第三十一話「旅館あるある物語(後)」の巻
その四「夜風」
「ビキラ、こんな夜更けに何処へ行っておったのじゃ」
ビキラが部屋に帰って来るなり、ピミウォは怒りの色を見せた。
「酔い覚ましに、ちょっと夜風に当たってたの。そんなことより、これ見てよ」
と、手に下げていた物体を持ち上げるビキラ。
「ほう、カンテラか。どうしたのじゃ」
「旅館の下の海岸で拾ったの。岩の間に、まるで隠すように埋まっていたわ」
と言ってカンテラをテーブルの上に置くビキラ。
「年代物かのう。ハゲチョロケじゃな」
「砂を落とすのに海で洗ってたら、どんどん禿げちゃって」
ビキラは内ポケットから油の小瓶と火打ち石を取り出すと、
「点けてみましょうかね」
と言った。
油を注がれ火を打たれ、無事に灯るカンテラ。
「おう、美しいな」
カンテラの妖しい炎に見惚れる古書ピミウォ。
「あら、どこからか音楽が。ラテン系よね、これ」
と言って手を振り始めるビキラ。
「うん? カンテラから聞こえてきとらんか?」
ピミウォはラテン音楽に合わせて、ページを開閉した。
「えっ? 体が勝手に動くわ」
手を振り腰を振り足を上げて踊り出すビキラ。
「どどど、どうしたことじゃ」
回転しながら、しおりヒモを振るピミウォ。
ほどもなく小番頭が、音漏れの苦情を聞いて、ビキラの部屋の前に立った。
「あのう、お客様。少々音が大きいようで御座います。もう少し音を下げてお楽しみになっては……」
「た、助けてーー!」
室内からの悲鳴を聞いて、魔人の小番頭は急いで鍵を開けた。
小番頭が中に入って見たものは、汗だくになって踊り狂う少女と宙を舞う古本だった。
そして、テーブルの上の古ぼけたカンテラを見て、
「あっ、捨てたはずの呪いのカンテラがっ!」
と叫んだ。
小番頭さんはカンテラの火を消そうと、ラテン音楽に合わせて勢いよく、手と足を振り回していた。
(ラテンか 呪いの色の カンテラ)
らてんか? のろいのいろの、かんてら!
*** *** ***
その五「超楽館殺人事件」
旅館でなんと殺人事件が起こり、大広間に呼び出されるビキラとピミウォ。
ある小番頭の手荷物から、キュウリ、雑魚、ワカメなどが見つかった。
いずれも盗まれた食材だった。酢の物の素材だ。
さらには、ライバル旅館からの、嫌がらせ行為の依頼書、謝礼金らしきものなども出て来た。
これで、食材泥棒は判明したのだが、その小番頭が刺殺死体で発見されたのだ。
大広間には、旅館の女将、大番頭、十数人の中居、板前、フロント係などの旅館従業員の他、数十名の宿泊客全員が集められていた。
その宿泊客の中に、浴衣姿のププンハンを見つけるビキラ。
付け加えるなら、客の中で浴衣姿でない者は、ビキラとピミウォだけだった。
(今頃、現れた……)
と思いつつ、さっそく近づいて行くビキラ。
「ププンハン、ごきげんよう」
色々あって、ついに呼び捨てにされる素浪人であった。
「あっ、ビキラさん。貴女もこの旅館に泊まっていたんですか?!」
奇遇を喜ぶププンハン。
奇遇と言うよりは、もはや呪いと形容して良い出会いであったが。
「殺人事件らしいわねえ。犯人、誰だと思う?」
と、ささやくビキラ。
「えっ?! 誰って、女将の横でぷるぷる震えている番頭さんじゃないんですか?」
「うん。法被に血が付いてるしね。あたしもそう思う」
「なんでも、高名な探偵が宿泊しておるそうじゃから」
古書ピミウォは、表紙にしおりヒモを当て、ささやいた。
「その名探偵に犯人を指摘してもらって、旅館の宣伝に使おうという算段ではないかのう?」
「犯人は旅館の従業員ですよ。ダメージの方が大きいのではありませんか?」
「風評次第だと思う。『かの名探偵、当館に堂々の大宿泊!』とかなんとか、大々的に宣伝すれば、ダメージをカバー出来るんじゃないかなあ」
宿泊客に紛れ込んでいた超楽館の営業マンが、ビキラのその言葉を素早くメモった。
「うむうむ。人は風評にうなずくものじゃ。ただの暴れん坊君子も、噂次第で英雄に出来るのじゃ」
「名探偵、楽しみだなあ。誰だろう? 明智小五郎ゆかりの人かな? 金田一耕助の縁者かな? それともエルキュール・ポアロの方かなあ」
ププンハンはそう言って、推理小説ファンの一面を見せた。
「アケチどいるコウスケ様は、まだどすか?!」
女将が少し大きな声を出した。
待たされてもう、かれこれ三十分になるからだ。
騒ついていた大広間が、一瞬で鎮まりかえった。
「は、はい。申し訳ありまへん。えろう酔ってはりまして」
恐縮の態で、殺人犯の大番頭が答えた。
そしてようやく、
「やあやあ、お待たせ」
だみ声と共に、大広間の襖が乱暴に開いた。
「吾輩が、名探偵アケチどいるコウスケである」
尻キッスチャンピオンの中居さんに支えられて、でっぷりと太った魔人が入って来た。
カイゼル髭をたくわえている。
そして随分と、小柄だった。
「ふふん。吾輩にはもう、犯人はお見通しである」
浴衣に蝶ネクタイの肥満探偵は、カイゼル髭をひねり、一本シッポを振った。
その自信満々の声に、震え出す大番頭さん。
尻キッス中居さんが手を離すと、探偵は、酔っているせいであろう、駒のように回転を始めた。
腕をピンと伸ばして、
「犯人はお前だ!」
と叫んだが、回転しているので、誰を指しているのかは分からなかった。
こうして革命記念日の夜は、静かにふけてゆくのであった。
(回転体探偵か)
かいてんたいたんていか?!
「魔人ビキラ」次回、
第三十ニ話「小夜の早い街(前)」は、
11月1日(水曜日)の、お昼の12時台に投稿予定。
後編は、2日(木曜日)の、お昼12時台に投稿予定。
噂の「夜魔」と初めて出会ったビキラの運命は?!
まさか、森ごと燃やしたりしないよね?!?




