第二十九話「革命記念日異聞」の巻
回文ショートショートショート
「舌打ち」の巻
例によって、見知らぬ街で、ばったりと出会う魔人ビキラと素浪人ププンハン。
「どうしたのじゃ、ププンハン殿。珍しいくションボリして」
「あ、ピミウォさん。実は九尾の妖狐さんと街で出会いまして」
「ほう。九尾さん、この街におるのか」
「はい、それで。『キュウちゃんさん』って挨拶したら……」
「したら?」
「『ちっ』て舌打ちされちゃって」
「うあ。すごい、ププンハン。キュウちゃんと出会って長いけど、あたし、まだ舌打ちされたことないわよ」
「あの美しい顔で『ちっ』てされると、心臓に悪いです」
「ビキラの呼び方を真似たのが悪かったのじゃろう。次から『九尾さん』と呼ぶようにすれば良い。ワシもそうしておる」
「ププンハン、伝説の大魔獣を『ちゃんさん』呼ばわりって、くそ度胸あったのねえ」
と、見直してしまうビキラ。
「なに。不用意なだけであろうよ」
ピミウォが他意なく言った。
「ヤモメ暮らしなオッサンによくある話じゃ」
次に会った時は、言われた通り「九尾さん」と声をかけたが、やはり舌打ちをされるププンハンであった。
九尾の妖狐は、ププンハンの気配に気づけず、先に声をかけられたことが不満なのだった。
(こやつ、何者? なぜそこまで気配を消せる?!)
九尾は九尾で、ププンハンにビビっていたのだ。
(こういう事こう言う娘)こういうこと、こういうこ
今日は、ムカウ共和国の革命記念日である。
独裁政権で名を馳せた、ムカウ帝国が滅んだ日でもあった。
ビキラは幌馬車に乗っていた。
重種馬一頭立ての馬車だった。
大きな街の遊園地への、直行便だ。
魔人ビキラと古書ピミウォは、お祭り騒ぎの遊園地で、楽しいひとときを過ごそうという予定だ。
(なんでこんな時に出会わないのよ、ププンハン)
と、思わないでもないビキラであった。
幌馬車の中は、革命記念日、さらには遊園地が目的地ということで、和やかな空気に包まれている。
魔人と人間の夫婦連れらしい着飾った若いカップルも、家族連れらしい男女と子供も、男女と子供と子供と子供も、むさ苦しい魔人男の二人連れも、みな笑顔であった。
人間も魔人も、遊園地は楽しみなのだ。
だがひとり、見窄らしい身なりの老婦人が、笑みもなく馬車の隅でうつむいていた。
その老婦人の向かいに座っているのはビキラだ。
(ワケありお婆さん? どういうワケ?)
気になって仕方のない魔人少女だった。
と、
馬車の入り口近くに座っていた若い男性が突然立ち上がり、喋り始めた。
人間だった。
「おっかさん。あなたは生き別れのおっかさんじゃありませんか?!」
そう言って馬車の奥を指差した。
ぴくり!
と聞き耳を立てるビキラと、ビキラの膝の上の古書ピミウォ。
ごくり!
と生つばを呑むその他の乗客たち。
「な、何を根拠に」
ビキラの前の、身なりの貧しい老婦人が、言い返した。
「あなたのその片方しかないイヤリング」
着飾った若者は、素早く胸もとからお守り袋を取り出し、中に入っていた物を指で摘んで突き出した。
「孤児院の玄関に置かれていた赤ん坊のぼくが、握っていた物と同じじゃないですか?!」
若者が指に下げているのは、老婦人の右耳にぶら下がっているものと寸分たがわぬ、小鳥の形をしたイヤリングだった。
ビキラは老婦人の目の前に座っていたので、それは誰よりも分かった。
「まあ、あなた! なんという奇跡!」
若者の隣に座っていた、品の良い一本ヅノの女性が立ち上がり、叫んだ。
「こ、こんなもの」
右耳のイヤリングが見やすくなるように、体をひねる老婦人。
「どこにでも売っている安物です」
そう言って、指先でイヤリングを弾いた。
「ぼくは忘れません。母が歌ってくれた子守り歌を!」
と言うと、見事なテノールで、若い妻はソプラノで、声をそろえて歌った。
「こだちでそだち
はたちですだち
いたちのおいたち……」
「いのちのかたち」
釣られたのか、アルトで歌う老婦人。
「ほら、おっかさん!」
声を高める若者。
「そ、そんな子守り唄、どこにでもあるじゃないですか」
「ないない……」
思わずつぶやき、首を横に振る乗客たち。
「忘れもしない、母がお風呂で歌ってくれた湯浸かり唄!」
またしても朗朗と歌い出す若夫婦。
「ゆうべのゆめは
ゆうばりの
ゆられてゆのなか
ゆうまぐれ
ゆうだちゆうがに……」
「ゆうらゆら」
とまた、釣られた様子で歌う老婦人。
「ほら、おっかさん!」
「違うったら違う!」
首を横に振る老婦人。
その後も、おっかさんかおっかさんでないか問答が続き、そうこうしている内に、遊園地の前に着いてしまう幌馬車。
「ビキラよ、着いたぞ」
「で、でも、おっかさんが」
誰も立ち上がろうとはせず、乗客が顔を見合わせていると、若夫婦と老婦人は声をそろえて、
「続きは遊園地の芝居小屋で」
と歌った。
(乗り合い馬車芝居ありの)
のりあいばしゃ、しばいありの
次回、第三十話「弱点攻略」の巻
弱点多き賞金稼ぎビキラ。
ついにその弱点を突かれ、苦戦する時が来た。
頑張れビキラ、オレも頑張る!
一挙掲載(400字詰め原稿用紙7枚くらいだから。ただし余白行は、計算に入れない)!
三十話の投稿は、25日(水曜日)。たぶん。
本日25日(水曜日)、妻の目の検査について行くことになったので、12時台の投稿は、やめておきます。
また、あとで。
妻の目の検査、無事に終わりました。
遅ればせながら、「魔人ビキラ」第三十話投稿しました。




