根の上に在るものは、すべて悪夢に沈む」
その夜魔の言葉を聞いて、
(ここから街まで何キロあったかのう)
と、入り組んだ樹林に隠れて、見えない街の方角に首を向けるピミウォ。
「あなたのような巨大な生命体は、初めて見たわ」
「それは残念だったな、妖術師。少し前までは、鳥は歌い、丘は踊り、山は歩いていたよ」
「おお。山虫の闊歩を見て来たというのか。羨ましい記憶じゃ」
「この辺りは、古い古い歩行山の墓地だよ」
「えっ?! するとあなたは、墓守り?」
「土地神の成れの果てだ。まあ、仕方がない。墓には墓守りがおらんとな。墓が荒れる」
「悪夢の原因が分かったから、もういいわ。早くこの場所を離れましょう」
ビキラはため息を吐いた。
「また同じような悪夢は見たくないわ。出来れば、愉快な悪夢を見たいわね」
「聞いたか、夜魔の樹よ。そういうことじゃ」
「それじゃ、達者でね、夜魔さん」
ビキラは夜魔の樹に背中を見せて、言った。
その山間の街は、程もなく、
「愉快な悪夢が見られる街」
として噂が広まった。
原因不明の、楽しき悪夢、面白き悪夢、愉快なる悪夢は、心霊スポットとして栄え続けたという話である。
(気の迷い夜魔の樹)
きのまよい? よまのき!
「魔人ビキラ」次回は、
第三十三話「雨桜」の巻。
5日(日曜日)、お昼のほぼ12時台に投稿予定です。
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毎日連載中です。
よかったら、読んでみて下さい。
明日、勤労感謝の日は、朝の7時台に「のほほん」で。




