第三十ニ話「小夜の早い街(前)」の巻
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「死して後已む」の巻
魔人ビキラは、素浪人ププンハンと共同戦線を張って、無事におたずね者を捕らえた。
「これ、善行ですよね。はしたない話になりますが、こういうの繰り返してたら、天国に行けますかね?」
ひたいの汗をぬぐって、ププンハンが言った。
「さあ、どうだろう?」
ビキラがつぶやく。
「あたしは、天国より極楽の方が良いんだけど」
「天国と極楽は違うんですか? ビキラさん」
「たぶん違う。極楽には極上の落語があるって、聞いたことあるもん」
「落語ですか? 死んで天国に行った落語家も多いと思いますが」
「ふふん。ところが違うのよね、極楽の極上落語は、ひと味」
「まあ、噂の域を出ない話じゃがのう」
と古書ピミウォ。
「へーー。そんなウワサがあるんだ。じゃあ、私も極楽志向にしようかなあ」
とりあえず、地獄が怖いビキラとププンハンであった。
(極楽落語)ごくらくらくご
魔人ビキラと古書ピミウォは、山間の街にやって来た。
闇の粒子は駆け足で夕暮れの光を刈り取っている。
夜の山越えを避け、ビキラたちは宿を探して、泊まった。
そして早い夜が来て、深い悪夢を見るビキラ。
「ねえ。聞いて聞いて、ピミウォ。今朝、夢で地獄を擬似体験したわ」
そう言って、ベッドの上に半身を起こし、片手を浮かせる魔人少女。
「ほら見て、まだ指が震えてる」
「ああ、それは良い体験をしたのう、ビキラよ。ワシは見た夢を忘れてしもうた」
ベッドの縁に立ち、しおりヒモで表紙を叩くピミウォ。
「ただ、モヤモヤだけが残った。とても恐ろしい夢じゃった、という気がする。
「あら、ピミウォも悪夢を? 偶然ね」
朝食を摂るために宿の食堂へ行き、悪夢が偶然ではないことを知るビキラたち。
「へえ、悪夢を見やすい街なの? 毎晩あんなに怖い思いをするのは嫌かも」
「毎晩のことではないし、皆が悪夢を見るわけでもないんですが」
と、食堂の一本ヅノおばさん。
「特に、悪夢を思い出せないモヤモヤは、気持ちの良いモノではないわね」
「山間の街じゃて、夜が早い。陰気な夢も見るわい」
人間の料理人は、笑い飛ばした。
とは言え、大勢の人々が悪夢を見るというので、ビキラたちは街の周囲を探索することにした。
「何か居る」かも知れない。
「意外と大物」な可能性もあった。
「うずくわね、賞金稼ぎの血が」
「さて、物好きの血の間違いじゃろう」
獣道の消えた森を怪しみ、徘徊していて、ついに悪夢の原因を突き止めてしまうビキラとピミウォ。
魔獣すら遠ざけ、森に潜んでいたもの。
それは俗に「夜魔」と呼ばれる樹だった。
闇に隠伏する正体不明の存在を、人々は「夜魔」と呼んだのだ。
夜魔の樹は、微かに珍なる妖気を漂わせていた。
「街の夜が早いと思ったら、あなたの仕業だったのね」
ビキラはその、苔と蔓性植物に覆われた小楢の樹に話しかけた。
(これが噂に聞く夜魔の擬態樹か)
初めて出逢った怪樹に、ビキラはちょっぴり感動を覚えていた。
「いや、街の暗転が早いのは、四方を山に囲まれているからだ。落陽が、とっとと山に隠れるせいだ」
夜魔の樹は、枝を震わせて、コナラの実に似せた冷や汗を落とした。
(このままでは、わたしは恐らくこの魔人に殺されてしまう)
そう考えて、恐怖に慄いていたのだ。
「街の活動が早くに終わるのは、昔からの風習である」
「それは街の人にも聞いた。肥沃な土地が豊穣をもたらすので、悠悠閑閑屋が多いのだ、とな」
と、ピミウォ。
「だか、あなたは習慣に乗じて、夜を早め悪夢を深めている!」
ビキラは、独断と偏見で、そう叫んだ。
「しかし、わたしは悪夢を食べるのだ。人々を悪夢の苦しみから救うのだ。益虫ならぬ、益樹ではないか!」
「悪夢を食べられた人間は、残夢に苦しむのじゃ。今のワシのようにな」
「悪夢を食べてもらっても、ヒトにも魔人にも心があるからね。モヤモヤが残るのよ」
「そ、それは知らなかった。なんと面倒な」
「その面倒も、あなたを斬り倒せばなくなるから」
「待て! わたしの生み出す黒夜は、人や魔人の手から、多くの山の生き物たちを守っている!」
「それを人間側のワシらに言ってどうする?」
「とに角、今朝はすんごいリアルな地獄の夢を見て、生きた心地がしなかったわ。覚悟なさい」
「あっ、アレはあなたであったか。あまりにも毒毒しいので、食する気にはなれなかった」
「安心して。苦しませないから。取り捌くバサリと」
「くそっ、人間擬きめらがっ!」
「諍う火災 (いさかうかさい!)」
魔人ビキラの詠唱によって、言い争う炎たちが具現化した。
「ワシのこの燃え盛る火柱を見よ! お主らとは、格が違う!」
「いや、ワタシこそが炎の王!」
「静かにせい、俗火ども。我が爪に点る火を見よ!」
炎たちはさらに分裂を繰り返し、辺りの樹木を、木々に絡まる蔓を、雑多な丈高い雑草を燃やした。
「ギョエーーー!」
夜魔の樹はたちまち炎に包まれ、断末魔の叫び声を上げる。
「ワシらもすっかり炎に囲まれたぞ、ビキラよ!」
「あちゃーー。こんな死に方するんだ、あたし」
ーーーつづくーーー
燃えてしまった夜魔の擬態樹の運命やいかに。
火に囲まれたビキラとピミウォの運命やいかに。
都合良くププンハンは助けに来るのか?
来たとして、どうやって助けるのか?!
続きは、すぐ。
明日、2日(木曜日)の、お昼12時台に(後編)を投稿予定です。
(蛇足。ププンハンは来ません!)




