第三十一話「旅館あるある物語(前)」の巻
革命記念日という高揚感もあって、ビキラたちはいつもの野宿や簡易宿泊所ではなく、天然温泉のある旅館に泊まった。
百歳以上の高齢者であることを証明できたビキラは、アルコールもゲットして上機嫌であった。
*** *** ***
その一「尻相撲」
廊下で人間の中居さんをつかまえて、酔った勢いで戦いを挑む魔人ビキラ。
「尻相撲しようよ。ねえ、尻相撲」
「しりずもう? ああ、こちらの地方では、尻キッスと申します」
お尻をぶつけ合うのは同じだ。
「その尻キッスしよう!」
「太鼓持ちをお呼びになって、やられては如何ですか?」
「プロ相手じゃ面白くないでしょ。あの人たち、負け上手だし。素人が良いの!」
と、絡むビキラ。
「仕方ないですねえ。一度だけですよ、お客様」
しぶしぶのテイでそう答えた中居さんは、この地方の尻キッス無差別級チャンピオンであった。
一度負け、二度負け、三四がなくて五度も負け、とうとう十連敗する魔人ビキラ。
廊下に大の字になって伸びているビキラに、
「ほな、ごゆっくり」
と言って去る中居さん。
「凄い達人がおるもんじゃのう」
と、古書ピミウォは羨望の眼差しで見送った。
「くっ、悔しい。でも、スッキリしたわ」
ビキラは爽やかに、そう言った。
(スッキリした尻キッス)すっきりした、しりきっす!
*** *** ***
そのニ「旅館のロビーにて」
ビキラは旅館の椅子に座り、新聞を読んでいた。
魔人ビキラと古書ピミウォは、無宿者である。
こんな時でないと、新聞は読めなかったのだ。
「字が少なくて読みやすいわねえ、この新聞」
ビキラが感心していると、通りかかった尻キッスチャンピオンの中居さんが、
「ああ、その新聞は、この地方の詩人さんたちが集まって発行している、新しい形の新聞なんですよ」
と、説明してくれた。
「ははあ、それで散文詩のような紙面なんじゃな」
と納得する肩の上のピミウォ。
「詩の投稿欄があるわ。『掲載された方には駄菓子一袋進呈』だって。あたしも応募してみようかなあ」
「ワシらは根無し草じゃ。載ったとして、駄菓子を何処に送ってもらうのじゃ」
「ああ、それもそうか」
駄菓子の品名が気になったが、あきらめるビキラだった。
旅館に駄菓子を送ってもらうとして、届くまで逗留するのは、本末転倒もはなはだしかった。
「クイズがあるわ。『天ぷらやオデンに引っ張りダコの、見通しの甘い練り物は?』だって。なにかしら?」
クイズも、駄菓子一袋が賞品だった。
「穴に砂糖を塗したチクワじゃろう」
と、ピミウォ。
「ああ、なるほど」
ビキラの座る椅子の後ろで、手を打つ中居さん。
「その答えで応募してもいいですか?」
「ああ、どうぞ」
と、ピミウォ。
「ワシらは明日にはこの街を出ますじゃ」
「もうひとつ、クイズがあるわ。『今日の午後、エサ出し機を買いそうな女性の名前は?』だって」
「エサ出し機……ペット用の、時間によって自動的にエサが出る仕掛けの機械じゃな」
「この、『今日の午後』が、ヒントよね」
「うむ。そうだと思うが……分からんのう」
「なんだろう? たぶん、駄洒落かなんかだと思うんだけどなあ」
ビキラはしきりと首をひねった。
『今日の午後』は、フェイクだった。
回文妖術師の魔人少女としては、大失態と言えた。
(エサ出し機買うか岸田サエ)えさだしきかうか、きしださえ
(散文詩の新聞さ)さんぶんしの、しんぶんさ
*** *** ***
その三「酢の物」
「女将さん、大変です」
魔人女将の部屋に、人間の大番頭が血相を変えて入って来た。
「えらい慌てて、何事ですか大番頭さん」
「キュウリが盗まれました。ジャコもワカメも空になってます!」
「あっ、酢の物が……」
と言って絶句する女将。
「これは我が超楽館の繁盛を妬む、ライバル旅館の嫌がらせに違いおまへん、女将さん。スパイがおるんどす!」
「そんなことより酢の物や。何が残ってます?」
「タコなら……」
「酢の物のない食事なんか、考えられまへん。タコ出したら宜しいがな」
女将はそう言い、笑って付け足した。
「高う付くけど、仕方おまへん」
「へへーーっ」
魔人女将渾身の駄洒落は、大番頭の耳を素通りしたようだった。
(酢蛸出す)すだこ、だす
ーーーつづくーーー
第三十一話「旅館あるある物語(後)」は、
明日、29日(日曜日)のお昼、12時台に投稿予定。
また明日。




