第三十話「弱点攻略」の巻
ビキラに弱点は多かった。
戦いのさなかにその弱点のひとつを発見したならず者の魔人は、無論、攻撃してきた。
「なみだのうみに
さみしいやみよ
きみのふみよみ
えみこみあげる」
ならず者アムルールは、甘ったるい童謡を詠唱した。
ここは革命記念日で賑わう遊園地だ。
幌馬車で知り合った役者一座の演劇を堪能し、芝居小屋を出た後、ビキラはアムルールの犯罪を見てしまった。
「目撃した以上は仕方ない。現行犯で捕らえよう」
と、アムルールと戦い始めたのだった。
そして、苦戦していた。
「ううっ、こそばゆい」
恋唄にダメージを受け、ビキラは構えをゆるめて脇腹を掻いた。
恋唄の類いは弱点のひとつ、な魔人少女だったのである。
スカートめくり魔人というヘンタイ体質のアムルールだからこそ、戦っていて気づけたのかも知れない。
アムルールの詠唱で具体化した者は、丸首シャツに着物を羽織り、短めの袴に学生帽。
さらには下駄履きという、いわゆる書生姿の青年だった。
青年は涙を流しながら、手に持った恋文を読み始める。
「君の笑みは罪だ
耳は蝉は何故だ
神のみぞ知る謎だ」
「うっさい!」
ビキラは近くにあった遊園地の乗り物、百ポンで五分動くマグネ熊を掴むと、書生に投げつけて消滅させた。
「ビキラよ、弱点を知られたのではないか?」
上空に避難していた古書ピミウォが、急降下してささやいた。
「まさか。あれしきの戦いで」
と、ビキラ。
しかしその、まさか?! であった。
ヘンタイの勘に、時間は必要ないのだ。
遊園地の客たちも係員も、ビキラとアムルールの戦いを、サプライズなイベントと了解して、遠巻きに見ている。
これがビキラの、正義を賭けた戦いであることを知っているのは、スカートをめくられた女学生だけだ。
アムルールは懲りずにエロく迫る。
「きすはすき
でもどきどき
こころうきうき
ずつきずきずき」
ヘンタイ魔人の詠唱により、具現化した浴衣姿の男は、唇をヒョットコのように突き出して、むにゅむにゅと動かしている。
隙あらばビキラの唇を奪おうという魂胆は、明白だった。
「気をつけよ、ビキラ。あの頭の前後運動は、頭突き狙いと見た」
「接吻に頭突き? そ、そうはさせるか」
ビキラはへっぴり腰で回文を詠唱した。
「強過ぎた堅気スヨツ (つよすぎたかたぎ、スヨツ!)」
スーツ姿の、ごく平凡な見かけの青年が具現化した。
「ぼくの名前はスヨツ。へっ。強いんだぜ」
七三分けの髪を撫で、凄んでみせるスヨツ。
その言葉通り、素早く浴衣男に組みつき、キスをされようが頭突きをされようが離さず、ついには柔道技の裏投げに切って取り、頭突きキス好き男を消滅させた。
「やるな、小娘。だが貴様の弱点は分かっている。これならどうだっ!」
アムルールはまた、色恋沙汰童謡を詠唱した。
「あいはいいわ
こいはしたいわ
くいはないわ
わたしはおいわ
ばけてでたわ」
「露骨に愛とか恋とか、くすぐったい!」
ビキラは首を掻きながら叫んだ。
「ヤっておしまい、スヨツくん!」
「はいっ!」
と返事して勢いよくお岩さんに迫ったが、
「あっ、タイプかも……」
と、つぶやいて立ち止まり、頬を赤らめるスヨツ。
その言葉を聞いて、左前の襟を正し、死に装束の裾を直す四谷怪談のお岩さん。
「ぼくと付き合ってくれませんか?」
スヨツは幽霊に告白した。
「恨み重なるは伊右衛門様のみ。苦しゅうない、若者よ」
「ああっ、一番苦手な展開っ!」
頭をかかえるビキラ。
想定外の展開に戸惑うアムルールだったが、
(小娘は困っているようだから、まあいいか)
と、自分を納得させた。
その隙を突いて古書ピミウォは、ならず者アムルールの脳天に頭突きを喰らわせた。
岩をも砕く背表紙の角である。
アムルールは一瞬で意識を失った。
術師が失神したために、スヨツと抱き合おうとした刹那に消えるお岩さん。
「あっ、ぼくの恋人がっ」
両手で空を掻く青年スヨツ。
「きみも消えるのよ」
と言って指を鳴らし、スヨツを消滅させる。
人の恋路に容赦のないビキラであった。
「お岩さん、せっかく新しい恋に目覚めたのに、儚く悲しい恋だったのう」
と、ピミウォ。
「仮初めの者がオカシイでしょ。戦いのさなかにナニやってんの!」
率直に怒る魔人ビキラ。
恋は時と場所を選ばす。
ビキラにはまだ分からない、人生の機微なのだった。
(悲しい恋し仲)
かなしい、こいしなか!
次回、第三十一話「旅館あるある物語(前)」(三話入り)
は、28日、土曜日お昼12時台に投稿予定。
(後)(二話入り)は、29日、日曜日。お昼12時台に投稿予定。
前回、妻の目の検査の事を書きましたので、その続報を。
はい、検査、無事に終わりました。
朝、9時に病院入りして、終わったの、午後1時過ぎてたけども。




